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 2020年4月1日、改正健康増進法が全面施行された。これにより、学校や病院などは「敷地内禁煙」に。飲食店やオフィスなども「原則、屋内禁煙(所定の要件に適合すれば、各種喫煙室の設置は可)」となった。

 さらに、東京都や一部の地方自治体では国の法律よりさらに厳しい“上乗せ”条例を設けている。喫煙者の肩身は狭くなるばかり──。

テレワーク中や休憩中も禁煙を求める企業が

 こうした動きを嘆き、問題視する人も多い。作家、中村うさぎさんもその一人だ。

「もちろんルールは守って吸いますよ。病院の敷地内で吸えないのは当たり前だと納得しています。副流煙の問題に敏感になるのは、施設の目的上、仕方がないなと思うんで。でも、ショッピングモールなどでも喫煙場所がどんどん減っていて、屋外でさえ吸えなくなっているところが多いじゃないですか。ああいうのは本当にやりすぎだと思います。絶対にあそこには買い物には行かんぞと思ってしまいますね」

 飲食店も含め吸える場所が減ったことで、最近はすっかり家に引きこもりがちに。

「コロナ禍が終わってもね、『居酒屋でさえ禁煙だし、家でご飯食べよう』って喫煙者は増えるんじゃないかな。家飲みだと使うお金の額が全然違うから、経済的にみてもあんまりよくないんじゃないかと思うんですけどね」

 各企業で働く喫煙者を取り巻く包囲網も狭まるばかり。就業時間中の禁煙を定めるだけでなく、受動喫煙予防や社員の健康増進を理由に、プライベートな時間や場所での禁煙を求める企業が出始めているのだ。

 ある飲料メーカーでは、テレワーク中も含め就業時間内は禁煙に。ある大手スーパーでは自社施設・敷地・社用車での禁煙に加え、出勤や休憩から職場に戻る45分前までに喫煙を終了することを求めている。ネットでは賛成意見もある中、

《そのうち、肥満防止のためにテレワーク中にお菓子禁止とかしそう。周囲に迷惑かけないなら喫煙は個人の自由だと思います》

《がんじがらめに監視したいように思える。テレワークなら、社員間の受動喫煙は関係ないし、社員を楽して縛りつけたい的な愚かな策だと思う》

 という声も目立った。また、喫煙者の採用じたいを見送るという企業も徐々に増えていて……。

「勤務中はともかく、プライベートにまで嗜好品のことについて干渉するなんて、越権行為じゃないですか? そういう企業って、ものの考え方が残念だなと私は思います」と中村さんは憤慨する。

行き過ぎルールは違法の可能性も

 喫煙をめぐる厳しすぎるともいえる企業ルールは法律的に見てどうなのか、労働問題に詳しい杉並総合法律事務所の三浦佑哉弁護士に聞いてみた。

 そもそも、どうしてこんなに喫煙をめぐる状況が厳しくなってしまったのだろうか?

「確かにこのところ、禁煙というか受動喫煙防止の流れがものすごく強くなってますよね。実はこれ、国際的なものなんです」

三浦佑哉弁護士

 1999年には、世界銀行がたばこの流行を地球規模での脅威と位置づけ、その対策の重要性をうたった報告書を公表。WHOが『たばこ規制枠組条約』を策定し、2005年に発効した。

「さらに日本の場合は、東京都がオリンピック・パラリンピックの開催都市に決まったことが大きいですね。IOCが喫煙規制を求めている関係で、2000年代になってから開催都市はどこもオリンピック開催までに受動喫煙防止の対策をとるという流れができています。それを受けて、日本も法律を改正し、企業もそれにならったのでしょう」

 中村さんは「日本ではたいして喫煙に対して危機感を持ってなかったのに、オリンピックを前にして急に規制に厳しくなったのは外国人の目を気にしてでしょう。何を欧米にこびへつらってるのって思っちゃいます」と率直に語るが……。

