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「年に1度の健康診断を受けておけば安心、健康で長生きできる」という思い込み、実は大きな危険をはらんでいる。レントゲンで発がんの確率は高まり、診断基準の正常値にとらわれて薬漬けになるケースも。早死にしないための健康診断の実態を解説します。

 職場や自治体で毎年、健康診断を受けている人は多いはず。いつまでも健康でいたい、病気にならず長生きしたいと思うが──。

健康診断で寿命は延びません。むしろ病気のリスクを高め死を招くケースもあります

 こう語るのは、新潟大学名誉教授の岡田正彦先生。

「英国と米国の専門機関が、定期的に健康診断を受けている人と受けていない人を調査した論文を発表しています。国際的にエビデンスとして評価されるランダム化比較試験によるその結果は、両国とも定期的に健康診断を受けていた人たちのほうが総死亡率(すべての死因による統計)が高かった。海外では健康診断に伴うリスクを認識し、警鐘を鳴らすことも少なくありません」(岡田先生、以下同)

「健診」と「検診」の違い

 検査の種類は、健康診断やメタボ健診などの“健診”と、がん検診や歯科検診などの“検診”に分けられる。

「“健診”は基本的に義務。企業に勤務する人は、労働安全衛生法という法律により年1回の健康診断を義務付けられています。血圧、尿、胸部エックス線、心電図などの検査を受け、身体を総点検して病気を予防するのが目的です」

 一方、人間ドックや特定の病気の早期発見・早期治療を目的とする検診は任意だ。

「ただ、がん検診や人間ドックを勤務先や自治体から案内されるため、義務だと誤解している人は多いでしょう」

 では、どのようなリスクが潜むのか。第一に頭に入れておくべきなのはレントゲン検査の際に放射線を浴びて“被ばく”することだ。

体内に入り込んだ放射線は遺伝子を傷つけ、正常な細胞ががん細胞に変化する“発がん”の直接的な原因になるのです

 健診や検診でレントゲンが使われる検査は、左表のとおり多岐にわたる。

「放射線の被ばく量が特に多いのはバリウム検査です。例えば胃のバリウム検査だと通常、3分ほどの時間をかけて7~8枚のレントゲン撮影が行われるため、その間ずっと放射線を浴び続けることになります

 1回の被ばくでがんになるわけではない。しかしながら、弱い被ばくでもその繰り返しによって発がんの確率が高まる要因になる。

「健康診断のレントゲン検査が原因で、あとになってがんが発生する『二次がん』と呼ばれる事態につながりかねない。加えて、健康診断の結果が『過剰な医療』を招き、後遺症や別の病気を引き起こす事例も多くあります

 健康診断を受け続けるのは是か非か。リスクや効果の実態を知って、賢明な判断につなげよう。

「定期検診を受け続けて、肺がんになる人が増えた」とする驚くべき調査結果がある。1990年、肺がん検診の効果を確かめるべく、チェコスロバキア(当時)で行われたランダム化比較試験だ。

 協力者は40歳以上の男性約6300人で、生涯に15万本以上のタバコを吸い、かつ現在も吸っている人に限定。「年齢」、「収入」、「住んでいる地域」など5つの条件をそろえることを前提に、2つのグループにランダムに分けて検証した。

 A群には3年間で計6回(半年ごと)の肺がん検診を受けてもらう一方で、B群は同検診を行わず、3年目の最後に結果を見るために1回だけ検診を実施。その後は両群に年1回レントゲン検査を行いながら3年経過観察を続け、6年間で追跡調査を終えた。

肺がん検診を定期的に受けていなかったB群が、肺がんを見つけられず死亡率も高いと推測しがちですが、結果はまったく逆でした

 肺がん検診を定期的に受けていたA群のほうが3年間の実験調査で肺がん発見は28人(B群は6人)、その後の経過観察を含め6年間の肺がん死亡は64人(B群は47人)となった。しかも、総死亡(肺がん以外の原因で死亡)の比較でもA群が上回ったのだ。

