栗原心愛ちゃん

 千葉県野田市小4虐待死事件から2年。これまで凶悪事件も含めて200件以上にも及ぶ殺人事件などの「加害者家族」を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんは、この虐待死事件で逮捕された父親の家族も支援してきた。被害者家族でもあり、加害者家族にもなった祖母の苦悩と、そこから見えた虐待の背景について、阿部さんがレポートする。

心愛さんは今でも大切な家族

 先月24日、野田市小4虐待死事件で亡くなった栗原心愛さんの2年目の命日を迎えた。筆者は2年前、心愛さんの父親で傷害致死罪等で逮捕された栗原勇一郎被告(40代)の家族から相談を受け、支援を続けてきた。

 被告の家族は、加害者家族であると同時に、事件直前まで心愛さんと同居していた被害者遺族でもある。筆者は昨年2月18日、被告の母親(仮名・良子さん60代)と千葉県内で会見を開き報道陣からの質問に対応した。被告の逮捕後、家族は報道陣に追われ、生活は一変。事件は家族から多くのものを奪っていったが、最大の悲しみは心愛さんを失ったことである。

 会見で、良子さんが涙ながらに語っていたのは心愛さんを助けてあげられなかったという後悔の念。その思いは、今でも変わらない。
 
 「雪が降る度に、心愛ちゃんを思い出します。孫たちも、心愛ちゃんがお空から帰ってきたと喜んでいる姿を見ると、涙が出ます……」

 心愛さんの葬儀の日は、雪が舞っていた。

 「雪見たことないから雪が見たい」

 そう話す心愛さんに、良子さんは、

 「一緒に北海道に雪見に行こうね」

 と約束していた。約束は、果たされることはなかった。

 今年も孫たちと心愛さんの誕生会を開き、雛祭りもクリスマスも一緒に祝ってきた。心愛さんは今でも大切な家族なのだという。

栗原勇一郎被告

 筆者は昨年開かれた裁判員裁判をすべて傍聴していた。注目した点のひとつは、勇一郎被告が育った家庭環境と自ら子育てをしていた家庭環境のギャップである。被告は両親から暴力を受けたことはなく、経済的にもゆとりのある家庭で育っている。ところが事件前の被告は、あらゆる面で余裕のない生活を送っていた。

 被告は非正規雇用で、家族4人の生活は、親による経済的援助によって成り立っていた。妻は病気で養育ができず、被告は生まれたばかりの子どもの面倒を見ており数時間の睡眠で仕事に行く日々が続いていた。借金もあり、経済的、精神的に追いつめられていたころ、インフルエンザにかかり自宅待機を余儀なくされる。そして、完全に社会との関わりが閉ざされた家庭内で暴力は激化し、最悪の結末を迎えている。

 せめて経済的に安定した生活を送ることができていれば、これほど悲惨な事件は起こらなかったと思われる。

余裕のない生活が理性を奪う

 コロナ禍で密室化する家庭でDVや虐待が増える危険性については、世界中の女性支援団体らが警鐘を鳴らしている。

 当団体に寄せられる相談もコロナ期から虐待に関する相談が増えた。

「あんなに可愛がっていた子を虐待だなんて……。とても信じられませんでした」

 幸子さん(仮名・70代)の長男・達也(仮名・40代)は5年前に小学生の子どもがいる女性と結婚し、昨年、ふたりの間に子どもが生まれていた。親子4人で暮らすアパートに、近所から怒鳴り声と子どもの泣き声がうるさいと通報され、警察が来たのだという。

 達也は詐欺事件で逮捕され、服役した過去がある。達也の父親は銀行員で幸子さんは専業主婦だった。何不自由ない環境で育った達也だったが、大学卒業後、就職が上手くいかず非正規社員の道を余儀なくされる。当時交際していた女性に結婚を申し込むが了解を得られず、海外旅行に連れて行ったり高価なプレゼントを送って繋ぎとめようとした。そこで借金がかさみ、詐欺に手を染めてしまった。一流企業に採用された弟はすでに結婚して家庭を築いており、焦燥感を募らせていた時期だった。

 出所後、アルバイト先で知り合ったシングルマザーと交際を始め、しばらく安定した生活が続いていた。彼女の息子とも仲がよく、実の息子のように可愛がっていた。ところが彼女が妊娠し、子どもが産まれたころから達也の表情に余裕がなくなってきたという。

「孫ができたことは嬉しかったですが、生活が成り立つのかという不安は拭えませんでした。結婚してからのほうが、親としての心配事が増えました」

 出所後の達也の生活を支えていたのは両親だった。貧困ゆえにまた事件を起こされては困ると思い、家賃と生活費の一部を援助していた。それでも収入は達也のアルバイト代だけで、家族4人の生活に余裕はなかった。

 達也は、待遇のいい飲食店に転職するはずだったがコロナの影響で白紙に戻ってしまった。妻は出産後体調が悪く、達也は子どもの面倒を見ながらアルバイトを掛け持ちし、再就職先を探した。コロナ禍でもあり条件に見合う転職はできず、仕事のことで妻と喧嘩することが増え、また借金を作り始めていた。

「達也は弟の面倒をよく見てくれる優しい子だったので、まさか子どもを虐待するなんて考えられませんでした」

 妻によると、達也は妻のいないところで小学生の息子に食事を与えなかったり、ベランダに立たせたりという虐待をしていたという。

 達也は、息子を虐待した理由について「家族のために遅くまで働いて疲れて帰ってきているのに、家の手伝いもしない息子が許せない」と虐待ではなく躾(しつけ)だと主張していた。達也は、妻から離婚を要求され、その後、両親らの説得により離婚に応じた。最近になり、「自分に家族は無理だった」と問題に気付き始めているという。

親世代との経済格差が生む加害

 筆者は、近年の虐待事件では、虐待の世代間連鎖ではなく、むしろ育った環境とのギャップが加害を生んでいるケースが増えていると感じる。就職氷河期世代で非正規雇用で働く人々は、親の年収ほど稼ぐことができない人も多いはずだ。家庭を持つこと諦める人がいる一方で、家庭を持ったとしても、自分が与えられてきたような家庭環境を家族に与えることができない。

 こうした経済状況に加え、男尊女卑思想が根強かった時代である。稼いで妻子を養うことが男の義務だと考えてきた男性にとっては、安定した収入が得られない状況に劣等感や屈辱感を感じる人も少なくないであろう。失業したり収入が減ることで、家庭での男性の優位性が損なわれたと感じた時に暴力が用いられている。家庭を伝統的な家族のスタイルに強制しようとする過程でDVや虐待が行われるのだ。

 加害者が囚われている価値観から解放され、傷が癒されない限り加害は繰り返され、さらに弱い立場の人々が犠牲になる。子どもの保護を第一として、経済格差の是正や労働環境の改善が事件を減らしていくことに繋がる。

 野田市小4虐待死事件では、児童相談所や野田市など行政機関の不手際が続き、救えたはずの心愛さんの命が失われている。二度と同じ悲劇を生まないために、社会がすべきことは何か、引き続き検証を続けていきたい。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。