生活困窮者を食い物にする悪質な「無料低額宿泊所」の実態とは──。フリーライターの林美保子さんがリポートする。《シリーズ第3回・最終回》

移転が決まった川口市の無料低額宿泊所

※第2回→《1.5畳の部屋に15年入居、生活保護費をピンハネする「貧困ビジネス」悪徳スカウトの手口

第3回
福祉事務所が無低に丸投げ。実は、持ちつ持たれつの関係

 本来は、生計困難者のために住む場所を提供する福祉施設という位置づけになっているはずの無料低額宿泊所が貧困ビジネスの温床になっている。相部屋などに生活困窮者を押し込み、粗末な食事を与え、生活保護費をピンハネする。劣悪な環境に耐えられずに、「路上のほうがマシ」と、逃げ出す入所者が後を絶たない。

 無料低額宿泊所には、憲法25条が定める「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条文からは程遠い環境がある。

困窮者を支援するNPOを装う

 しかし、無料低額宿泊所すべてが悪質というわけではない。使命感を持って取り組んでいる良心的な事業者もいる。施設によっては短期間でアパートに転居できる。

 一方で、たった1.5畳の、薄いベニヤ板の仕切りと、アコーディオンカーテンがドア代わりという名ばかりの個室に15年も生活してきたという事例もある。2段ベッドを入れた相部屋も少なくなく、都内には20人収容の大部屋もあるという。一口に無料低額宿泊所と言っても、玉石混交なのだ。

「しかも、ひとつの事業者の中でも、異なった形態で運営していたりします。大手事業者Aはまっとうな賃貸アパートを運営する一方で、古い建物の中に生活困窮者を押し込んで食い物にしているので、なかなか一筋縄ではいかないですね」と、生活困窮者支援団体であるNPO法人『ほっとプラス』(さいたま市)の高野昭博生活相談員は語る。

 事業者はNPO法人が多く、企業や個人もある。

「特にNPOなどと書かれていると信用するじゃないですか。でも、実態は違っていたりします」

 大手事業者AもNPO団体であり、ホームページには、「“日本一の社会的企業”になることを目標にしている」とか、DV被害者などの女性支援も行っているようなことも書かれている。伝え聞く悪評とのギャップに目がくらむほどだ。

「社会的企業」とうたっている割には、取材や視察依頼はほとんど門前払いだそうだ。筆者が無料低額宿泊所の外観を撮影しようとしたところ、「彼らは警戒していますから、気づかれないように気をつけてください。気づかれたら暴力を受けるかもしれませんから」と、高野さんが心配する。

「女性入所者の場合には、大人数を押し込むのではなく、一軒家を借りてシェアハウスみたいな形にしているので、まだマシなほうだと言えるでしょう。でも、ピンハネするやり方は変わらない。だから、施設から逃げてくる女性もいます」

 Aのホームページには、生活困窮者が施設を利用するようになったきっかけとして、「役所紹介が96%」と書かれてある。藁をも掴む思いでこのサイトにたどり着いた人は、なおさら信用するに違いない。

住居を持たない人が生活保護申請に行くと…

 無料低額宿泊所に入所するきっかけとして、ひとつはスカウトマンによる勧誘があるが、もうひとつが福祉事務所経由である。ネットカフェ利用者や路上生活者といった住居を持たない人が生活保護申請に行くと、無料低額宿泊所を紹介されるという道筋が常態化しているのだ。

「“無低に行くのなら生活保護申請を受けつける”と堂々と言う職員もいます」と、高野さんは語る。

「無料低額宿泊所の一覧表を見せて、“この中から選べ”と言うんですね。でも、一般の人にはどの施設が良心的で、どの施設が悪質なのかということは、まずわからない」

 稲葉剛・小林美穂子・和田靜香編『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)中にはこんなくだりがある。

《対応したケースワーカーは、「時間がないから」と、その日から泊まる宿の説明もせず、「行けば分かる」と言って、迎えに来た車に彼を乗せた。着いた先は無料低額宿泊所。(中略)マスクもしていない老人たちがゲホゲホ咳をしている環境で、一睡もできず…》

 福祉事務所が生活保護の申請者を無料低額宿泊所に行くように働きかけることについて、実は構造的な問題がある。

 福祉事務所は1人で100人前後の生活保護者を担当するなど多忙を極める部署として知られている。にもかかわらず、経験豊富な専門職は少なく、人事異動の一環として行政職や事務職がケースワーカーとして配置されるのが通例になっている。業務が多岐にわたっているため負担が重く、職員にとってはできれば配属されたくない、不人気の部署だという。

 多くは数年経てばほかの部署に移っていくため、個々のケースに応じて適切な判断をするための知識や経験が蓄積されない。

「経験が少ないこともあって、通りいっぺんの対応をするしかないということもあると思います」と、高野さんは語る。

 そんな中、ケースワーカーはいくつも生活保護申請を新たに受理すれば、居宅への準備などの手続きに追われ、担当する生活保護者の訪問活動などに手が回らなくなってしまう。その点、無料低額宿泊所に丸投げすれば、手間がかからない。こうして、福祉事務所と施設側は持ちつ持たれつの関係ができあがっているのだ。

施設を細分化した後、名前を変えて暗躍

 筆者は以前、『反貧困ネットワーク埼玉』のスタッフから、「埼玉県は、“無低天国”と揶揄(やゆ)されるほど、悪質な施設が多い」という話を聞いた。

「それは、いまでも変わりません」と、高野さんは語る。

 東京都では新規の無料低額宿泊所を作る際には完全個室にすることを義務づけるなどガイドラインで規制を強化したため、悪質な業者は埼玉県など周辺部を拠点にするようになったという。

 埼玉県における無料低額宿泊所の数は、5年前の55から73に増えた(2021年1月1日現在)。

「無料低額宿泊所のスタッフだった人たちが似たような施設を作っている例が少なくありません。さいたま市などでも独自に条例を作成して規制を強化していますから、悪質な事業者は一見、縮小しているようにも見えます。しかし、実際には小分けされて名前を変えて運営しているのが実状です」と、高野さんは語る。

「無届け施設が増えており、首都圏でわかっているだけでも1000以上あります。一軒家を借りて、こぢんまりと運営していたりします」

200人を収容している大型無料低額宿泊所。窓の中にコの字のように見えるのは2段ベッドらしい

 厚生労働省では、2020年度から原則7.43平方メートル(約4.5畳)の個室化などを省令で規制した。ただし、既存の建物に関しては3年の猶予があり、今年2月の時点では、「相談者の話を聞く限りでは状況は全然変わっていない」と語っていた高野さん。しかし、ここに来て少しばかり動きが見えてきたという。

「川口市にある無低が、1人あたりの住居スペースが規定に満たないために閉所することになり、入所者は他市に移ることになったようです。この機会にアパート転居を希望している入所者もいて、福祉事務所もそれを認めたと聞きます」

 行政には、さらなる規制強化を図ってもらいたいところだ。


林 美保子(はやし・みほこ) 1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務などを経て、フリーライターに。経営者インタビューや、高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマにした取材活動に取り組んでいる。著書にルポ 難民化する老人たち(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)がある。