世の中には「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」だけでなく、「ヤバい男=ヤバ男(ヤバダン)」も存在する。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、芸能人や有名人の言動を鋭くぶった斬るライターの仁科友里さんが、さまざまなタイプの「ヤバ男」を分析していきます。
キングコング・西野亮廣

第14回 西野亮廣

 芸能人はテレビに出て、レギュラー番組をたくさん持つことが“成功”。そう考えられていた時代があったと思います。そんな中、2012年、キングコング・西野亮廣は「ひな壇に座らないと決めました」と宣言し、話題になります。ひな壇で活躍している芸人を否定するわけではなく、「自分には向いていない」と悟ったためだそうですが、芸人をはじめ一般人にも「調子に乗ってる」とバッシングされたりしました。

 そんな彼が原作、脚本、製作総指揮を務めた映画『えんとつ町のプペル』は観客動員100万人、興行収入14億円の大ヒット、今も記録を更新しています。

ネットで拡散された「詐欺師っぽい証拠」

 西野は常識を覆すような行動をとったにもかかわらず、大成功。世の中は「勝てば官軍」ですから、結果を出した人には基本的に好意的なものです。しかし、保守的な人というのもたくさんいますから、少なからず不信感を抱いている人もいるでしょう。

 昨年、11月10日に放送された『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます!』(フジテレビ系)に出演した際、千鳥・大悟に「捕まってないだけの詐欺師」と言われてしまった西野。彼の活動を支えているのはクラウドファンディングで、「クチだけで人からお金を集めることができる」ことを茶化して、詐欺師という言葉に置き換えたのだと私は理解しています。

 しかし、ネットで「詐欺師っぽい証拠」が拡散されると、話は違う方向に行ってしまいます。

 西野のオンラインサロンの会員で、20代前半の男性が『えんとつ町のプペル』の台本とチケット80セットを、販売権を含めて23万6000円で購入しました。誰かに売るときに、値段をちょっと高くしてお小遣いを稼ぐつもりだったようですが、うまくいかなかったようです。この顛末を書いたnoteの記事が拡散されたことから、SNS上では「西野はマルチまがいの行為をしているのではないか?」と言われるようになりました。

 しかし、男性の書いた記事を読む限り、西野やその他の人に「買え」と無理強いされたわけではなさそうです。また、マルチ商法は「新規会員を獲得することで、古株が儲かる」仕組みなわけですが、この男性は誰も勧誘していません。従って、マルチとは言えないでしょう。何かをやりたいが何をやればいいのかわからない、でも目立ちたいと思う若者が、勢いだけでヤバい方向に突っ走ってしまったのではないでしょうか。余計なお世話ですが、お金は大事にしていただきたいです。

 また、「西野の個展の設営または撤収に参加できる権利(西野本人は不在)」が5万円で売られていることも話題になりました。通常、労働力を提供したら、労働者はお金をもらえるはず。それなのに逆にお金を払わせるとは、宗教みたいという声が上がったのでした。

 正直なところ、最初は私も同じことを思いました。しかし、これは、サロンメンバーへの“サービス”なのではないではないかと思うようになったのです。

 私は『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を上梓し、読者の方の婚活相談にのっています。若い方とお話していて思うのは、傷つきやすい人が本当に多いなということです。お見合いを1回断られただけで体調を崩し、心療内科に通院することになったり、「相手に絶対断られない方法を教えてください」と言う人もいます。断られて嬉しい気持ちになる人はいないでしょうが、昭和生まれから見ると「そんなにいちいち傷ついていたら、これから先の人生どうするんだ」と言いたくなることもあります。

 西野のオンラインサロンに集う人は、少なからずクリエイター志望の人がいると思いますが、もしその世界に挑戦するなら、婚活で断られるのとは比べものにならないくらいの挫折を経験することになると思います。また、我慢が必ず報われるとは限りません。

会員数7万人を誇る西野のオンラインサロン。月額980円

クリエイター志望の若者への“救済措置”

