毎日、鏡で目にする自分の顔。しかしよく考えると、なぜ私たちには「顔」があるのだろう──。太古の生物の体の最先端に、餌を効率よく食べるために「口」ができたときに、顔の歴史は幕を開けたという。
 人類進化研究の第一人者・馬場悠男氏の著書『「顔」の進化 あなたの顔はどこからきたのか』(講談社ブルーバックス)では、ヒトや動物の顔の歴史を振り返りながら、顔がもつ深い「意味」を解き明かしている。本稿では同書の一部を紹介しよう。

※写真はイメージです

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 同種の生物のオスとメスは、もちろん、ほとんど同じと言ってよいほど似ている。しかし、たとえば我々ヒトではオスとメスの生殖器官はまったく違う。いわゆる第一次性徴である。そして生殖器官の違いとは別に、やがてオスとメスには、第二次性徴としての違いも現れてくる。オスとメスとが、そのような存在であることを「性的二型」と呼ぶ。では、そうした違いは顔にはどのように現れるのだろうか。

男性がウエストのくびれた女性を好むワケ

 身体の大きさに関しては、平均としては男性のほうが女性より大きいことは常識である。男性は骨が大きいだけでなく、長さのわりに関節が太く、筋肉も発達している。これは、長い人類進化の過程において、男性がほかの動物に対抗する高い戦闘能力を持つため、あるいは狩猟の際に大きな荷重に耐えるために得られた特徴といえる。

 なお、霊長類を含めた多くの動物を見ると、基本的に体力勝負なので、一頭のオスが多数のメスを占有する種では(単雄複雌)、オスの身体がメスに比べて非常に大きい。しかし、ヒトでは、男性と女性の身体の大きさは少ししか違わない。それは、人類進化の過程で、我々の祖先が、一夫一妻による家族関係を構築し維持してきた証拠と解釈される。ちなみに、農耕社会が始まると蓄えられた経済力によって多くの女性を占有したり、現代でも性的魅力によって多くの女性を占有したりする男性もいるが、普通の男性にとっては一人の女性を占有するのがやっとである。

 ヒトの女性の特徴として顕著なのは、骨盤の大きさと皮下脂肪の分布である。女性の骨盤は、じつは身体の大きさのわりには男性より少ししか大きくないのだが、産道となる部分が広いのだ。女性の尻が大きく見えるのは、主に皮下脂肪が集中する結果であり、それが性的魅力にもなっている。同様に、乳房に皮下脂肪が蓄積するのも、性的魅力のためといわれている。

 テキサス大学のデヴェンドラ・シン博士らの研究によると、実際に男性の多くは、全体として太いか細いかにかかわらず、胸(乳房)と尻(骨盤)が大きく、ウエストのくびれた体型の女性を好むことがわかっている。それは、自分のDNAを受け継ぐ赤ん坊をうまく産んで育ててくれそうなサインと見なすからだろう。胸と尻が大きいだけでなく、ウエストがくびれていれば、妊娠によって腹腔の容積が著しく増加しても、それを吸収する余裕があるように見えるのだ。さらに女性は、腕や脚にも皮下脂肪が多く、丸みのある柔らかい、あるいは子どもらしい印象を演出している。男性は、それをも性的魅力として感じることになる。

 皮膚の色には、明確な性差があるわけではない。肌の色が白く透明感があることが女性の性的魅力になる。

 エジプトの南部では、人々の肌はかなり色が濃いが、個人的変異が大きい。私が現地で調査中に多くの人から聞いたところによると、男性は肌の色が濃いほうが強そうでよいが、女性はやはり、肌の色が薄いほうが魅力があると感じられるとのことだ。そのような価値判断による性的選択が、変異が大きいことの原因かもしれない。

トム・クルーズとニコール・キッドマンの鼻を交換すると

 顔の魅力は、さまざまな要素から醸し出されている。男女とも、顔の部品のバランスがとれていることは重要だが、性差がそれぞれの魅力と感じられていることも多い。

 たとえば、部品の造作が大きく、ゴツゴツしていたり、鼻や顎がしっかりしていて、眉が濃く、髭がある、という特徴は女性から見て男性の魅力となるし、鼻や顎が華奢で、眉は薄く、髭はほとんどない、という特徴は逆に男性を惹きつける女性の魅力となる。

