江口のりこ

 「この女優、好きだわぁ」と最初に意識したのは2010年。NHKEテレの5分ドラマ『野田ともうします。』で主演したときだ。柘植文の漫画原作がもつ世界観を、見事に映像化した秀逸なドラマだったが、特に江口が演じた野田さんというキャラクターは完璧な再現度だった。

 グレーのトレーナーにジーンズ、長い黒髪は真ん中分けで三つ編み1本。真面目で謙虚、礼儀正しくて、世間や流行には流されない。太宰治やドストエフスキー、出身地である群馬県をこよなく愛す女子大生の野田さんを淡々と演じた。

どの出演作にも「深い爪痕」を残した

 主演映画もある。タナダユキ監督の『月とチェリー』だ。大学の男だらけの官能小説サークルで紅一点、自ら官能小説を書いている女性という役だったが、堂々と飄々と性を語る姿に好感が持てた。脱ぎっぷりもよかったが、ちっともいやらしくない。そう思ったのは、江口が「男が求める理想の女」ではなく「自ら主体的に動く女」だったから。

 ここ数年の活躍は目覚ましく、江口の存在感はより大きくなっている。もちろん全国的に知名度を上げたのは、昨年の『半沢直樹』の国土交通大臣役ではあるが、それ以前から人気ドラマの脇をきっちり固める名バイプレイヤーだった。

『コウノドリ』(TBS系・2015/2017)では、医師や看護師ではなく、メディカルソーシャルワーカーという役どころ。医療の現場でこぼれ落ちてしまう人に、適温で救いの手をさしのべる重要な役回りだった。

『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系・2016)では、主人公が勤める出版社の校閲部員の役。東大卒の勝ち組設定だが、勝負服はオールドアメリカンスタイル(西部劇に出てきそうなヒラヒラしたロングワンピース)というのが強く印象に残った。服の趣味ですら世間に一切迎合しない潔さ。

『グッドワイフ』(TBS系・2019)はゲスト出演だったものの、妊娠中の辣腕弁護士役が強烈だった。負けるとわかるや否や、身替わりの迅速なこと。底意地の悪さとインテリジェンス、そして、母になる女だからこそのたくましさを好演。

『わたし、定時で帰ります。』(TBS系・2019)では、主人公のいきつけの中華屋の女主人。カタコトで毒を吐くコミカルな役回りだが、愛情あふれるぶっきらぼうでもあり。『これは経費で落ちません!』(NHK・2019)では、横文字連発で合理主義を貫き、不正は決して許さない経理部員の役。忖度や迎合を許さないが、転職を重ねて辛酸をなめた経験もあって人の痛みはわかる女だった。

 記憶に新しい『#リモラブ〜普通の恋は邪道〜』(日本テレビ系・2020)では精神科医の役。ぶっきらぼうは封印、冷静と傾聴で、淡々と人々の悩みを受けとめる度量の広さを見せつけた。

 そして、今期では『その女、ジルバ』(フジテレビ系)、『俺の家の話』(TBS系)の2作に出演中。天涯孤独なアラフォー女の不安感や不器用さを繊細に演じる一方で、情に走りがちな男所帯を手厳しく合理的にまとめようとする長女役もこなしている。

「ぶっきらぼう」が、いい

 ドラマでの役柄はもちろんだが、江口自身、トーク番組やバラエティー番組で素の顔を見せたときも、期待を裏切らないぶっきらぼうだった。

 笑福亭鶴瓶のトーク番組『巷(チマタ)の噺』(テレビ東京系)は6年続く密かな人気番組だが、江口はかなり早い段階でゲストに呼ばれていた。「歯に衣着せぬ」というよりは「そっけなさ」「ぶっきらぼう」「飾らないにもほどがある」女優として、鶴瓶もどうやらお気に入りの様子。その後、何度も登場しているので、ほぼレギュラー(と私は思っている)。

 そういえば、『俺の家の話』の番宣でバラエティー番組にも出演。長瀬智也、桐谷健太、永山絢斗ら出演者同士でプレゼント交換をするという場面があった。江口に当たったのは、長瀬からのプレゼントで長州力のDVD……。

 こういうとき、たいていの女優はたとえ心の中では「いらねー!」と思っても、いかにも興味深そうな顔をして喜ぶフリをするものだが、江口は「なんで私に……」と困惑顔でぼやいた。ホント、正直。この女、信用できるな、と思った。ますます江口を好きになった瞬間でもある。

江口のりこ('13年)

“ゆるふわ女子”時代をぶっ壊す

 余談になるが、江口は前髪を作らない。何かこだわりがあるのか、前述したドラマでもすべて前髪は作っていない。これ、日本の女優でも珍しいほうではないか? 最近読んだ『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(サンドラ・ヘフェリン著、中央公論新社)に「なるほど」と思うことが書いてあったので、ざっくり要約しておく。

《ドイツを含むヨーロッパでは前髪を作っている成人女性はあまり見かけない。前髪を作ると顔は「幼い」印象になる。ヨーロッパではファッションも髪型も「大人の雰囲気」をもつ女性が支持されるので、「かわいく見せたり」「子どもっぽく見せたり」というような“おしゃれ”からは足が遠のく傾向がある。(中略)偏見かもしれないが、上目遣いをする女性は前髪を作っている印象がある。上目遣いも前髪もある種の「幼さ」や「弱さ」をアピールするもの(なので自分は前髪を作っていない)》

 膝を打った。江口が前髪を作らない、というか、前髪のない役が多いのは、次のことが求められているからだ。額を広く見せることで伝わる聡明さや知的な印象。そして若さに固執していない潔さ。前髪に気を取られる手間暇が無駄と考える合理的な性格、あるいは面倒くさがり屋。幼さや弱さはいらないというわけだ。

 これからの女性のあるべき姿、理想像にぴったりだし、無意識に私が江口に好感をもっているのはそこもあるのか、と納得がいった。

 ぶっきらぼうだが、媚びない潔さと流されない強さ。江口はそんな役をきっちり体現できる、稀有な女優だ。やっと時代が江口のりこについてきた、そんな感じがしないでもない。ちょっと前まではゆるくてふわふわした女が求められる時代だったからな。「癒し系」と冠がつくタレントが妙に多かったし(個人的に癒し系は1ミリも信用しない)。

 が、今は違う。男にも女にも世間にも媚びなくていいし、なんなら常に笑顔じゃなくてもいい。ぶっきらぼうは無愛想ととられるかもしれないが、決して愛想がないわけじゃない。つまらないことには当たり前にあきれて、愛想笑いをしなくてもいい。失礼なことには当たり前に怒る。イヤなものはイヤと当たり前に断る。女性蔑視発言には憤怒すべきだし、わきまえない女でいい。そんな令和の時代のミューズ(女神)として、ぜひ女優・江口のりこを推したい気分だ。

吉田 潮(よしだ・うしお)
1972年生まれ、千葉県船橋市出身。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『くさらないイケメン図鑑』(河出書房新社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか』(KKベストセラーズ)などがある。