’13年11月、妻とともに自宅前を掃除する姿。落ち葉を掃く姿はやせ細っていた

《俳優・田中邦衛は、2021年3月24日午前11時24分、老衰のため、息を引き取りました》

 4月2日、田中邦衛さんの家族がファクスで“お知らせ”を発表した。享年88。安らかな旅立ちだったという。

「田中さんは'12年に地井武男さんのお別れの会でスピーチして以来、ずっと公の場には姿を見せていませんでした。長らく闘病していると伝えられていましたが、家族に見守られながら息を引き取りました。葬儀は家族で行っており、お別れの会は開かないそうです」(スポーツ紙記者)

 田中さんは名バイプレーヤーとして知られ、多くの映画やドラマに出演。悪役からコミカルなキャラクターまで、幅広い役柄を演じた。

「昭和ヒトケタ生まれで、俳優座の7期生。同期には井川比佐志露口茂がいます。広く人気を得たのは、'61年に始まった東宝映画『若大将』シリーズの"青大将"役でしょう。加山雄三の演じる若大将のライバルとして強烈な印象を残しました。いつも姑息な手を使って対抗するんですが、なぜか憎めないキャラクターでしたね」(映画ライター)

 高倉健さんが主演した東映の『網走番外地』シリーズや、菅原文太さんが主演した『仁義なき戦い』シリーズでヤクザ役もこなし、どんな役も自分のものにした。

「名優としての地位を確立したのは、'81年に始まったフジテレビ系のドラマ『北の国から』の黒板五郎役でしょう。大御所脚本家である倉本聰さんの代表作で、北海道の富良野で息子の純と娘の蛍という2人の子どもを男手ひとつで育てながら暮らす寡黙な男です。大自然の中での生活は楽ではありませんが、不器用ながら懸命に生きる姿が共感を呼びました。心に深い傷を負いながらもがき続け、ときに親子関係が危機に陥ることも。温厚な性格と頑固な意地をあわせ持つ複雑な性格の男を演じ、まさにハマり役でした」(同・映画ライター)

 '00年以降は次第に出演が減り、'10年に役所広司と佐藤浩市らと共演した映画『最後の忠臣蔵』の後は、俳優としての活動はしていない─。'13年には週刊女性が“俳優引退”を報じた。

 当時、映画会社スタッフは週刊女性にこう話していた。

田中さんに出演のオファーをしたところ、“俺、もう引退したんだ”と言って断られたようです。さらに、“昔に比べると、セリフが覚えられないんだ。年だし、俺ができる役はもうないよ”と、寂しそうに理由を語っていたそう

晩年は妻が“引退暮らし”を隠し通すも……

 その際に週刊女性は田中さんの自宅を訪ね、家の前でほうきを片手に掃除する姿をキャッチしたが、話を聞こうとすると田中さんの妻に遮られてしまった。

「'15年には『北の国から』のプロデューサーが亡くなりましたが、長年にわたり主演を務めた田中さんは葬儀に参列していません。外出できる状態ではなく、自宅から20分ほどの介護付き老人ホームに入居していました。歩行困難のため車椅子を使うようになり、さらには食べ物、飲み物も飲み込みにくくなるなど、すべてに介助が必要でした」(前出・スポーツ紙記者)

4年前の直撃では夫婦仲よく掃除していた。服がダブつくほど細い田中を夫人が支えた

 '18年には『北の国から』続編の可能性が取り沙汰されたが、実現していない。田中さんは老人ホームから自宅に戻ったものの、周辺住民からは“認知症が進んでいる”との証言もあった。

 '20年3月に、週刊女性は田中さんの自宅を訪れたが会うことはできず。近所の女性から話を聞いていた。

「1年半くらい前に、車椅子に乗った田中さんと奥さんを見たのが最後ですかね。最近はまったくお見かけしませんよ。自宅も長らく不在というわけではないと思いますが、カーテンやシャッターは閉まっていることが多いです」

 デイサービスの車も見かけられなくなり、施設に入ったままなのではないかと近所で噂されていたという。

 今回の悲報を受け、近所に住む男性から追悼の言葉があった。

「びっくりしました。すごくお世話になった方だったので。10年前くらいですが、僕が中学生のころは登下校の見守りをしてくれていましたよ。すごく優しい方で生徒みんなに声をかけていました。僕らが近所のバッティングセンターで遊んでいると、地域の見回りの一環で覗きに来てくれたりしてね。野球が好きなのか、僕たちに指導してくれたこともありましたよ

 スクリーンで見せた、はにかんだような笑顔は、田中さん本来の表情だったのだ。穏やかでシャイな性格だったが、駆け出しのころのちょっと意外な“伝説”もある。

「あぁ見えて、邦衛さんは女性からすごいモテたんだよ。おもしろおかしくモノマネされてたから、そんなイメージがないかもしれないけれど、普段の彼は話し好きで面白くて。それに優しかったから、女性たちはみんな放っておかなかった。映画では加山雄三さんや高倉健さんを引き立てる役回りが多かったけど、実際の飲み屋とかでは彼ら“二枚目”よりも女性からモテてたからね」(映画関係者)

気味が悪いと思われた役づくり

 田中さんのきまじめさもよく知られている。どんな役でも、いっさい手を抜かずに向き合って、その人になりきろうとした。あるドラマで鮮魚店の主人を演じたとき、役づくりに力が入りすぎて不審がられたことも。

「ロケ地になったのは、神奈川県の漁師町にある魚屋さん。ご主人が朝早くに市場から帰ってきて、いつものように開店準備を始めていると、近くの電柱の陰に薄汚れた帽子と服を着たオジサンが立っているのに気づいたそうです。そのオジサンは、昼になっても夕方になっても、ずっとそこから動かずにいて、夜に店を閉めるといなくなった。ところが、その次の日の早朝になると、また同じところに立っていたそうです。さすがに気味が悪くなって、“アナタ、ずっとここで何をしているんですか?”と思いきって声をかけた。それが田中さんだったんですよ」(商店街店主)

 田中さんは役づくりのために、1日中ずっと鮮魚店の主人を観察していたのだ。“いやぁ……怖がらせちゃってすみません”と、照れ笑いをしながら謝ったという。

 全身全霊で演技に立ち向かい、さまざまな人生を演じきった。俳優生活の続きを楽しむ声が、天の国から……。