今年10月に30歳の誕生日を迎えられる眞子さま。その頃のご結婚の可能性が高まっている

「2月23日の天皇誕生日の数日前、事前に記者会見が行われます。“秋篠宮さまは眞子さまのご結婚を認める考えを示されましたが、陛下はどのようにお考えなのか”という問いに加えて“国民の間でさまざまな意見があることについてどう思われているのか”といった質問が投げかけられる予定です」

 そう明かすのは、秋篠宮家関係者のひとり。コロナ禍における今後の活動の方針や、ご家族についての質問も盛り込まれているという。ただ、国民の関心は眞子さまと小室圭さんの結婚についての陛下のご見解に集中するだろう。

「昨年11月に眞子さまが出された“お気持ち文書”で“天皇・皇后両陛下も私の気持ちを尊重してくださっている”と綴られました。そのことから、陛下は“温かく見守る”といった表現で、ご結婚を“肯定”されると思います」(皇室担当記者)

 天皇が認められることになれば、3月以降にご結婚問題は一気に前進するとみられる。

「コロナ禍で延期されていた新年行事の『歌会始』が3月に開かれた後、小室さん側が、佳代さんと元婚約者との間にある金銭トラブルについての説明を何らかの形で行うことでしょう。その後、宮内庁が結婚関連の行事予定を発表し、秋ごろに結婚されるのでは」(宮内庁関係者)

 宮内庁OBで皇室ジャーナリストの山下晋司さんは、次のような予想を立てる。

「小室さん側から説明があったとしても、その後すぐに結婚に関するスケジュールを発表することはないと思います。秋篠宮殿下は国民感情を大切にされているので、1か月程度はこの説明に対する世論の動向を見る時間が必要だと思います。おふたりが30歳になる10月ごろに結婚されるおつもりなら、『納采の儀』は東京オリパラの期間を避けた7月が妥当でしょう。そうすると小室さん側の説明は5月末、スケジュール発表は6月末というのがタイムリミットかと思われます

 '18年2月の前代未聞の婚約延期からしばらく、秋篠宮ご夫妻は小室さん母子に対して不信感が強かったそう。しかし、昨秋ごろからは“根負け”された形に。

小室圭さん、佳代さん母子。眞子さまご結婚後の生活設計にも注目が集まる

「昨年9月に紀子さまが公表されたお誕生日文書で“長女の意思を尊重する”と、眞子さまのご結婚を暗に認められました。続いて11月末に秋篠宮さまも“結婚を認める”とのご発言があり、小室家に嫁がれることを承認されたのです」(前出・宮内庁関係者)

 それまで結婚問題に悩まれていた紀子さまも“断腸の思い”を経て、娘を小室家に嫁がせることを前向きに考え始められたのだろう。

「昨年5月、コロナ禍で紀子さまと眞子さまが一緒に作られたフラワーアレンジメントを関連施設に贈呈していただいた」と話すのは『結核予防会』の工藤翔二理事長。同団体の総裁を務める紀子さまの最近のご様子を次のように明かす。

「オンラインで新年恒例のご挨拶をさせていただきました。昨年末に新型コロナウイルスの状況については十分お伝えしていたので、昨年の妃殿下のご活動に対しての感謝を申し上げました。

 妃殿下は大変お元気ですが、なかなか国民の前にお出ましになれないことはもどかしく、お気の毒だと感じます。オンラインでもいつも笑顔で、前を向いていらっしゃるご様子でした」

母子でのお出かけとなった横浜での能のご観覧(2019年6月2日)

 紀子さまはご家族を支える傍ら、公務に対しても真摯に取り組まれている。そのお姿を“お手本”にした眞子さまもまた、内親王として立派にお仕事に努められてきた。

「公務で手話を披露される際、紀子さまは原稿にいっさい目を落とされません」

 そう話すのは、皇室番組で15年以上ディレクターを務め、現場取材も行っている大里武志さん。

「皇族方がスピーチされる場合、原稿を読まれるケースがほとんどですが、紀子さまは5分間ほどあるスピーチの全文を完全に記憶して、さらに来場者と目を合わせながら手話を行われます。実は、眞子さまも紀子さまと同じく、手話スピーチで原稿に目線を落とされることはないのです。おそらく、紀子さまをお手本にされていらっしゃるのだと思います」

 秋篠宮家といえば、紀子さまから眞子さま、佳子さまへと手話が受け継がれている。

 ご結婚後の紀子さまに、10年ほど手話指導を行っていた『日本ろう者劇団』顧問の井崎哲也さんに話を聞いた。

「紀子さまは、聞こえない人のためというよりは、外国語と同じように“言語”として手話を学ばれたいとのことでした。なるべく通訳に頼らずに手話を身につけられ、ときには“もう1度お願いします”と、非常に熱心だったことが印象に残っています」

 子育てにも手話を取り入れられていたという。

「眞子さまが1歳のころに、紀子さまに子ども用の手話の絵本『てことばの本』をプレゼントさせていただきました。“わかりやすくて子どもも喜びます”とおっしゃっていただきました。子育てにも積極的に手話を取り入れていたようで、家庭内での会話の中でも使いながら、手話に自然と慣れ親しむように努力されていたそうです。今では、公式の場で眞子さまと佳子さまが手話を使いこなされていますが、当初は紀子さまが教えていらっしゃったのでしょう」(井崎さん)

高校生の手話によるスピーチコンテストのご挨拶を紀子さまから引き継いだ眞子さま(紀子さま:2000年、眞子さま:2018年)

 政府や自治体の記者会見で、手話通訳がつくことも増えたが、それは秋篠宮家の方々が尽力された賜物でもあるのだ。

 お母さまから受け継がれていたのは手話だけではなく、“お召し物”についても─。

「眞子さまが'16年のパラグアイ訪問時、大統領とお会いしたときの着物の“帯”は、創業100年を超える老舗の織元『紫鉱』の一品なのですが、もともとは紀子さまが以前使われていたものだったとか。'17年に眞子さまがブータンを公式訪問された際にお召しになった民族衣装の『キラ』は、ご両親が'97年に同国を訪れたときに、紀子さまへ贈られたものでした。紀子さまが長年愛用されている『レリアン』という老舗婦人服ブランドの洋服も、眞子さまはたびたびお召しになられていますよ」(前出・秋篠宮家関係者)

 今秋に結婚式が行われるのであれば、眞子さまは紀子さまから譲り受けたお召し物を着られる可能性は高い。

「'05年に結婚式を行われた黒田清子さんは、披露宴で美智子さまの貝桶文様の着物を手直ししたものを着られていました。倹約を意識されている皇族の方々は、1つの洋服をアレンジしながらお召しになることが多いのです。ただ、結婚式でお母さまの服を着られるのは“今までの感謝を込めて”という意味合いも当然含まれています。

 '18年に婚約延期が発表されてからというもの、母娘関係が悪化した時期があったと聞きます。しかし、眞子さまが紀子さまの着物や洋服を結婚式でお召しになれば、皇族としての“最後の親孝行”ができるのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)

 眞子さまが皇室から離れられるその日、紀子さまの“母としての感情”が、あふれ出てしまうにちがいない─。