『シン・エヴァンゲリオン劇場版』式波・アスカ・ラングレー役の宮村優子

「25年……、不思議な気持ちですね。長い旅を、すごくたくさんの方たちとしたような気持ちです」

 '95年にテレビシリーズの放送が始まった『新世紀エヴァンゲリオン』。テレビから映画へと発表の場を変え、今年の3月、'07年から始まった『新劇場』シリーズ4部作の完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で“終劇”を迎えた。

初めは、綾波レイ役でオーディションを受けた

 ストーリー展開や設定などの斬新さで、アニメ史上で革命を起こした作品といわれ、現在につながるアニメブームの火付け役。社会現象にもなり、作品に携わった多くの人の人生を変えてきた。

 メインキャラクターの1人、惣流・アスカ・ラングレー(新劇場版では式波・アスカ・ラングレー)の声を担当している宮村優子もそのひとりだ。彼女が語る『エヴァ』との25年間──。

「初めは、綾波レイという違う役でオーディションを受けました。当時、私は新人で、所属していた事務所がレイ役が合うだろうと私を選んでくれて。でも私、そのときは舞台ばかりやっていたので、発声が舞台に合わせたものだったんです」

 音響監督やスタッフからは“大人しい役”と説明を受けたのだが……。

「マイクの使い方も全然知らなかったし、大人しい役なのに声を張ってしまって。自分では精一杯抑えていたつもりだったんですけど、周りからは“もっと大人しく”といわれて(笑)」

 そこで提案されたのが、アスカだった。

「“この子は元気な子なので、今みたいな感じでやってください”と。そんな流れでアスカに決まりました。

 後日談になりますが、レイ役の林原めぐみさんの演じ方に驚いて……。隣で聞いていても聞こえないくらい小さい声なのに、マイクを通して出る声が素晴らしいんです。オーディションのときの自分を思い出して、私、とんでもないことしていたんだなって」

宮村の代名詞ともなった『エヴァ』のアスカ。今や、彼女にとっては娘のような存在という。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』総監督:庵野秀明(C)カラー

 声ではアスカとして選ばれた宮村だったが、キャラクターとしては自分とは似ていないと感じていたという。

「レイとか(碇)シンジといったメインキャラクターの中でもアスカは、とにかく自分が一番じゃないと気がすまない女の子(笑)。私の中にはそういうことはあまりないけれど、そこがかわいいな、と思いましたね。素直になれない子、みなさんが“ツンデレ”と感じている部分が好きになりました」

 しかし演じていくうちに、宮村の中にも変化が出てきた。

「今は、自分の中に彼女が住み着いていて“ツンデレ”の気持ちもすごくわかる(笑)。アスカの居場所がちゃんと私の中にできたという感じです」

アニメという存在が一躍メジャーなものに

『エヴァ』はテレビシリーズの放送が終了してから、じわじわと話題になり、一般紙やワイドショーでも取り上げられるほどの社会現象になった。“中の人”の宮村には、どんなふうに映ったのだろうか?

正直、怖かったです。今の若い子は信じられないかもしれないけれど、当時は本屋さんのアニメコーナーって一番奥の片隅だったんですよ。それが『エヴァ』が社会現象になり、コンビニの雑誌コーナーに“エヴァンゲリオン特集号”って雑誌が並んでいるんです。

 それまでは本屋の奥に置かれていたのに、一般の雑誌や新聞、アニメと関係のないメディアまでが取り上げていて、こんな白日のもとにさらしてしまっていいんですか!? という気持ちでした(笑)

宮村優子

『エヴァ』人気が定着してアニメが一般に、より浸透してくる中、'07年に宮村は結婚し、オーストラリアへ移住。仕事のときに日本とオーストラリアを行き来する生活になった。

「10年くらい日本を離れていました。海外でも『エヴァ』は人気でしたけど、好きな人たちは地下のアニメショップみたいなところに集っているわけです。だから、日本に帰ってくるたびに驚きですよ。世の中にアニメがあふれてる、って」

