行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は元夫の養育費不払いに苦しむ女性の実例を紹介します。

※写真はイメージです

「貧困率48.3%」と聞いて、どこの国の数字だと思いますか? アフリカや東南アジアではなく、日本の「ひとり親の家庭」が置かれた現状です。貧困率とは、所得が中央値の半分を「下回る」世帯の割合です。ひとり親世帯の半数近くが貧困というゆゆしき事態。両親が揃っている家庭では11.3%なので、片親で子どもを育てるのがいかに大変かを物語っています。

養育費の不払いに悩む家庭を救う新制度

 これは厚生労働省の国民生活基礎調査(2019年)のデータですが、公表されるのは3年おき。現在のコロナ禍でもっと悪化しているだろうと想像できます。筆者に助けを求めるのは父子よりも母子の家庭のほうが多いですが、母子家庭の平均年収はわずか243万円。それなのに元夫から養育費を受け取っているのは全体の24.3%に過ぎません。(2016年、厚生労働省調べ)。養育費の不払いに悩む母子家庭は多く、近年問題になっていますが、そんな状況を救ったのは昨年4月の法改正(民事執行法に新設された第三者からの情報取得手続)です。これにより、裁判所が市町村や銀行、証券会社等に元夫の勤務先、口座、運用先を開示するよう命令できるようになりました。

 筆者は行政書士、ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談を行っていますが、今回の相談者・真央さんも新制度を利用し、恩恵を受けた1人です。

「娘を大学まで通わせるのが夢なんです!」と言う真央さんは高校を卒業してすぐに働き始め、それから結婚、出産、そして離婚を経験。ずっと働き詰めの人生でした。「あのとき、大学に入っていたら……」と今になって思うのは大学生活に憧れているから。自分はかなえられなかったけれど、どうしても娘には大学に入学してほしい。そんな真央さんのささやかな願いは「あること」がきっかけで崩れ去りそうになっていたのです。一体、何があったのでしょうか?

<登場人物(相談時点。名前は仮)>
現夫:祐樹(40歳・自営業)
妻:真央(42歳・パートタイマー)☆今回の相談者
長女:澪(18歳・高校3年生)俊哉と真央との間の子ども
元夫:俊哉(44歳・薬剤師)

娘を大学に通わせたいが、再婚後も生活は苦しく…

 真央さんは7年前に元夫と離婚。夫の不倫相手が雨後のタケノコのように次々と現れるという地獄絵図でした。到底、本人たち同士の話し合いではまとまらず、家庭裁判所に離婚調停を申し立てたのです。揉めに揉めた結果、当時、11歳だった娘さんの親権は真央さんが持ち、娘さんが22歳まで夫が毎月8万円の養育費を支払うという条件で離婚調停が成立したのです。そして真央さんは2年前に現夫と再婚。元夫には再婚を報告しなかったのですが、戸籍謄本から判明したのでしょうか。元夫は養育費の振込みを勝手に止め、現在も止まったまま。それでも真央さんは文句を言わず、耐え忍んだのです。

 真央さんはどのような懐具合なのでしょうか? 高卒で資格を持っていない真央さんは、スーパーの品出しやレジ打ち、ショッピングモールの催事などパートの仕事を掛け持ちして、年収はようやく150万円。

 一方、自営業の現夫はいわゆる便利屋で、主な仕事は清掃業。例えば、孤独死したお年寄りの部屋、片付けられない家族のゴミ部屋などをきれいにする仕事です。これらの依頼は不定期なので売上は安定せず、また仕事を完了させるには、応援のバイト代、大型トラックの維持費、そして作業道具などを保管する事務所の家賃が発生します。そのため、売上から経費を差し引くと一年の所得は100万円もない有様。現夫は生活費として毎月6万円を入れてくれていたものの、現夫の稼ぎを娘さんの学費に回すのは無理でした。このように真央さんは再婚してからも生活は苦しく、相変わらず、貯金はゼロ。

 そんな中、娘さんは大学を受験し、無事に合格。3月までに入学金や前期の授業料として80万円を納めなければなりません。娘さんが受験勉強を始めるにあたり、真央さんは現夫に「奨学金を借りるから」と念押ししました。大学の学費はすべて奨学金を利用し、最終的には娘さんが返済する約束で受験を許したのです。