 クリエイターの世界の暗黙の了解として、「同レベルの人と集う」というものがあります。例えば『NHK紅白歌合戦』に出演することは、歌手としての最高の栄誉だとされてきましたが、一流なのは歌手だけではありません。司会、総合司会のアナウンサー、審査員も人気者や実力者で占められています。それはテレビに映らないプロデューサーなど製作スタッフも同じことでしょう。

 一流の人と同じ場所に立ちたかったら、自分も一流にならなくてはならない。才能があったとしても、カネとコネのない人がその場所に立つには、信じられないほどの苦労が待っているし、報われるとも限らない。今の傷つきやすい若者が、それに耐えられるでしょうか?

 下積みはイヤ、でも、クリエイターっぽいことをしたい、目立ちたいという考えの甘い人のための救済措置が、個展の設営または撤収できる権利5万円なのだと思うのです。

 手軽に業界気分を味わえますし、有名人に会えるかもしれない。5万円という金額なら無理をすれば出せないこともないと思います。自分が参加したイベントなら愛着を持つでしょうし、自慢のネタになりますから、その様子をSNSでがんがんアップするでしょう。子ども向け職業体験型テーマパークに『キッザニア』がありますが、西野は「やりがい搾取」をしているのではなく、クリエイター志望の若者向けの職業体験、つまり、“大人のキッザニア”を提供しているのではないでしょうか。彼にお金を払うのは、テーマパークの入場料を払うことと同じなのだと思います。

西野提案「バーべキュー型」の落とし穴

 実際、1月26日放送の『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます!』に再び出演した西野は、「これからのエンタメは(出されたものを食べる)レストラン型ではなく、(自分で作って食べる)バーべキュー型」とし、「お客さんが参加できる余白が設計できている」ものがヒットすると発言しています。

 その一例として、高い動員数を誇るDJダイノジのイベントを上げています。DJダイノジはステージに一般人のオジサンをダンサーとして上げたことがあるそうです。シロウトですから、うまいはずがありません。しかし、オジサンたちのダンスがあまりにヤバかったことが逆に観客に安心感を与え、全員でエアロビクスのように踊るようになったそうです。一体感が得られたからでしょうか、打ち解けた初対面の客同士でフェスの帰りに飲みに行ったりするようになったと話していました。

 時代に合った売り方を熟知しているといえますが、これは「パフォーマンスの魅力よりも、パフォーマーの知名度で集客」「観客はパフォーマンスなんて見ていないのだから、素人にもできる簡単なことを用意しろ」ともとれる方法です。たたき上げの専業クリエイターは育たず、業界は先細り。文化全般が衰退してしまうのではないでしょうか。

西野のTwitterより

承認欲求の強い若者が多いからこそのリスク

 西野に死角があるとしたら、オンラインサロンの会員が増えすぎることではないでしょうか。人が集まれば西野の目は行き届かなくなりますし、サロン内に自然と競争意識が芽生えるでしょう。サロン内でのヒエラルキーを上げたい、西野に目をかけられたいがために、若い女性が借金をして映画のチケットを大量購入したとします。売れれば何の問題もないわけですが、売れなくて借金だけが残ってしまったら──。借金返済のために、女性が風俗で働くなんてことになったら「西野のサロンに入ると、若いオンナは風俗で働かされるらしいよ」なんてデマが流されないとも限らない。

 承認欲求の強い若者が多いからこそ、彼のサロンもしくはビジネスが成り立っているわけですが、承認欲求ゆえの暴走を許すとアンチ西野に攻撃のチャンスを与えてしまうことになります。

 西野は法を犯していないわけで、当然、詐欺師よばわりされる筋合いはありません。お金の流れと消費者心理を掴んでいるので、そこから逆算して次々と新しい作戦を打ち出すことができるのだと思います。ということは、ヤバイのは西野ではなく、若者に地道な努力の必要性と、傷つくことはマイナスとは限らず、そこから得られることもたくさんあると教えられない、われわれオトナがヤバいのかもしれません。


<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」