徳谷容疑者が働いていた和食店。かつて父親が開いた

 

「朝の6時ころから夜9時過ぎまで一生懸命働いていた。週1日の休みの日にも、下の2人の子どもの学校や幼稚園の送り迎えをしていた家庭的な人だったのに……」

 と容疑者の普段の様子を話すのは、近所の住人たち。

 2月12日の午後2時50分ごろ、奈良県宇陀(うだ)市の調理師・徳谷(とくたに)和彦容疑者(36)は長女・奈那子ちゃん(享年10)が通っている特別支援学校まで行って、

「おばあちゃんたちに会わせに連れていってあげたいから、迎えにきました」

 と教師に告げて、奈那子ちゃんを軽自家用車に乗せた。 

 知的障害と身体障害をもつ奈那子ちゃんは車イスが必要で、普段の送り迎えは、妻かデイサービスが行っていたという。

 その後、行方不明になり、心配した妻が警察に捜索願いを出したところ、翌日未明に学校から約30キロ離れた「おおたき龍神湖」の道の駅の駐車場で、徳谷容疑者がひとり車に乗っていたところを発見された。

この生活から逃れるために「死のうと」

「ずぶ濡れ状態で、放心状態でうずくまっていました。そして、無理心中をほのめかしたのです」(捜査関係者)

 徳谷容疑者はこう供述しているという。

「前日、父親と口ゲンカになって……。仕事が忙しくて、たびたび父親に叱られ、モメていた。この生活から逃れるために自殺しよう、死のうと思った。それで妻が介護で大変だったので、長女を道連れにしようとした。2人で湖に入ったが、自分だけが死にきれずに、崖によじ登って助かってしまった……

 言葉どおりに、奈那子ちゃんは午前7時前に湖で心拍停止の状態で見つかり、死因は溺死だった。

 容疑者の直接の逮捕容疑は、生命身体加害誘拐の疑いだが、離婚や別居していない父親が、娘を誘拐とはどういうことなのかーー。

たとえ身内、親子であっても、加害目的のために連れ出したということです。あくまでこれは逮捕の入り口であって当然ながら殺人容疑も視野に入っています(22日に同容疑で再逮捕)」(捜査関係者)

 県教育委員会は記者会見で、

「家庭内のトラブルや相談は学校にはなく、容疑者や長女に不審な様子もなかった」

 と困惑するばかりだったが、容疑者一家に何があったのかーー。

事件の背景に“父親のパワハラ”

 雪がぱらぱらと舞う、冷え込みが厳しい奈良北東部の自然豊かな集落に、徳谷容疑者が妻と3人の子どもと暮らしていた家がある。

 自宅の敷地内にある和食店で働いていた容疑者は、近隣に住む父親、母親と2人の従業員で店を切り盛りしていた。

「容疑者の祖父も父親も料理人で、30年前にここに店を構え、父親を尊敬する容疑者が店を手伝っていたんです。普段の食事以外にも宴会や冠婚葬祭のときの食事、仕出し料理、出前もしているし、地域になくてはならない店」(近所の住民)

 容疑者の妻は店では働かず、3人の子育てに専念していたようだ。

 徳谷容疑者の中学校の同級生は、とても事件を起こすような人ではないと、こう話す。

「おとなしくて、優しくて、まじめで、まあまあイケメン。地味で、女子にモテてるということはなかったけど、陸上部の短距離で、部活に燃えているという感じやった」

 別の近所の住人も、事件が信じられないと語る。

中学時代は陸上部だった徳谷容疑者(卒業アルバムより)

「若いのに、町内会の集まりにも積極的に参加しとった。神社の祭りの準備のときも、おとなしいけど、気さくで素直やね。近所のお祝いの宴を彼の店でやると、“おめでとうございます。今後も頑張ってください”などと手紙を添えた花輪をくれる、心遣いができる人やよ」

 そんな好人物が悲惨な事件を起こしてしまった理由を、

「はっきり言って、父親のパワハラ」

 と容疑者の父親を名指しするのは、一家を知る関係者。

「徳谷さんの父親は、昔気質の職人肌で仕事に厳しすぎる。特に身内にはね。さらに、最近は酒を飲みながら仕事をして、徳谷さんをお客さんの前で叱ったりしていました。

 この1年はコロナ禍で宴会や葬儀や、お客さんも減っている。いい時代を知っとるから、その葛藤もあるんだろうけど」

「私がすべて悪かった」

 この関係者は、最近の容疑者の異変に気がついていたという。

「今までは、父親に怒られると、素直に“はい! はい!”と姿勢を正していたけど、近ごろは反抗ぎみだった。ストレスがたまっていたのか、顔色もよくなかった」

 奈那子ちゃんの不幸な生い立ちを悲観していたのでは、と別の関係者。

「実は奈那子ちゃんの障害は先天的なものではなく、食中毒が原因という噂があってね。4歳になる直前に、店の残りものを家族で食べたら、あたって、高熱を出した……という話で。

 奈那子ちゃんは、その前にも、家の風呂場で溺れたり、地域でお伊勢さん詣でをしたときに迷子になったりしたことがあった。

 たった10年しかない人生なのに最後までかわいそうな子やった。湖の水はどんなに冷たかったやろうし、怖かったやろうなぁ」

 障害のある娘を育てる苦労のうえに、父親の態度にいたたまれなくなった容疑者の心情は推して知るべしーー。

 その父親(奈那子ちゃんの祖父)に話を聞くことができた。

「孫の奈那子が死んでしまったのも、息子が逮捕されてしまったのも、私がすべて悪かった……。反省というか、後悔しています……。奈那子を道連れにして、無理心中するところまで、あいつを追い込んでしまったとは、まったくわからなかった……。

 確かに仕事も忙しかったやろうし、家に戻っても休まることがなかったんやろうな。そこまで思いつかなかった私が、悪かったんです」

店先に貼られていた臨時休業のお知らせ

 そう涙ぐむ父親は、短髪に白髪が目立ち、マスクに前掛け、白いゴム長靴姿。事件でしばらく休んでいた店を、再開しようと準備をしていたときだった。

 奈那子ちゃんの生い立ちについては、

「奈那子が食中毒で障害者になったのは違う。誰がそんなこと言うとるんですか? ある日、突然、高熱を出して急いで病院に連れて行ったら、難病やったんです」

 その後遺症で障害に……と再び涙を見せた。祖父がいくら悔やんでも孫が帰ってくることはなく、息子もすぐに戻ってくることはないかもしれない。

《勝手ながらしばらくお休みさせていただきます》

 という店先の貼り紙が取れるのはいつになるのかーー。