引き取り手のない故人の遺骨は「恩送り」が引き取り、供養 写真提供/株式会社アイル

 時代とともに変わる葬式の形。身寄りのない人の葬儀、金銭的な理由で葬儀を断念した家族、事故でひどく損傷したご遺体、そしてコロナ禍で増える自殺者……など、今の時代と向き合う葬儀会社の「さまざまな事情」を聞いた。(取材・文/熊谷あづさ)

身寄りのない故人の葬儀は
月に約10人

 お通夜や告別式で故人を偲び、火葬場へ付き添って最後のお別れとお骨上げをするのが、これまでの一般的な葬儀とされていた。だが、お葬式の形は刻々と変わっている。

「弊社には一般葬、家族葬、直葬の3つのプランがあります。直葬とはお通夜・告別式をせずにご安置のあとご火葬のみを行うものです。そのほかにご遺族様の代わりにご遺体の引き取りからご火葬までのすべてを行い、必要な場合はご遺骨をお送りするサービスもあります。ひと昔前でしたらあり得ないサービスなのかもしれませんが、年々、ご依頼が増加しています

 そう話すのは、日本マーケティングリサーチ機構の調査において『お客様満足度』『葬儀関係者が選ぶ葬儀社』『面倒くさくない葬儀社』の3部門で第1位を獲得した葬儀会社アイルの代表取締役・田中啓一郎さん。遺族が立ち会うことなく火葬までが執り行われる背景には、時代の流れの渦中でもがく人々の姿が透けて見える。

「今は新型コロナが流行していますから、都内でひとり暮らしをしている方が亡くなったとき、上京を控えたいと考えるご遺族様がいらっしゃるのも当然です。また、ご自身がご高齢で長距離の移動が難しいご遺族様もいらっしゃいます。さまざまな事情で上京できないご遺族様からのご依頼は、今後も増えていくと思います

 また、金銭的な事情で故人との最後の別れを断念する遺族も少なくないという。

「たとえばご遺族様が遠方に住んでいる場合、上京するとなると交通費がかかります。また、上京後すぐに火葬できるというわけではないので、最低でも1~2日くらいは滞在してもらわなければならず、宿泊費も発生します。金銭的な余裕がないという理由で、お骨の郵送を希望される方もいらっしゃいます」

 遺骨が郵送されるとしても、引き取り手がいる故人は恵まれている。実は、アイルでは平均して月に10人前後、身寄りのない故人の葬儀を請け負っているという。

「引き取り手のないご遺体でも、誰かが火葬をしてご供養をしなければなりません。弊社では身寄りのないご遺体の火葬までを行い、ご遺骨は僧侶の方たちを中心にさまざまな支援活動を行っている一般社団法人『恩送り』さんへお預けします

 一般社団法人恩送りでは、行き場のないお骨を引き取り手が見つかるまで最大5年間、預かってもらえる。期間内に引き取り手が現れなかった場合は永代にわたって供養がなされるのだそうだ。

 身寄りのない故人には生活保護受給者が多く、アイルでは月に20件ほど生活保護受給者の葬儀を行っている。

「生活保護受給者の方のご葬儀も増加しています。その中には、『もう何十年も会っていないから』、『引き取るとお金がかかる』、『借金などの面倒に巻き込まれたくない』といった理由でご遺族が引き取りを拒否したため、ご遺骨を『恩送り』さんへお預けするケースも含まれます。世知辛い世の中ですね

火葬直前に「ドタキャン」も

田中啓一郎さん 撮影/渡邉智裕

 葬儀という仕事を通して社会貢献を行っている田中さんだが、20代後半で葬儀業界に身を置いてからというもの、何百回も「辞めたい」と思ったと話す。

「人間は急に身近な人を亡くすと最初はびっくりして、次に怒りの感情がわいてくるんです。ですから、些細なことで怒鳴られたり怒られたりすることも珍しくありません。

 葬儀社というのは当たり散らされる役目を負うことが多いですから、そのたびに『もう辞めたい』と思いました

 遺族の言動に何度も折れそうになった心を救ってくれたのは、同じく遺族の言葉だった。

「葬儀のすべてが終わった後に『あのときは、きついことを言ってすまなかったね』、『いいお葬式をしてくれてありがとう』と感謝の言葉をかけてもらえるとホッとしますし、『またがんばろう』と思えます。これまで担当したお客様のおかげでご縁というものに気づくことができ、社会貢献をしたいという気持ちが芽生えたように思います」