現夫のせいで奨学金申請がおじゃんに

 奨学金を申し込む際、親と子だけでなく、同居家族の年収を示す書類を提出しなければならず、今回の場合、現夫が該当します。真央さんは当初、現夫の確定申告書を準備するつもりでした。しかし、2月上旬。現夫が突然、「確定申告は待ってくれ!」と言い出したのです。理由は給付金の申請をしたいから。

 コロナで苦しむ中小企業、零細事業主に対して支給する給付金はいくつか存在します。昨年、国が支給した100万円(法人は200万円)の持続化給付金とは別に真央さんたちが住んでいる町では、地方自治体が独自の給付金を用意しています。具体的には2020年の各月の売上が前年同月比ですべて50%以上、減少した場合、20万円を支給するという内容。現夫はすでに100万円の持続化給付金を受け取っているのに、さらに20万円の給付金も申請しようとしていたのです。

「さっさと確定申告を終わらせてよね」真央さんはそう頼んだのですが、現夫は知らんぷり。

 夫の清掃業は、昨年の売上のうち6月は30万円、7月は40万円。一昨年の6月は25万円、7月は30万円。この2か月は売上が減るどころか、むしろ増えていたのです。当時はコロナによる自粛の影響で家にいる時間が増え、家の中を片づける人が増えた時期。不用品の買取や廃棄、家財の移動などの仕事が舞い込んだので、現夫の仕事は忙しくなり、1件1件の金額は小さいものの、暇を持て余していた一昨年より儲かったのです。しかし、2020年の確定申告をするにあたり、6月の売上を12万円、7月を15万円に書き換えれば20万円を受給することができます。そのため、帳簿や領収書等を修正するのに時間がかかると言うのです。

「私たちは貧乏だけれど、世の中に恥じないように生きてきたのに!」と真央さんは呆れつつ、「その20万円を娘の学費に回してくれるなら、私も考え直したかもしれません」と言います。

 現夫に学費のことを伝えると「あいつのパパになった覚えはない!」と言い放ったそうです。確かに現夫と娘さんは養子縁組をしていませんが、真央さんは娘さんに、現夫を父親に接するように教育していました。真央さんは「言っていいことと悪いことがありますよね、しかも娘の前で!」と嘆きますが、現夫の浅はかな企みのせいで真央さんは奨学金を利用できなくなり、急遽、自力で80万円を金策しなければならなくなったのです。

 ところで養育費を正式に減額するには親権者の同意もしくは裁判所の決定が必要です。真央さんから相談を受けた筆者は「養育費の不払いについて元旦那さんに何も連絡をしていないんですよね? 裁判所で争ったわけでもないので、月8万円の不足は滞納状態ですよ」と励ましました。具体的には8万円×12か月=96万円。もし96万円を一括で回収することができれば、娘さんの学費を納めることが可能ですが、どうすればいいのでしょうか?

養育費の滞納分・96万円を一括で回収

 窮地を救ったのは今回の新制度でした。

 口座番号は不明でも元夫のメインバンクは地元の信用金庫だということは察しがつきました。元夫の父親は自動車メーカーの孫請けとして工場を営み、部品を製造していました。父親の取引先は信用金庫。その縁で元夫本人が就職した際、強制的に給料の振込口座を信用金庫にさせられてしまった……結婚当時、元夫はそう愚痴っていたのを思い出したのです。

 真央さんが地方裁判所へ「第三者からの情報取得手続」を申し立てると裁判所は信用金庫に対して元夫の預金情報の開示を命令(民事執行法207条)しました。信用金庫は元夫名義の口座の支店名、口座番号を回答したので真央さんは望む情報を入手。今度は銀行預金の差し押さえの手続きを行い(民事執行法145条)、3月上旬に96万円が信用金庫から真央さんの口座へ振り込まれました。「残高が96万円も増えていて、びっくりしました」と真央さんは喜びます。

 もちろん、口座に十分な残高がなければ差し押さえは失敗します。元夫は2年間、養育費を振り込むのをやめていましたが、余った分を他の口座に移したり、証券等で運用したり、現金で引き出して使ったりせず、そのまま給与の振込口座に残しておいたのではないでしょうか。まさか差し押さえされる時が来るとは知らずに……。このような元夫の油断も隙もある性格に助けられた格好です。

