「花粉の飛散量」と「新型コロナのかかりやすさ」は、無関係ではないようです

 スギ花粉症シーズンもいよいよ終盤戦、東北地方を残して多くの地域では飛散のピークを越えた。スッキリできるのももうすぐだ。一方で、新型コロナのほうは感染者数が下げ止まり、むしろいつ増加に転じるかもしれず、一向にスッキリしない。

 これら花粉症と新型コロナ感染の関係性については、実はいまひとつ明らかになっていない。ただ、「花粉の飛散量」と「新型コロナのかかりやすさ」は、無関係ではないことがわかってきた。

花粉の飛散量が増えると感染リスクが上がる?

 独ミュンヘン工科大学他の国際共同研究チームが3月、「世界31カ国のデータを解析したところ、空気中の花粉濃度が上昇してから4日後に新型コロナの感染率が上がる傾向が見られた」という論文を『アメリカ科学アカデミー紀要』(PNAS)に発表した。

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 さかのぼること半年、ミュンヘン工科大学の研究チームは「花粉にさらされると呼吸器ウイルスに対する自然免疫が弱まる」という旨の論文を発表。その際はライノウイルスだったが、マウス実験では、花粉にさらされた気道の細胞では抗ウイルス遺伝子の発現が弱まり、感染しやすくなることが観察されたという。この現象は花粉アレルギーのない人でも同じだった。

 そこで今度の共同研究では、5大陸・計31カ国(欧州諸国を中心に、アメリカ、アルゼンチン、アジア、アフリカ、オーストラリア、韓国)の130地点から、2020年1月1日~4月8日のデータを集めて分析。その結果、「気温や湿度との相乗効果もあいまって、新型コロナ感染率の変動の44%は花粉によって説明できる」としている。

 具体的には、空気中の花粉が高濃度になった4日後に感染率の上昇が観察された。また、ロックダウン(都市封鎖)しない状態では、1メートル四方の空間に漂う花粉が100粒増えるごとに、感染率が平均4%上昇した。同じ花粉の飛散状況でも、ロックダウンすれば感染率の上昇は半分に抑えられた。

 ポイントは、「自然免疫」の働きが花粉によって妨げられてしまう、という点だ。

 ヒトの免疫システムは、大きく分けて自然免疫と獲得免疫の二段構えになっている。

 自然免疫はあらゆる動物に備わった免疫システムで、ウイルスや細菌などの外敵が体内に侵入すると、真っ先に駆けつけて片っ端からやっつける。

 獲得免疫は、自然免疫系の攻撃をくぐり抜けて増え始めた外敵を、主にT細胞やB細胞といったリンパ球が認識し、記憶し、敵ごとに特化した武器(抗体)などで排除する。

 例えばワクチンは、獲得免疫の仕組みを利用した発明品だ。体にウイルスの一部や目印を注入し、獲得免疫を発動させて本格的なウイルスの侵入に備えさせる。また抗体検査も、獲得免疫の産生する抗体の有無を調べることで、過去の感染歴を確認できる。

 感染して治癒した一部の人には抗体ができていなかったとの報告も複数あるが、その場合は、T細胞による排除が行われたと考えられる(『Nature』)。軽症や無症状感染だった人や、感染者の家族などの濃厚接触者では、抗体が陰性でも、新型コロナに特化したT細胞が活性化されていた、という研究もあるからだ。

 そう聞くと、新型コロナは獲得免疫が主体となって撃退するものと思われるかもしれない。

 だが実際には、獲得免疫システムを発動させるまでもなく、その手前で、自然免疫によって排除されているケースは少なくないだろう。その場合には発症どころか感染さえ成立しない。

 ところがその自然免疫を撹乱し、邪魔するのが花粉、というわけだ。自然免疫の発動が十分でなければ、ウイルスはその一次防御をかいくぐり、感染が起きる。感染が起きてしまえば、確実かつ劇的な特効薬がない以上、どれだけ体が闘えるかは個人の体質や体調、体力次第だ。

次のスギ花粉シーズン、新型コロナは収束している?