ほかの胃がん、子宮頸がん、大腸がん、乳がん検診でも総死亡の減少が証明されたがん検診は今のところ存在しません。がん検診を受けても余命は延びないのです

【レントゲンを使った検査と被ばく量】
検査ごとの放射線被ばく量をまとめた公式データは存在しない。そこで岡田先生はさまざまな文献を精査し、報告された被ばく量の最大値と最小値をもとにデータをまとめた。なお、日常生活で受ける年間放射線量は2mSv(ミリシーベルト)程度とされている。
※岡田正彦『医者の私が、がん検診を受けない9つの理由』(三五館)をもとに作成。

がんの早期発見は難易度が高い

「がんが通常のレントゲン検査で発見されるのは、直径1センチくらいの腫瘍になった段階。そのレベルに成長するまでの期間は2・5年から10年と計算されており、この潜伏期にがんを見つけるのは容易ではありません」

 そこで医療機関では、CTを使ったがん検診が主流になりつつある。CTはコンピューターを駆使して身体の断面像が再現されるハイテク診断装置。CT検査なら、通常のレントゲン検査ではわからない極小のがんが見つかる期待が高まるが……。

CT検査の放射線被ばく量は、通常のレントゲン検査で受ける数値を大きく上回ります。肺がん検診のCT検査でいえば、低線量方式でも胸部レントゲン検査の160倍から240倍に及ぶのです」

 英国で行われた放射線検査の実態と発がんの関係を調べる調査では、日本はレントゲン検査が圧倒的に多く、すべての発がんの4・4%が放射線被ばくによると結論されたデータもあり見過ごせない。

 幸運にもがんらしきものが発見できたとしても、次の落とし穴が待っている。

「がんかどうかの最終判断は病理医に委ねられます。CTやレントゲンなどの画像検査だけでがん確定とはならず、がんが疑われる部位から組織(細胞などの寄り集まり)の一部を採取し、顕微鏡で判定するステップが必要になるのです。その高度な診断を病理医が行うわけですが、経験や熟練度にもよりますし、人間が目で見て決める判定がどれくらい確かなのか疑問が残ります

 人間であれば間違うこともあるだろう。がんであることを科学的に判定する方法は、まだないということだ。

がん=死とは限らない?

 がんを放置すればどんどん成長し、いずれ死に至る。そんなイメージもあるが、実際にはがんのすべてが進行して死に至るわけではない。

「例えば胃がんの場合、1個の細胞ががん化してから死に至るまでは平均25年ほどです。この25年のうち、『初期のがん』でとどまっている時期が10年から15年といちばん長く、その長い間に検診でがんと判定されたら“いつでも早期がん”になるのです。しかし最近の研究ではその後、がんの腫瘍が大きくならなかったり、逆に小さくなったりするタイプがあることがわかってきました

 乳がんの場合、北欧ノルウェーの調査では、乳がん検診の結果を追跡したところ22%の乳がんが6年間のうちに自然に消えたという。

「がんは多様な性質を有する病気で、悪性度が非常に高く何をしても助からないものから、進行が非常に遅く治療をしなくても天寿をまっとうできるものまで無数のタイプがあるのです。早期発見、即治療が必ずしも正解とは言い切れないのです

診断結果が過剰な肥料費の引き金に!?

 健康診断で何らかの病気と結論づけられたら、治療が行われることになる。このときに引き起こされる弊害も認識しておかなければならない。

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最大の問題は、『治療を必要としない軽微な変化』を誤認し治療が行われていることです。英語では『オーバー・ダイアグノーシス(過剰な診断)』と呼ばれ、世界中の医療機関で報告されています。私は端的に“過剰な医療”と称し、問題視してきました」

 CTやMRIを使って、脳の中を立体画像としてスクリーン上に映し出す脳ドック。日本はCTやMRIの保有台数で世界一を誇り、MRI1台の価格は億単位になる。資金回収するには検査回数をどんどん増やす宿命を背負う。