「たばこが長年にわたって、嗜好品のひとつとして認められてきたことは事実です。ただ、それが制約されるようになったのは、副流煙が他者を害する可能性があるというデータが出てきたからなんですね。これが、企業が従業員の喫煙の自由を制約する第一の根拠となっているわけです」と三浦弁護士。

 企業が就業中の喫煙を制約する根拠は他にもある。

「企業は施設管理権というものを持っていて、自社の施設内で吸うなとか、そういうことを決める裁量があるんです。これが禁煙の根拠の2点目。根拠の3点目は、いわゆる企業秩序を維持する義務というのを労働者は負っていること。それから最後に、労働者は職務の専念義務というものを負っていること。所定労働時間中はちゃんと仕事に集中する義務があるんです」

 この4点のうち、どれかに当てはまるのであれば、喫煙を制約することは法的に認められる可能性が高いというわけだ。

「だから、勤務時間中については、オフィスだろうが自宅であろうが、企業が従業員に禁煙を求めることは適法になるだろうとは思います。反対に、完全なプライベートな時間、休日も吸うなと罰則付きで強制するのは違法になると私は考えています。健康のために禁煙を“呼びかける”くらいなら許容されるでしょうが……。グレーゾーンなのが、休憩中や始業時間前といった労働時間に接続しているプライベートな時間に、会社の敷地外にいる場合でも禁煙を求めることですね」

 現状は努力義務であっても、守らない人が多ければ罰則付きにという声が上がる可能性もあるという。プライベートタイムの嗜好品を規制する場合は、しっかりとした根拠を示すなど、慎重な姿勢がほしいところだ。

 採用活動で喫煙者を除外しようとする動きについては問題ないのだろうか。

「実は日本では、解雇が難しいぶん、採用の自由がある程度認められています。性別など生まれ持ったもので差別することは違法ですが、喫煙や飲酒の習慣を理由に人材を選択することは適法だと一般的に言われています」

 ただし、いったん採用した従業員に関しては、話が変わってくる。

「入社後に、喫煙習慣を理由に減給や降格、解雇など不利益な扱いをするのは違法になるでしょうね」

嗜好品を「快・不快」で断罪する危うさ

 禁煙・分煙が国際的な流れとはいえ、嗜好品をやみくもに制約することのないよう注意が必要なのではないか、そう中村さんは考えている。

「もちろん、他人の健康を害さないよう、分煙は徹底すべきだと思います。でも、たばこを吸うこと自体を制約されるのはおかしいのでは? 本人の自己管理、自己責任ということでいいと思うんですよ。国に私の健康を心配され、たばこをやめろとか言われる筋合いはないですね」

中村うさぎさん

 喫煙者への過剰な締め付けが、趣味嗜好を規制する動きにつながらないかとも中村さんは危惧している。

「快・不快の問題で物事を規制しよう、法律で社会を漂白しようみたいな流れができていくと、他のこと、例えばお酒などの嗜好品や表現などにもそれが波及していく可能性がある。不快なものは一切、社会から消しましょうという動きが強まると、絶対ひずみが生まれると思う。何か全体主義的なものを感じちゃいますね」

 企業についてもその危うさは同様にあるという。

「自宅でも吸うなとか、そんなことを言われる筋合いはないはず。そこまでの干渉は行き過ぎだと思うし、社員のプライベートに干渉する前例を作ってしまったらダメだと思うんです。他のことも干渉するようになるかもしれないじゃないですか」

 三浦弁護士も、「喫煙については、受動喫煙による健康被害が考えられるので、規制が強まる流れは避けられません。ただ、明確な根拠なくプライベートな時間・空間まで禁煙を求めるようになったり、飲酒など他の嗜好品まで制約するような動きが出てくるようになったりしてくるとちょっと怖いですね」と懸念を示す。

 今後、喫煙がどこまで規制されていくのか、その行く末を注意深く見守っていきたい。