 数多くの葬儀を執り行っている田中さんに印象深いエピソードを教えてもらった。

「不慮の出来事で亡くなった若い女性の葬儀を担当したときのことです。その状況だけでも気の毒だというのに、一緒に暮らしていたお母様は盲目で、最愛の娘さんの最期の顔を見ることができなかったんです。

 なんとかお役に立ちたいと思い、故人様や葬儀の様子を口頭でお伝えしました。葬儀後に感謝のお言葉をいただいたことはうれしかったです。ただ、気の毒な状況が重なるご葬儀は、仕事とはいえやはりつらいものです

 葬儀の過程では思いがけない事態が発生することもある。田中さんは何度か“火葬のドタキャン”を経験しているという。

「火葬場で最後のお別れをしてお釜に入れる段階で、『焼きたくない』とおっしゃるご遺族様がいらっしゃいました。説得を試みても納得されないので、火葬をキャンセルしてご遺体をご自宅に戻し、腐敗しないようにエンバーミングの処置を行いました」

 エンバーミングとは、ご遺体に防腐、殺菌、修復などを行うことで長期保存を可能にする技法のこと。

「エンバーミングの保全期間は50日なのですが、期限が近づいても火葬を拒否される方もいらっしゃいます。ただ、火葬をしていただかないと私どもでは何の対応もできませんから。そうした場合は土葬が可能な墓地をご紹介するのが精いっぱいです」

「コロナ感染」を理由に自殺、しかし…

 田中さんは2016年7月にアイルを創業し、現在は一般的な葬儀のほかに行政からの依頼による葬儀も多く手がけている。その中には飛び降り自殺や轢死などで原型をとどめていないご遺体もある。

「最期のお別れのときのお顔というのは、深く記憶に残るものですから。お顔はお見せせず、元気だったときの面影を偲んでいただいほうがいい場合もあります。どうしてもという場合は故人様の特徴をうかがって、たとえば右腕にほくろがあるならその部分だけをお見せするという方法をとるようにしています

 近年は自殺が増えており、さらにコロナ禍が拍車をかけていることを痛感しているという。

「新型コロナを患ったと悲観して自殺した方がいらっしゃいました。でも、亡くなった後にご遺体をPCR検査にかけたところ、罹患していないことがわかったそうなんです。コロナ禍で体調を崩すと誰しも『コロナに罹ったかな』と思うものですが、心身が弱っていると新型コロナの疑いがあるだけで命を絶ってしまうこともあるんです

 また、テレワークの弊害が子どもに及んだケースにも直面している。

「在宅勤務で両親が家にいる時間が増えるにつれて夫婦ゲンカが多くなり、それを苦にして自殺をしてしまったお子さんがいます。子どもや女性の自殺は増えていますね。未来ある人の葬儀は、何度経験しても切ないものです

 一般的な葬儀社では打ち合わせとセレモニーは担当者が異なるが、アイルでは打ち合わせをした人間が葬儀後の相談等のアフターフォローまですべて担当する。遺族と接する時間が長い分だけ故人への想い入れも強くなり、自然と親族のような心境で業務に携わっていくのだそうだ。

「アイルは『ご縁をいただいたご遺族様や故人様に心を込めた丁寧な葬儀をしっかりと行っていきたい』という志を持って設立した葬儀社です。私ひとりではじめた会社も、今では10名ほどのスタッフを抱えるまでになりました。でも、これ以上、会社を大きくするつもりはありません。これからも時代に合わせながら、まごころを持って仕事に取り組んでいきたいと思っています

<田中啓一郎さん>
長崎県出身。高校卒業後、アパレル業界や飲食業界を経て27歳の時に葬儀会社に就職。数多くの葬儀を取り仕切る中で実績と人脈を築き2016年7月に株式会社アイルを創業。

<株式会社アイル>
東京都新宿区西早稲田に本社、世田谷区と小平市に営業所を持ち、東京全域から周辺県までの地域で葬儀を提供。事前相談から葬儀後の手続きやお墓の相談といったアフターサービスまで、まごころを込めて遺族と故人に向き合っている。公式サイト:http://airu.jpn.org