祖父母が通うヘアサロン店主と池江璃花子選手

 暗雲立ち込める東京五輪に吉報が舞い込んだ。競泳選手の池江璃花子が、東京五輪代表選考会を兼ねる日本選手権に出場し、2種目で優勝。400メートルメドレーリレーと400メートルリレーの日本代表に内定した。

「4月4日の100メートルバタフライでの優勝後のインタビューで“努力は必ず報われるんだなというふうに思いました”と語っていました。日本選手権に出場するのは3年ぶり。まさに奇跡です」(スポーツ紙記者)

 10代から日本を代表する選手として活躍した彼女を、病魔が襲ったのは突然だった。

「2019年の2月、オーストラリアで合宿を行っていたところ、体調不良で緊急帰国。その後の検査で、急性リンパ性白血病と診断されました。当時は、五輪どころか命に関わる事態といわれていましたね」(同・スポーツ紙記者)

 抗がん剤や造血幹細胞移植といった治療を受け、2019年12月に退院。その直後のコメントでは「2024年のパリ五輪を目指す」と語るなど、長い闘病生活が始まるのかと思いきや、約1年半後となる今、彼女は東京五輪の代表選手に内定した。

医師も驚く池江選手の復活劇

 これまで多くの白血病患者を担当してきた江戸川病院腫瘍血液内科部長の明星智洋医師も、驚異的な復活に驚きを隠せない。

急性リンパ性白血病は同種移植をしない場合、通常2年間治療することが多いのですが、池江さんの場合、年齢的に若いことと、いいドナーが見つかったため、早めの同種移植を行ったのかもしれません。ただ、臓器にできたがんのように切除して終わりというものではなく、治療は長丁場になるんです」

 治療の副作用も重くのしかかる。

「通常、同種移植といった他人の造血幹細胞の移植を行うと、移植片対宿主病という免疫反応が出てしまい、内臓の機能が低下します。さらに副作用で筋力や免疫力も落ち、その状態が最短でも半年近く続きます」(明星医師)

 治療後も油断はできない。

「一般的に、成人の急性リンパ性白血病の5年生存率は30~40%。治療を終えても元どおりの生活ができるとは限りません。寛解状態になっても再発する可能性も抱えています。そのため、治療後も最低5年間は経過を見ますので、彼女は今でも定期的に病院に通っていると思われます。

 そのような中でトレーニングを積んで大会に臨み、復帰を遂げたのですから奇跡の復活といえます」(明星医師)

 アスリートには、この偉業はどう映ったのか。北京五輪の男子400メートルメドレーリレーの銅メダリストで、現在はスポーツ解説者を務める宮下純一さんはこう語る。

「率直に“本当に病気をしていたのかな”と思いました。プロの水泳選手の場合、大きな大会の後、次のシーズンまで1か月くらいオフを取ったりしますが、それでも練習再開時に筋力の低下を覚えます。彼女がプールでの練習を再開したのは、昨年3月。1年近くのブランクは取り返しがつかなくなりかねません

 治療に時間を取られながらも、トレーニングを重ねていたようだ。

「前評判では“エントリーした種目を全部泳ぎきれるか”という懸念の声もあったほどでした。しかし彼女は懸垂などで肩甲骨まわりを重点的に鍛え、体重も増やして水を押し返すパワーと推進力を得ていました。泳ぎにも迷いや苦しみを感じさせませんね」(宮下氏、以下同)

 この復活劇は彼女の人柄やメンタルの強さも大きい。

「以前、対談したこともありますがとてもまっすぐな子ですよね。結果を出している選手だと天狗になったりするものですが、彼女はいつもきちんと受け答えします。そんな人柄だからこそ、みんな手を差し伸べたり応援したくなるんだと思います」

 周囲の期待を背負い、それに応える彼女。実際、今回の復帰にも多くの支えがあった。

「栄養士をつけて体重と栄養管理をし、コーチたちも白血病の闘病中である彼女にどのような練習をさせるか苦心したようです。担当の西崎勇コーチは“頑張りすぎないように頑張らせるのが大変”と語っていました。周囲の支えが大きかったと思います」

地元・江戸川区から歓喜の声

 吉報に沸く池江の地元・東京都江戸川区だが、彼女と家族ぐるみの付き合いがある『ヘアーサロン安曇野』の店主の喜びは計り知れない。

今年1月に公開された成人式の写真には、8万以上の「いいね」が

「最近は会えてないけど、成人式の写真を彼女のおじいさんからいただいたので店内に飾っています。病気を治しただけでもすごいのに五輪なんて夢のようですよ」

 その写真は成人の日にインスタグラムに投稿された晴れ着姿。これは都内のフォトスタジオで撮られていたようだ。

「2020年の年始、つまり退院してまもなく撮影しに行ったそうです。池江さんの仕事先の紹介で知ったそうですが、完全にプライベート撮影のようでした」(池江家の知人)

 自身の成人式の1年前に撮影した晴れ着姿。それには並々ならぬ気持ちがあった。

1ポーズ約1万円というスタジオだったそうですが、50ポーズくらい撮って、費用は約50万円ほど。一般的な成人式の写真って数万円とかですから規格外ですよね。一緒に祖母、祖父、母親、兄、姉も含めた家族写真も撮影したそうです。

 当時は、池江さんの容体がこの先どうなるかわからない状況でしたから、万が一のことを考えて早めに、そして多めに成人式と家族の写真を撮ったんでしょうね」(同・池江家の知人)

あの子はよく頑張った

 深い絆で結ばれた池江の家族。困難を乗り越えた彼女をどう思っているのか。4月上旬、池江家のほど近くに住む祖父母を訪ねると、祖母が対応してくれた。

─出場が決まってから、お孫さんとお話ししましたか?

「ええ、直接は会えていないですが、今は便利な電話がありますから」

─どんなお話を?

「ひと言“おめでとう”って言ったら、ありがとうって。喜んでいましたよ」

─早くお孫さんに会ってお祝いしたいのでは? 

「コロナですからね、お祝いしたいのはやまやまですが……。しばらく本人にも会っていないんですよ。本人も大会中はホテル住まいらしいので。あっ、確か今日もこれから試合じゃないかしら」

 孫の活躍をうれしそうに語る祖母。

─オリンピック内定を決めましたが、なぜここまで頑張れたんでしょうか?

「どの家族も一緒だと思いますが、やはり家族の支えでしょうね。ほんと、あの子はよく頑張りましたよ」

 孫の偉業に、感極まったように声を震わせながら話してくれた。今回の快進撃の秘密、それは支え合う家族の絆だったのかもしれない。