直撃取材に応じる加藤浩次

 2月16日、TBSがサッカー番組『スーパーサッカー』の3月終了を発表した。

「番組スタートはJリーグ開幕元年の'93年10月。開始時はフリーアナウンサーの生島ヒロシさんがMCを務め、その後、徳永英明さんにバトンタッチ。'01年10月から現在までは極楽とんぼの加藤浩次さんがMCとなっています。小学校3年生から高校3年生までサッカー部だった加藤さんにとって、非常に思い入れの強い番組でした」(スポーツ紙記者)

自分のギャラを減らしてでも
「番組を続けてほしい」

 週刊女性PRIMEでは、'16年にそんな加藤の熱すぎるサッカーへの思いを報じている。朝の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)など、MCを務めるレギュラー番組が5本という多忙を極める中にあっても、きちんと試合を見ることを自らに課していた。

 彼にとって“サッカー番組のMCを務める”ために必要なことだったのだろう。日本時間の深夜に放送される試合を徹夜で観戦し、そのまま『スッキリ』の放送に臨むことも多かった。

 自身がそれだけ力を注いでいたため、ときに『スーパーサッカー』スタッフに強く当たることもあり、「オメェ、なんで試合見てねぇんだよ!」「サッカーわかってんのか?」など“サカハラ”ともいえる説教に及ぶこともたびたびあったという。

 週刊女性PRIMEの報道後、加藤は『スッキリ』で「あんなのしょっちゅう、毎日ですよ! サッカー番組やってるのに、サッカー見てないって話にならないでしょ」とキッパリとした態度で認めていた。

 自らの出演番組のなかでもっとも長く続いていた番組の終了だが、今回の決断に至るまでには、何度も存続の危機があった。

「'06年のドイツワールドカップに惨敗し、日本代表の人気が落ち込んでいた時期など、番組終了の危機はたびたびあったそうです。そういったときは、加藤さんが局側にかけあうなどでピンチを乗り越えてきた。あるときは“(自分の)ギャラは少なくなっていいから続けてほしい。地上波でサッカーを伝える番組が少なくなってほしくない。難しければ(放送時間が)遅くなってもいいから”と自ら直訴したと聞いています。

 『スーパーサッカー』はサッカーファンが喜ぶ、少しマニアックな企画が人気だったりしたのですが、番組のテコ入れ策としてほかのスポーツや一般のニュースなどが入った時期もありました。そうした状況に、サッカー好きとして“純粋なサッカー番組”を望んでいた加藤さんは泣く泣く承諾していたようですね」(芸能プロ関係者)

 終了報道の3日後、加藤本人に今の思いを聞いた。

「まぁ長年やらせてもらって、感謝しかないですねぇ」

――これまでも番組終了の危機はありましたが、加藤さんの尽力で番組が続いたと聞いています。

「はい。まぁ“(続けるには)どうしたらいいですか?”ってスタッフのみなさんと話してって感じですね

――矢部浩之さんがMCを務めていたサッカー番組『やべっちFC』のように、別の形で継続するというお話などはないのでしょうか?

「あ〜はい、DAZNでね。(スーパーサッカーは)そういう話はないですねぇ……。今のところ」

 直撃を終え、『スッキリ』の生放送に向かう車に乗り込みながら、「残念ですけどね……」とつぶやいた加藤。その表情は、終了を惜しむ気持ちが伝わる本当に寂しそうなものだった。

 現在、Jリーグを放送しているのは、スポーツ専門の定額制動画配信サービス『DAZN』(ダゾーン)。矢部の『やべっちFC』は、『やべっちスタジアム』としてこちらで“延命”した。加藤の『スーパーサッカー』も、そのようなアディショナルタイムはあるのだろうか……。