 このような違いは、成長の進展程度の違いと理解されている。つまり、女性は子どもの状態をかなり維持して成人するが、男性はさらに過剰に成熟した、あるいは老化した状態になるというわけである。

 たとえば、かつて夫婦だったトム・クルーズニコール・キッドマンの鼻を交換するとどうなるか、想像してみるとよい。

図1-1:男女の鼻を交換してみると トム・クルーズとニコール・キッドマン(MTVLive) 出典/馬場悠男『「顏」の進化』(講談社ブルーバックス)

 トム・クルーズの鼻は、鼻骨と上顎骨前頭突起が高く幅広く隆起して、横から見た稜線は凸に湾曲し、男性的なパワーと意志を表している。鼻翼は広くはないが、鼻尖がやや広く垂れ下がり、成熟した状態に該当し、判断力と知恵を示しているように見える。

 かたやニコール・キッドマンの鼻は、高く隆起しているが、幅が狭く、稜線も鋭く、横から見て凹に湾曲しているので、意志や自己主張は控えめな印象になる。鼻翼は狭く上品で、鼻尖は上を向き、子どもの状態を示しているので、いかにも女性的といえる。図1-2を見れば容易に想像できるように、二人の鼻を交換したら、どちらも即座にスターの座から転落するだろう。なお、ジョージ・クルーニーの鼻は男性としては控えめで、男女どちらでもよさそうだ。

図1-2:男女の鼻を交換してみると トム・クルーズとニコール・キッドマンの鼻を交換した図 出典/馬場悠男『「顏」の進化』(講談社ブルーバックス)

顎の形は男性の力強い意志と実行力の象徴

 顎の形も、とくに欧米社会では男性の力強い意志と実行力の象徴となっている。だからアメリカの映画や劇画のヒーローは、顎が角張り、オトガイ(下顎の先の突出した部分)が割れていることが多いのだが(図2)、最近の日本のアニメの登場人物には、細長い逆三角形の顎が多いのは気になってしまう。

図2:アメリカのヒーローのオトガイ 割れたオトガイが強調されている(図は「キャプテン・アメリカ」) 出典/馬場悠男『「顏」の進化』(講談社ブルーバックス)

 私などはそこに、何とも不健康な幼児性が感じられてならないのだ。なお、男性のオトガイが幅広いのは、女性に比べるとはるかに太い喉頭(いわゆる「のどぼとけ」のところにあり、咽頭と器官をつなぐ器官)を圧迫しないためと見なされる。

 一般には男性の髭も、性的魅力になると考えられていることは繰り返し述べてきたが、髭の濃さは個人によって、あるいは集団によってずいぶん違うのはなぜだろうか。原因の一つは、性的魅力と感じるかどうかが、個人によって、あるいは集団によって違うということなのだろう。もう一つは、寒冷適応の一つとして、北東アジア人では髭が少なくなったことだろう。それでも西アジア人とアイヌの人々に髭が多いのはなぜなのかは、うまく説明できない。

 なお、歯の大きさは、男女によってわずかしか違わないので、性的魅力とはならない(むしろ顎が小さい女性のほうが、歯並びが乱れることが多い)。

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 そのほか、『 「顔」の進化』では顔の不思議をさまざまな視点から解説している。角度や表情による違いについては、別記事《あなたは横顔で他人を見分けられる? 「アジア人には横顔がない」理由》で詳しく紹介する。

馬場悠男著『「顔」の進化』(講談社ブルーバックス) ※記事内の画像をクリックするとamazonのページにジャンプします 

馬場悠男(ばば・ひさお)
人類学者。1945年東京都生まれ。国立科学博物館名誉研究員。1968年東京大学理学部生物学科卒業。獨協医科大学助教授を経て1988年国立科学博物館主任研究官、1996年同人類研究部長および東京大学大学院理学研究科生物科学専攻教授を併任。人類形態進化学を専門とし、ジャワ原人の発掘調査に長年取り組む。国立科学博物館の特別展を数多く企画するほか、NHKスペシャル「地球大進化」「病の起源」「人類誕生」など多くの科学番組を企画・監修。著書は『ホモ・サピエンスはどこから来たか―ヒトの進化と日本人のルーツが見えてきた!』(KAWADE夢新書)、『顔を科学する!―多角度から迫る顔の神秘』(共著=ニュートンプレス)など、監修書は『ビジュアル 顔の大研究』(丸善出版)など多数。