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 5月31日は世界保健機関(WHO)が定めた「世界禁煙デー」であることをご存知でしょうか。近年、禁煙推奨の空気が高まり、肩身の狭い思いをしている喫煙者も多いよう。WHOによると、日本の喫煙率は21・9%。成人の4〜5人に一人がたばこを吸っていることになります。そこで重要視されるのが「マナー」ですが、日本ではポイ捨てや歩きたばこもあまり見かけなくなりました。それらは、海外と比べたらどうなのでしょうか。ノンフィクションライターの井上理津子さんが「リアルな声」を集めました。

「周りに気をつかう」愛煙家

「私、毎日心の中でこっそり、『今日も元気だ たばこがうまい』って、つぶやくんです」

 こう話すのは、都内の企業に勤める30年来の愛煙家・土田寛治さん(仮名・53)。このフレーズは、昭和の時代の専売公社の宣伝コピーだ。「今どき、決して口には出しませんけど」と苦笑し、「オフィスにも灰皿があったのは遠い昔。社屋内すべて禁煙だし、今はコレです」

“吸える場所”が一目でわかる『喫煙所MAP』アプリ画面

 土田さんはポケットからスマホを取り出し、手際よくアプリを開いた。喫煙所の場所を示す地図アプリだ。営業職。どこにいても最寄りの喫煙所が探せるのだという。

「コロナ禍で稼働する喫煙所が減ったために混雑して灰皿がいっぱいなこともあるので、携帯灰皿を持ち歩いています。

 たばこが体調のバロメーターなのは私の勝手なので、周りに気をつかっていますよ。喫茶店ではもちろん喫煙室を利用。家でも脱臭機をつけた部屋でしか吸わない。今やほとんどの愛煙家はそうしていると思います」

 2020年4月に改正健康増進法が全面施行され、飲食店、オフィス、宿泊施設なども含め、国内すべての建物の中が原則禁煙(喫煙専用室・加熱式たばこ喫煙室でのみ喫煙可)になった。加えて、コロナ禍により喫煙所が減少するなかでの喫煙マナーは、海外と比べるとどうなのだろうか。

日本より規制が早かったフランスだが……

取材に協力してくれたパリ在住の女性は、「私の住んでいるアパルトメントの前にバー兼たばこ屋(フランス語ではTABACタバック)があるのですが、そこのお客さんのマナーがものすごく悪い」

「街で喫煙所を見かけたことがなく、かといって携帯灰皿を持っている人もまずいません。歩きたばこ、ポイ捨てがふつうで、それを悪いと思っている人はいないようです」と、パリ在住の女性(44)。

 フランスの法的な規制は日本より10年以上早かった。公共の場での喫煙が2007年に全面禁止され、翌08年にカフェやバー、レストランも禁煙(テラスエリアのみ喫煙可)に。違反者に罰金68ユーロ(約1万1000円)が科せられるが、女性の目には「たばこ王国が続いている」と映る。

「職場には喫煙スペースがないため、喫煙者は外で堂々とたばこ休憩をします。新鮮な空気を入れようと窓を開けると、たばこの匂いが漂ってくる。概して、フランスの喫煙者にはマナーというものがなく、日本よりはるかに悪いと思います

各国“独自”のルール

市街地の一隅に設置された喫煙所(イタリア・ボローニャ)

 「屋内禁煙」のルールは、イタリアでも同じだ。

「ただし、屋外での喫煙は比較的自由な印象を受けます。歩きたばこ、路上喫煙、ポイ捨ては日常的で、がっかりです」と、ボローニャ在住の女性(45)が言う。

 イタリアの喫煙者率は23・5%(世界68位)で、日本より1・6%高い。多くのレストランの屋外席には灰皿が置かれ、利用者には独特のマナーがあるという。

「灰皿があるから、食事中にたばこを吸っていいというわけではないみたい。喫煙席を立って、わざわざ離れた場所で喫煙し、終わるとまた席に戻るのが暗黙の了解事項のようです」

 一方、「禁煙先進国」と言われるアメリカではどうか。

「州や市によってルールが異なりますが、ロサンゼルスでの『屋内禁煙』のルールは厳しく、罰金が500ドル(約5万3000円)。レストランもすべて禁煙だし、ホテルに『喫煙ルーム』はありません。ごく稀に外で吸っている人を見るくらいでしょうか」

 と、ロサンゼルス在住の男性(60)。

ダウンタウンにあった喫煙所(アメリカ・ロサンゼルス)

 路上喫煙は、公共の建物の入り口から6メートル以上離れなければならない決まり。サンタモニカではビーチ、バス停などにも「禁煙」のステッカーが貼られ、警官がパトロールしている。

