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 「学生は制服が当たり前」はもう古い? 変わりゆく時代の中で今、「制服と私服を自由に選ぶ」という声が上がっています。やらずに「禁止」ではなく、まずはやってみるという選択肢をーー。(取材・文/ノンフィクションライター・大塚玲子)

「制服と私服、どちらでも選んで着られるようにしよう」。『change.org』というサイトで今、こんな署名活動が行われています。3月20日現在、署名数は既に1万8000筆超え。署名は3月26日に、文部科学省に提出されます。

 呼びかけ人は現職の教員、斉藤ひでみ先生です。斉藤先生が勤務する岐阜県の某高校では、コロナ禍で衣服の選択を希望する家庭があることから「制服と私服の選択制」が取り入れられました。

 すると、これまでの予想に反してなんら問題は起きず、むしろ教室が以前より自由な雰囲気に変わったのだそう。それならもうコロナとは関係なく、学校は「制服と私服の選択制」でいいのでは? 斉藤先生はそう考え、署名の呼びかけを始めたということです。

 コロナ以前から学校の制服については、さまざまな問題が指摘されていました。

 身体の性と心の性が一致しないトランスジェンダーの生徒たちが、制服を着るのがつらくて苦しんでいること。発達障害の特性や感覚過敏などから制服を着られず、不登校になる生徒たちがいること。また入学時には、制服を含むたくさんの指定品を買い揃えなければならず、各家庭の費用負担が大きくなっていることなども、大きな課題でした。

 ただ、一方では「制服を着たい」という生徒も存在します。そこで斉藤先生は、「制服を『標準服』という本来の扱いにして、制服でも私服でも、それぞれが好きなほうを選んで着られるようにしよう」と提案したのです。筆者も呼びかけ文を読んですぐ署名をしたところ、声をかけていただき、賛同人のひとりに加えてもらったのでした。

「経済格差が見えてしまう」
反対派の意見は

 ただ、SNSを見ていると、この提案を心配する声もあるようです。「本当に制服よりも私服のほうが安くつくのか?」というのです。実は筆者も、この点については以前から考えてきました。高校生だったころ(30年前!)、筆者は「制服か私服か選べるように校則を変えよう」という活動をしていたのですが、当時からこのような指摘はあったのです。

 友人らとともに「制服検討委員会」を作り、呼びかけ文を配布したり、全校集会を企画して話し合ったりしましたが、結局卒業まで校則を変えることはできませんでした。「制服と私服を選べる」という案に反対する生徒も、意外といたのです。

 反対の理由はいくつかありましたが、主なものは「私服だってお金がかかるのではないか」というものでした。お金をかけないことも可能だけれど、「そうすると家庭間の経済格差が見えてしまうのが、よくない」というのです。

 反論もしました。「私服のほうがお金がかかる」と考える人は制服を着ればいいし、経済格差は隠せばなくなるものではないはずだ、と。でも、「全員が一律の制服」をやめることに不安を感じる人の考えは、変えることができませんでした。

 思い返すと、私自身も確信しきれない部分はありました。何しろ私たちは「制服と私服の選択制」を一度も経験していなかったからです。近隣に選択制の学校もなかったですし、「実際に選択制にしたときにどうなるか」は、わかりませんでした。

 もしかしたら反対する人たちが言うように、「私服を着るという同調圧力が生まれて制服を着る人はほとんどいなくなり、経済格差が露骨に出る」のか? 絶対にない、と言うことはできませんでした。

 その後、長い年月を経て自分が親になり、子どもに制服を着させるようになると、別の視点からの発見もありました。生地の品質は昔よりさらに向上し、また学ランの袖丈やズボンの丈は成長に合わせて伸ばせるよう、とてもうまく作られていることを知ります。制服業者や販売店が暴利をむさぼって高い値段になるわけでもないらしい、ということもわかってきました。

恐れ過ぎるのではなく
「まずはやってみる」という選択肢

 それでも、今はやはり、制服と私服が選べるほうがいいと感じています。私たちはただ、未知のものを恐れ過ぎていただけではないか、と思うのです。ほかのいろんなものごとと同様に、です。

 斉藤先生はコロナ禍を機に、制服と私服を選択できる状況を経験しましたが、心配していたような事態は起きなかったといいます。

「みんな、そんな高いものは着てきません。私服はよくも悪くも『部屋着の延長』という感じ。下は制服のスラックスやスカートが多いです。いまは寒いので、学ランの下にフード付きのスウェットを着て、フードだけ学ランから出ているスタイルがトレンドです」

 十数年前に、東北地方で校則がない高校をつくったある元校長先生も、こんなふうに話していました。

「明日何を着ていこうって考えるのが面倒くさいから、男の子も女の子もだんだん似た格好になっていくんです。ジーンズにTシャツとか、寒くなるとその上にセーターを着て、それで終わり」

 中学の校則をなくしたことで知られる西郷孝彦先生(世田谷区立桜丘中学校前校長)も、以前取材したとき、同じようなことを語っていました。

「結局、完全に私服もめんどうで、スカートだけ制服で、上は好きなものを着てくる、という子が多い。運動部の子はずっとジャージを着ている子が多いよね」

 選べるようになれば、制服を着たい子は着るし、私服を着たい子は着る。もしくは、制服と私服を組み合わせるなど、子どもたちは各々で判断するようです。

 もうひとつ最近考えるのは、衣料品のデフレについてです。昔と比べると、洋服は驚くほど安くなりました。ユニクロなど、低価格で品質のいい商品も多くなっています。

 総務省の「家計調査」から洋服の支出額を確認すると、2000年からの20年間で3~4割も金額が下がっていることがわかります(2020年の下げ幅はコロナの影響が大きそうです)。ですから着るものに経済格差が現れる可能性は、昔よりもっと減っていると考えられます。

 斉藤先生はこんなふうに話します。

「学校の先生って『こんなことが起きるんじゃないか』とすごく心配して、だいぶ手前で過度な『禁止』をかけてしまいがちですが、実際にやってみると、心配していたようにはならないことが多いと思うんです。だからまずは、一度やってみたらいいんじゃないでしょうか。

 近隣の高校では、制服と私服の選択制について2週間お試し期間を設けてから検討したところもあります。まずはやってみて、仮に問題が起きたら、制服一律強制に戻すのが最適解なのか、別に取れる方策があるのか、当事者みんなで考えたらいいと思うんです」

 学校の先生だけではありません。未知のものごとを心配しすぎる傾向は、PTAの保護者たちを取材しているときにもよく感じます。長年のやり方を変えたら、OBが文句を言ってくるのではないかと心配していたけれど、実際にはほめられたという話。一度やめたら二度と復活しないと思われていた活動が、数年後に希望者が現れて、あっさり復活したという話など、いくらでもあります。

 試してみてどんな結果が出るかはわかりません。でも、いま現に困っている子どもたちがいることがわかっている以上、「このままでいい」とはいえないでしょう。まずはやってみる、というのに筆者も賛成です。

大塚玲子(おおつか・れいこ)
「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆。出版社、編集プロダクションを経て、現在はノンフィクションライターとして活動。そのほか、講演、TV・ラジオ等メディア出演も。多様な家族の形を見つめる著書『ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない』(SB新書)、『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(ともに太郎次郎社エディタス)など多数出版。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。