夫の死後、ひとりになったときに財産がしっかり確保。できるようにしておかなければ老後資金が目減りする! 相続は「よかれと思って」「ついうっかり」が通用しない世界。老後の自分が困らないために、しっかり知識をつけよう。

イラスト/上田惣子

 同世代の人のコロナ感染やコロナ死の情報が次々と目に入り、不安になることもしばしば。「夫や自分に何かあったら、わが家の財産どうなるの?」と気になるもの。

「特に今は、健康な人でもコロナにかかって、あっという間に亡くなることもありえます。いつ何があるかわかりませんから、贈与・相続については夫婦できちんと考え、話し合っておきましょう」

 そう話すのは、(株)夢相続の代表取締役として多くの相続相談にのってきた曽根惠子さん。

遺産総額によっては半分以上が税金でパア

 相続対策といえば、まず気になるのが相続税。そもそもどのくらい取られるもの?

「まず、知っておきたいのは、相続税には基礎控除(税金がかからない範囲)があること。その計算方式は、[3000万円+600万円×法定相続人の数]で、例えば法定相続人が3人なら、遺産の総額が4800万円までなら相続税はかかりません。それより多ければ、オーバーした額に応じて、10~55%の相続税を払うことになります」(曽根さん、以下同)

 わが家に財産はないし、相続の準備って、一部のお金持ちだけの話でしょ? と安心してはいけない。

「確かに、実際に相続税を払っているのは全体のうち1割足らずの人たちです。ただ、それ以外の人が何の手続きもなしに税金を払わずにすんでいるわけではありません

 都会で家を持っている場合、無策のままだと相続税を払うはめになることも。相続時に配偶者のための優遇制度などを利用してそれを税務署に申告するのもひとつの手。また、生きている間にお金を渡す、不動産の名義を家族の名前に変更するなどの生前贈与をしておく方法もあります」

 では、さっそく夫の口座から自分の口座にお金を……。

「それはちょっと待って! 基本的には相続税のほうが贈与税よりも、控除や優遇が多いし、税率も低いんです。安易に生前贈与しないよう気をつけて。各種対策で得をするにはコツがあるので、それを調べ、できれば税理士や専門家に相談をしてみましょう」

よかれと思って損を招く、5大アクション

「相続税対策に」「家族を安心させたい」と、元気なうちにお金をあげたり、不動産の名義を変更したりする「生前贈与」。安易にやってしまいがちだけど、やり方を間違えるとかえってお金がかかってしまうことも。代表的な「5大アクション」をチェックしましょう!

【Q】持っている不動産を売って現金化すると損?

【A】お金より不動産で渡すほうが節税になる

「相続税や贈与税の計算をする際、賃貸不動産は、時価の3割ぐらいと低く評価されます」。つまり、3000万円分の預貯金や株よりも、3000万円分の賃貸不動産をもらったほうが税金が安くなるということ! 

「さらにその不動産が自宅で100坪までなら、相続の際に課税価額が最大80%安くなるという特例が使えます」

 ただし、注意点も。

「売ったり貸したりしづらく、自分が住まないような不動産は、むしろ相続人の負担に。生前に処分しておきましょう」

【Q】夫の銀行口座から一気に妻の口座へお金を移すと損?

【A】金額によって相続税より高い税率で贈与税が課税に

 たとえ夫婦であっても、金融資産や不動産を渡すと「贈与」とみなされ、その価額によっては贈与税を払うはめに。

年間110万円超の財産を渡すと、金額に応じて10~55%の贈与税がかかります。贈与税を払いたくないなら、少しずつ贈与してもらいましょう。“年間110万円以内じゃ間に合わない!”といった場合は、贈与税を払ってでも多めに受け取る、あるいは不動産にかえて受け取る手も」

 そのほか、非課税になる特例もいろいろあるので税理士などに相談を!

■相続税の税率
(法定相続分に応ずる取得金額/税率/控除額)
・1000万円以下/10%/控除なし
・3000万円以下/15%/50万円
・5000万円以下/20%/200万円

■贈与税の税率(一般税率)
(基礎控除後の課税価格/税率/控除額)
・600万超1000万円以下/40%/125万円
・1500万超3000万円以下/50%/250万円
・3000万円超/55%(※)/400万円
(※55%が最高)

【Q】「婚姻期間20年以上の特例」を使い、家の名義のうち2000万円分を贈与すると損?

【A】名義変更の手数料などで数十万円が必要!

「婚姻期間20年以上の夫婦なら、自宅用の不動産(またはそれを買うためのお金)を配偶者に贈与する際は、2000万円分までは贈与税がかからないという特例があります」

 ただし注意点が!