 ところが、ダウンタウンに喫煙所を見つけたそう。灰皿があるだけで、囲みがなく、紫煙が周囲に広がっていたという。

 東部・ボストンでは「喫煙所は見当たらない」と在住の女性(37)。「私の住む郊外の住宅地ではたばこを吸う人を見かけることが一度もありませんが、ダウンタウンのゴミ拾いボランティアをしたとき、一番多いゴミがたばこでした。ということは、実は密かに路上で吸っている人が多いのでしょうか」

 南米ブラジルも地域差が大きいようだ。

「私の住んでいたゴイアス州での田舎町では、3年間で10人ほどしか喫煙者を見ることがなく、町に吸い殻も落ちていませんでしたが」

 と、このほど帰国した女性(34)。首都ブラジリアで日本料理店を経営する友人夫婦によると、これまでに雇ったブラジル人20人が全員喫煙者だったという。

「どこの街でもダウンタウンでは、歩きたばこをしている人がいますし、リオデジャネイロのビーチでもたくさんの人が吸っていて、ポイ捨ても目に余りました」

罰金を設けるも“払えばいいんでしょ”な感覚

 アジアに目を転じよう。香港在住の男性(59)は、

香港の市街地に設置された灰皿

 「街のあちこちにオレンジ色の灰皿がついたゴミ箱が設置されていて、その周辺で吸う人が多いですね。公園でもベンチのそばに吸い殻が落ちていて、英国の統治時代が長かった紳士的な国のイメージは皆無です」

 公共施設での喫煙を禁止する禁煙法が09年から全面施行されていて、公共の場で喫煙すると、罰金は1500香港ドル(約2万2500円)。

 高級店では禁煙が徹底されているが、「茶餐庁(チャーチャンテーン)」といわれる庶民的なレストランでは、夜、2階や小部屋で飲食をしながらたばこを吸う人たちが後を絶たず、店も容認している。「見つかったら、罰金を払えばいいんでしょ」の感覚のようだ。

「香港では禁煙の規則と罰則・罰金がセット。日本と違って、罰金がなければ自主的に規則を守る人はほとんどいないのでは」

 歩きたばこ、ポイ捨てが日常の光景だというのは、発展途上のイメージも残るインド。空港をはじめレストラン(屋内席)、オフィスなどでは禁煙が徹底されているものの、「噛みたばこと呼ばれるものが一般的で、信号待ち中の車やバイクから吐き捨てる姿もよく目にします」とベンガルール在住の女性(34)がため息をつく。

南アフリカのショッピングモールにて。あちこちにたばこのポイ捨てが

 インドと同様、「エリアによってマナーなどない」というのが、南アフリカだ。

「喫煙室以外の屋内空間すべてが禁煙で、喫煙者よりも店側への罰金が高くなったので、屋内禁煙は徹底されていますが、屋外や田舎、タウンシップ(旧黒人居住区)でポイ捨てはふつうです」

 と、ヨハネスブルグ在住の男性(61)。

 ビルの外に「禁煙」のマークが貼られていても意に介さず、たばこを吸う。吸い殻を路上に捨てたり、ゴミ箱に入れたりする人がことのほか多い。見かねて、入り口に灰皿を置くショッピングモールもあるそうだ。

「私の住んでいるのは、アフリカーナという白人が多い地域ですが、喫煙者が多いですね。私自身も以前喫煙していましたが、タウンシップで吸っていると、黒人に『たばこを回してくれ』と言われ、回したことが多々ありました」

マナーを守る日本人

 以上いずれも、海外在住者(+帰国者)の肌感覚を元にしたリアルな声である。香港在住者の「罰金がなければ自主的に規則を守る人はほとんどいないのでは」という言葉が印象的だ。

 日本の受動喫煙防止のルール(健康増進法)にも罰則規定があるが、「違反者がでた」というニュースはあまり聞かない。概して、日本ではマナーが守られているからだろうか。他国と比べると、冒頭の土田さんのように周囲への配慮をきちんと意識している喫煙者の割合が高いと言えそうだ。

 喫煙者の「マナーを守って吸う権利」を取り上げたり、逆にたばこを吸う人が非喫煙者に不愉快な思いをさせていては、お互いの溝が深まるばかり。喫煙者と非喫煙者がうまく“共存”していくために、さらなる喫煙環境づくりが求められる。

【取材・文/井上理津子(いのうえ・りつこ)】
1955年、奈良県生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。著書に『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『葬送の仕事師たち』(新潮社)、『親を送る』(集英社)、『いまどきの納骨堂 変わりゆくお墓と供養のカタチ』(小学館)、『さいごの色街 飛田』(新潮社)、『遊廓の産院から』(河出書房新社)、『すごい古書店 変な図書館』(祥伝社)、『夢の猫本屋ができるまで』(ホーム社)などがある。