 さて、新型コロナ感染を予防する唯一の手段はワクチンだが、米英と比べると日本は大幅に後れを取っている。例年、スギ花粉の飛散は1月頃に始まって3月にピークを迎えるので、次のスギ花粉シーズン開始まで約9カ月。はたしてその頃までに人類は新型コロナを封じ込められているだろうか。

 アメリカ疾病対策センター(CDC)の発表では、今月12日に1億接種(全世界の30%の接種=AFP通信)を超え、約3500万人が接種を完了。バイデン大統領は、5月までに全成人への接種を完了することを宣言している。英政府も、7月末までに成人の1回目接種を終わらせる方針を示した。

 対して日本は、65歳以上の高齢者の接種開始が4月半ば、一般(16~64歳)は7月以降となる見通しだ。高齢者3600万人への接種に2カ月半を要するなら、優先接種の医療従事者470万人を除く16~64歳の男女約6900万人弱の接種には、単純計算で5カ月超かかることになる。

 順調に進んでも年内ぎりぎりに接種を受けたなら、その後、効果が出てくるまでは2週間かかる。これまでさんざん接種スケジュールが後ろにずれこんできたことを考えると、スギ花粉飛散シーズンに間に合うかどうか、だ。

 そもそも新型コロナウイルスは、撲滅は難しいだろう。宿主であるヒトをさほど殺さず、変異を激しく繰り返しながら、潜伏期間中も、あるいは無症状者からも感染が広がっていくからだ。

 多くの専門家は、ワクチンや治療薬が世界に行きわたることで、インフルエンザと同じような扱いとなる、と見ている。「withコロナ」が定常化した、まさにニューノーマルである。

 つまり来年以降も毎年、花粉の飛散時期は新型コロナの感染リスクが高まり、花粉症の人は新型コロナとのダブルパンチを恐れ続けることになるだろう。

花粉シーズンが明けたら「舌下免疫療法」

 かくいう筆者も、スギ花粉症に長年悩まされていた。「悩まされていた」と過去形なのは、「舌下免疫療法」で根治したからだ。花粉症が深刻な人なら、聞いたことのある治療法ではないだろうか。

 舌下免疫療法は、今のところスギ花粉症とダニアレルギーに対する唯一の根治療法であり、いわば現代の科学的な“荒療治”だ。アレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)をあえて少しずつ、繰り返し体内に入れ、体を慣れさせていくことでアレルギー反応が出ないようにする仕組みである。

 そうした治療法は総称で「アレルゲン免疫療法」と呼ばれ、実は古来、各所で行われてきた。例えば新米の漆職人は、漆にかぶれないよう、その葉をごく少量食べたという話は有名だ。

 スギ花粉症では1日1回、治療薬の錠剤「シダキュア」を“舌の下”に1分間置いておき、そのまま飲み込む。初回のみ医師の監督の下に服用して副作用がないか30分間様子を見るが、あとは自宅で自分で飲めばいい。1週目は低用量の錠剤で様子を見て、2週目から用量の多い錠剤に切り替える。

 日本アレルギー学会によれば、治療を受けた8割前後の患者が効果を得ている。当初は1週おきの受診が必要だが、その後は長期処方も可能だ。保険も利くし、2018年からは5歳以上の子どもも治療を受けられるようになった。

 ただし、3年以上の継続が推奨される長丁場の治療でもある。オンライン診療を導入している医療機関で治療を受ければ、通院の手間が省ける。医療機関を選ぶうえでの条件のひとつにしてもよいだろう。

 それなら今すぐ始めたい、と思われるかもしれない。だが残念ながら、まだスギ花粉が飛んでいるこの時期、舌下免疫療法は開始できない。飛散が完全に終わる5月中旬以降、再び飛び始める12月頃までが治療期間となる。早めに治療を始めれば、次の花粉飛散シーズンから効果を実感できる可能性が高まる。

 花粉症は治せる――そうすれば毎年、この時期を快適に過ごし、新型コロナとのダブルパンチにおびえずすむようになる。知っていたけれど手を出さずにいた、という方も、ぜひ今年こそ。新緑の季節になったら始め時だ。


久住 英二(くすみ えいじ)Eiji Kusumi ナビタスクリニック内科医師
医療法人社団鉄医会理事長。1999年新潟大学医学部卒業。内科医、とくに血液内科と旅行医学が専門。虎の門病院で初期研修ののち、白血病など血液のがんを治療する専門医を取得。血液の病気をはじめ、感染症やワクチン、海外での病気にも詳しい。現在は立川・川崎・新宿駅ナカ「ナビタスクリニック」を開設し、日々診療に従事している。