贈与税はかからなくても、不動産の名義変更の費用や、不動産取得税で合計何十万円もかかる可能性が。一方、相続であれば、取得税がかからないし、名義換えの費用は5分の1ですみます

 相続税がかからない範囲の財産であれば、「妻に渡す」という遺言書を書いてもらったうえで、相続時にもらうほうが得ということ!

【Q】生前贈与用に妻子の通帳を作って夫が管理しておくと損?

【A】生前贈与の成立要件を満たさず、相続税の対象に

「通帳の名義が誰であれ、夫がお金を出して管理していたなら、夫の財産とみなされます。夫の死後、そういう通帳が見つかったら、夫の財産として税務署に申告しなくてはなりません」

 それを避け、妻の財産として生前贈与したい場合は、贈る側ともらう側で贈与契約書を残して、通帳ももらっておくのがおすすめ。そして贈与額によっては夫は贈与税を納めておくこと!

【Q】車や高級時計をもらうと損?

【A】高額なら贈与税がかかる

 自動車、貴金属、高級時計、楽器、絵画骨董品、着物なども、相続税や贈与税の対象となる。よかれと思って高級時計や車をポンとプレゼントされた場合、その価額によっては税金がかかる。価値が110万円以下のものなら生前贈与してしまってもいいけれど、それ以上の価値があるものなら相続まで待ったほうが税金面で得になることも。

 相続させる場合は、財産目録に書き出しておき、どのくらいの価値のものなのかも伝えよう。

相続するために、こんな書類をチェック!

 夫にもしものことがあった場合、残された家族はその後の手続きに追われる。葬儀や火葬の手配、役所への届け出などがあわただしいことは多くの人がご存じのとおり。そして、想像以上に大変なのが相続財産の名義変更や相続税の申告手続き

 預貯金、株などの有価証券、不動産などは名義変更をしないと相続人のものにはならない。そして名義変更をするには、各種書類が必要になる。その際、遺言書がなければ、法定相続人全員の同意とそれを示す書類(遺産分割協議書)も必要に!

「故人がどんな財産があるのか、家族にまったく明かしていない場合は大変です。預金通帳や金融機関からのお便りなどがあればいいのですが、ネット口座はペーパーレスですから、家族が口座の存在に気づかない場合もあります。相続税を申告した後で税務署に見つかったりすると、修正申告などが必要になることも」

 さらにやっかいなのが、借金の存在を隠していた場合。

「故人が借金を抱えていた場合は、相続人が返済義務を負うことになります。借金が莫大な場合は、死後3か月以内に“相続放棄”の手続きをしないと大変なことに……。財産を相続してしまってから借金の存在がわかった場合は、相続放棄できないので注意してください」

 家族を困らせないために、まずは今から財産と借金、そして相続人をリストアップしておくこと! そして遺言書を書いてもらうのがおすすめ。名義変更の際の手間や必要書類がぐっと減る。

《チェックすべき書類など》

■銀行の預貯金

通帳】……口座の名義変更に利用。

定期預金証書】……定期預金の名義変更に利用。

貸金庫の鍵】……貸金庫を開ける際、相続人全員の同意と立ち会いが必要な場合も。財産の重要書類を入れている場合は、貸金庫を利用していることを家族に伝えておく。

■自宅、その他の不動産、株式など

取引報告書】……株や投資信託の名義変更の際、どの金融機関と取引していたか知る手がかりとなる。仮想通貨など取引報告書が発行されないネット取引などについては、取引所やログインID、パスワードなどを書いて保管し、そのありかを家族に伝えておく。

登記済証】……相続の手続きの際に、所有している不動産をきちんと把握するために必要。

不動産売買契約書】……不動産を売却した際、所得税の申告のために必要。

固定資産納税通知書】……故人がどんな不動産を所有しているかを知る手がかりになる。

■保険

生命保険証券】……保険金の請求に必要。受取人が親のままになっている人もいるので、元気なうちに確認しておくこと。

火災保険証券】……契約者が亡くなった場合、契約者の名義を変更する必要がある。

■年金

年金証書】……年金事務所に死亡届を出す際に必要。遺族年金や未支給年金の請求手続きなども行う。

■自動車

自動車検査証】……自動車の売却時に必要。

自賠責保険証書】……損保会社で自賠責保険の契約者を変更する際に利用。

■墓地

墓地使用許可証】……墓地を引き継ぐ際に、霊園や管理する自治体に提出する。

■借金

金銭消費貸借契約書】……相続放棄するかどうかを判断する材料となる。相続放棄は故人の死を知って3か月以内に家庭裁判所に申し立てなくてはならない。

カード利用明細書】……相続放棄するかどうかを判断する材料となる。

■その他

印鑑証明書】……さまざまな名義変更で、相続人が提出することを求められる。妻は持っていないことが多いので、元気なうちに役所で登録しておきたい。なお、証明書は「発行後3か月以内のもの」といった条件がつくことが多いので、生前に発行してもらう必要はない。