「今日、学費を納めてきました。露木先生には感謝しています」と真央さんは言います。何とか納期に間に合わせることができたのですが、これで終わりではありません。

 真央さんは離婚から再婚までの間、女手ひとつで娘さんを育てるため、児童扶養手当(ひとり親家庭に支給される手当)を受給してきました。手当の受給を継続するには現況届に年収等を記入し、提出しなければなりませんが、今まで数字を偽ったことはないそう。それなのに、現夫のやっていることは不正受給。正義感が強い真央さんが最も嫌うことです。「旦那のことは見損ないました。今すぐ離婚しようって思っています!」真央さんは語気を強めます。

 元夫が養育費の振込を止めたのは真央さんが再婚したからですが、もし真央さんが現夫と離婚し、母子家庭に戻るのなら、また養育費を受け取りたいと思うのは当然のことです。離婚時に決めた毎月8万円の支払いをどうしたら復活させることができるでしょうか?

元夫と直接やり取りせず、養育費を取る方法

 そこで筆者は「今度は前の旦那さんの給与を差し押さえては?」と助言しました。具体的には職場が元夫へ給与を支払う前に直接、真央さん(もしくは娘さん)の口座に養育費の未払い分を振り込んでくれるというもの。残った分は元夫の口座に振り込まれるという、いわゆる給与天引きが可能。しかも一度、手続きを踏めば最終回、つまり今回の場合は娘さんが22歳まで自動的に天引きされるので非常に便利です(民事執行法151条2)。

 しかし、真央さんは「がっかりしましたよ!」と落胆します。裁判所へ申立をしたものの、養育費を回収できなかったのです。なぜなら、職場が「該当者(元夫)は在籍していないので給与や賞与の差し押さえには応じられない」と回答したから。真央さんが申立書に記入した会社名は離婚時の職場で元夫はすでに転職した模様。元夫の職業は薬剤師で、「資格があれば、どこでも働けるので……」と真央さんは愚痴をこぼします。元夫は転職が多く、結婚生活の中で3回も薬局を変更したそう。新しい職場を聞き出すべくLINEを送っても元夫は無視。かといって探偵でもない素人が元夫の職場を特定するのは難しいでしょう。

 2度目の絶体絶命を救ったのも今回の法改正でした。まず真央さんは地方裁判所へ「第三者からの情報取得手続」を申し立てると、裁判所は元夫が居住する地の市役所へ元夫の勤務先を開示するよう命令し(民事執行法206条)、市役所は住民税の源泉徴収の情報をもとに元夫の勤務先を把握。裁判所へ会社名と所在地を開示しました。

 このように真央さんは元夫を介さずに新しい職場の情報を入手、再度、給与差し押さえの手続きを行ったところ、3月25日に8万円が振り込まれたのです。真央さんは「ちゃんと(養育費が)入ってきて安心しました」と感激します。そして今後も毎月25日に8万円を受け取れる予定です。こうして真央さんはバツイチからバツニになっても暮らせるだけの養育費を手に入れることに成功したのです。大学の学費については離婚後、改めて奨学金を申請するということでした。

「今さら養育費の請求なんて」と尻込みしないで

 国内でコロナウイルスの感染が拡大してから1年以上が経過し、富裕層、貧困層を問わず、あらゆる人たちに経済的な打撃を与えました。中でも深刻なのは貧困層。最低限の収入で最低限の生活をしている人たちです。収入が最低限を下回ったら、明日の生活は成り立ちません。

 国や地方自治体は貧困に陥ったひとり親家庭に対して、さまざまな公的支援を行っていますが、今回紹介した新制度は盲点です。運悪く、法律が施行された昨年4月は、メディアはコロナ一色で積極的に報じませんでした。生活を立て直すのは自助努力が第一です。公的支援には限界がありますし、支援の方針に左右されるので不安定です。一方、新制度は自分で動かなければなりませんが、待っているより早くて確実。そして達成感は段違いです。

「今さら養育費を請求するなんて」と尻込みしないでください。新制度を利用する上で元夫と直接、連絡をとる必要はないのでご安心を。今後、ますます拡大するであろう格差社会のなかで、ひとり親家庭が貧困に陥らないよう、そして貧困から抜け出すために取り組んでほしいと思います。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/