検査がたくさん行われれば、脳内の小さな変化まで見つかり過剰な医療を招くケースも多くなります。特に悩ましいのは、破裂のリスクが高まる脳動脈瘤(動脈の壁がこぶ状に膨らむ症状で、原因は不明)が見つかったときです」

 米国の50代後半の女性は検査で小さな脳動脈瘤が見つかり、破裂を予防するために治療を受けた。その際、医師が処置を誤ったことで障害が残り、生涯寝たきりを余儀なくされる身体になってしまった。

同様の事例は日本国内でも多数存在します。裁判に発展するケースも珍しくなく、脳ドックによる過剰な医療の深刻さを裏打ちしているといえるでしょう

 脳ドックの問題点を浮き彫りにした海外の追跡調査で、興味深い結果がある。それによると、脳動脈瘤が見つかった約1000人を何もせずに追跡したところ、5年間で3・8%の人に破裂が認められた。ただし、こぶの直径が9mmを超えていた人がほとんどだった。

「一方、予防的に治療を行った人たちを追跡したところ、1年以内に死亡した人が2・7%、また認知症や半身不随などの後遺症が残った人が9・9%いた。両者を合わせると12・6%にもなります。治療をせずに放置して破裂を起こした人よりも、はるかに多くの人が過剰な治療によって不幸な結末を迎えてしまったのです

正常値の基準は、実は異常だった!?

 過剰な医療は、各種検査の判断基準として用いられる「正常値」によってももたらされる。

「血圧の場合、最高血圧の正常値を130(mmHg)としています。130以上だと血圧高めと判定されるのはみなさんご存じのとおりです」

 岡田先生が健康な日本人2500人を対象に、独自に調べた最高血圧を見ると、130以上を血圧高めと仮定した場合、なんと約半数(46%)の人が該当することになる。血圧が高い人には血圧を下げる薬が処方され、医師に降圧剤を飲み続けるよう指導されている人もいるはずだ。

「しかし、年齢とともに血圧が上がるのはごく自然なことで、一律で正常値を設定するのはおかしい。高齢者の場合、体内で血液を循環させるために血圧が高めの状態で安定しています。これを無理に下げると失神を起こして転倒することも。血圧に限らず、血糖値やコレステロール値などの数値は下げすぎることも怖いのです。正常値にとらわれすぎるのはよくありません」

 ほかにも胃がんの原因とされるピロリ菌の除去で逆流性食道炎になるなど、過剰な医療は別の病気リスクを高めている。

 では、健康診断に対しどのように向き合えばいいのか。

「健康診断の結果は、身体の状態を客観的に把握するためのあくまでも目安。医療に頼りすぎず、自分で生活習慣を見直すことが大切です」

 例えば、血糖値が上がりやすいとわかったら体質改善に取り組む。それによって将来の健康寿命が延びることは医学上、証明されているという。

「ポイントは、食事のバランスと運動。過剰な塩分をとり続けると胃の粘膜が傷つきやすくなり、胃がんになる確率が高まるので減塩は必須です。また運動をほとんどしない人は、よく運動する人に比べて大腸がん、乳がん、子宮がんが1・5倍ほど多いというデータもあり、日々の運動量が長生きに影響します

 運動は種目を問わず1日30分、週4~5回が原則。1分間の脈拍が「165マイナス年齢」の数値になる程度の運動が好ましく、外国の研究機関ではヨガや太極拳なども評価が高いそうだ。

「生活習慣の改善は真剣に取り組まなければ有効性が望めません。ダイエットと同じでラクをしていたら健康は遠のくばかりです。病院に頻繁に行ったり検査を受けたりする時間やお金を、生活習慣の改善に向ける。そうすることで医療を上回る効果が得られるのです」

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お話をうかがったのは……新潟大学名誉教授 岡田正彦先生●新潟大学医学部卒。医学博士。専門は予防医療学で、遺伝子や細胞を対象とした基礎実験からビッグデータの統計解析まで幅広い研究を行ってきた。『医者の私が、がん検診を受けない9つの理由』など著書多数。