 4部作からなる、新劇場版3作目の『:Q』('12年公開)。物語が急展開を迎えたことで、ファンたちの中でネット上でも盛り上がりを見せた。

「私は公開前にオーストラリアに戻ってしまったので、日本での盛り上がりは知らなかったんです。作品の今後の展開については、収録のときに聞いても明確な答えが返ってこない場合が多くて……。

 自分で考えながら、監督の意図を汲んで収録に臨んでいました。だから、あとからみなさんがネットで考察されているのを読んで“なるほど、こうなんだ!”みたいなことがありましたね

 アフレコ時は、絵が未完成の状態で声を吹き込んでいたため、『:Q』の完成したものを自分で見たのは映像商品が発売してからだったという。

「私自身、“中の人”というよりファン目線のほうが強くて。収録しながら“次はどうなるんだろう”“監督はこの先どうするのかな”ということを考えていて(笑)。なので、シンプルに完成したものを見て楽しんでいました」

以前のアフレコ時、彼女が戸惑いを感じたことも

 現在公開中の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、ファンからも絶賛の声があがっている。だが、宮村の中では複雑な思いが……。

「“すごく感動しました。愛があふれていて、監督がどのキャラも救おうとしていて”という声を聞きました。私も絶対そうだと思うんですけど、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』のときはまったく違ってて──」

『劇場版』とは '07年に『新劇場版』シリーズが公開される前、'97年に『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』として公開された映画作品をここでは指す。

 テレビシリーズの最終回をリメイクしたものだったが、ファンの間ではその結末にはさまざまな声が上がった。

「庵野監督の“こうやりたい”“これを自分はどうすればいいんだ”という葛藤にキャストも飲み込まれて(笑)。夜中の12時を超えるまで、ひとつのセリフにずっと悩まれていたりして。

 でもアフレコしないと映画はできないので、私たちキャストも“明日、別の仕事があるのに”と思いつつも、現場を信じて待ちました」

3月28日、声優陣14人がそろい踏みした『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の舞台挨拶

 宮村もそんな苦労を重ねた体験から、新劇場版の1作目『:序』もすぐには見られなかったという。

私は『:序』には出ていなのですが、“このままアスカは出てこない話なのかな? それでもいいか”という気持ちで。そのあと、2作目の『:破』には惣流から式波に名前が変わって出ます、と聞きまして……」

 前回の現場でのことが、頭によぎった彼女、

「アフレコの1か月前からストレスで、行きたくないってめっちゃくちゃ思っていたんですよ。でもいざ現場に入ったら、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』のときと監督がまるっきり変わっていて。どうしちゃったの、この仕事しやすい環境は? ってなりました(笑)」

 そんな思い出もありつつ、25年たって迎えた終劇。この間には、宮村自身の環境も変わった。

「そうですね……。最初に惣流ちゃんを演じたころは独身だったけれど、私もこの間で母親になりました。『:Q』で式波ちゃんを演じたとき、最後に言葉を発せなくなったシンジを“しょうがないな”って耳を引っ張るところとか、完全に母性が芽生えていましたね。

 惣流ちゃんが14歳のときにシンジに対して持っていた初恋の感じとは、まったく変わっていました。そこには自分自身の変化もあったと思います」

 最後に、もし『エヴァ』の続編が作られるのなら、どんな役で出てみたい? の質問に、

「今回、あるキャラクターの子どもが出てくるじゃないですか。彼が成長して、自分のルーツを探っていく展開って萌えません? そのときに通りすがりで謎の言葉を彼にかけていく掃除の人とかやりたいですね(笑)。すべてを知っていそうだけど、一体誰なんだ!? って、面白いじゃないですか」

(C)カラー

みやむら・ゆうこ
1972年12月4日生まれ。『新世紀エヴァンゲリオン』惣流・アスカ・ラングレーや『名探偵コナン』遠山和葉など、声優としての活動のほかにも、女優歌手としても活躍

《取材・文/蒔田稔》