給与や年金の源泉徴収票】……故人が2か所以上から給与をもらっていた、給与以外の雑所得が20万円超あった、などの場合は、死後4か月以内に故人の所得について準確定申告を相続人全員で行う。その際の添付書類となる。

■作っておきたい書類

遺言書】……遺言書がないと、名義変更の手続きのたびに法定相続人全員が同意した遺産分割協議書や印鑑証明書が必要になる。特に子どもがいない夫婦は、親やきょうだいともめないために、それぞれが遺言書を作っておきたい。

財産目録】……預貯金や株式などの残高を、夫婦がお互いにまったく知らないケースが増えている。相続財産の全体像を明らかにして、残された家族の相続手続きの負担を減らすためにも、夫婦それぞれの財産目録を作っておく。

ここは確実に! 重要書類ベスト5

【1】家に関する書類
 自宅を登記したときに発行される「登記済証」(’05年からは「登記識別情報通知」)のほか、固定資産税納税通知書などをもとに、どんな不動産を所有しているのかきちんと確認しておくこと。

【2】金融資産の書類
 夫婦それぞれの通帳や定期預金証書など。株や投資信託に投資している場合は、取引している金融機関名、支店名、口座番号なども書き出しておきましょう。ネット取引している場合は、金融機関名、ログインIDやパスワードも忘れずに。

【3】生命保険の書類
 保険証券を探し出し、保険金の受取人を確認。独身時代に親を受取人に指定してそのままになっている場合は、希望する家族名に変更しておきます。保険証券は、すぐ請求できるよう家族に保管場所を知らせます。

【4】借金の書類
 金融消費賃借契約書など、お金を借りている相手や借りている内容がわかるもので確認しておきます。金額が資産の額より大きい場合は、夫が万一の際には死後3か月以内に相続放棄の手続きをするよう、親きょうだいにも伝えておきましょう。

【5】財産目録
 不動産、預貯金、株式や投資信託、保険、借金などをリストアップ。それぞれの取引先なども書き出して、家族がわかる場所に保管してもらいます。ネット取引ならIDやパスワードを書き出し、金庫などに保管。

意外と大変! 夫の死後の名義変更

 故人の財産は故人の名義のままだと、いくら家族でも勝手に使うことができません。遺言書や遺産分割協議の内容に従って、きちんと名義変更の手続きをすませることが必要です。

■預貯金の名義変更
 銀行口座の名義を変更する、あるいは預貯金を払い戻してもらう。その際、ほかの支店に口座がないか、定期預金がないかなども確認してもらう。必要書類は遺言書の有無によって、また銀行によっても異なる。

【遺言書がある場合の必要書類】
・遺言書+検認調書または検認済証明書(公正証書遺言以外の場合)
・故人の戸籍謄本または全部事項証明書(死亡が確認できるもの)
・預金を相続する人の印鑑証明書……など

【遺言書がない場合の必要書類】
・遺産分割協議書(法定相続人全員の署名・捺印があるもの)
・故人の除籍謄本・戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡まで連続したもの)
・相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
・相続人全員の印鑑証明書

■不動産の名義変更
 自分ですることもできるが、多くの書類が必要なことから、司法書士などのプロに依頼する人も多い。自分で手続きする場合は、あらかじめ必要書類などについて法務局に相談しておくのがおすすめ。

【遺言書がない場合の必要書類】
・名義変更する不動産の登記事項証明書(登記簿謄本)
・故人の住民票の除票(本籍の記載があるもの)
・故人の出生から死亡時までの戸籍謄本すべてと除籍謄本
・相続人全員の現在の戸籍謄本
・遺産分割協議書+相続人全員の印鑑証明書……など

■株式の名義変更
 多くの場合、取引支店やコールセンターなどに連絡して、必要書類を提出。株式の名義を変更してもらう。

【遺言書がある場合の必要書類】
・遺言書と検認調書または検認済証明書(公正証書遺言以外の場合)
・故人の戸籍謄本または全部事項証明書(死亡が確認できるもの)
・相続する人の印鑑証明書……など

【遺言書がない場合の必要書類】
※預貯金の名義変更の遺言書がない場合と同様の書類が必要

(取材・文/鷺島鈴香)

《PROFILE》
曽根惠子 ◎(株)夢相続代表取締役。WEBメディア「家族をつなぐきずな倶楽部」を運営「相続実務士」の創始者として1万4600件の相続相談に対処。感情面、経済面に配慮した“オーダーメード相続”を提案している。