コロナの拡大により、政府が打ち出した緊急支援策「緊急小口資金」と「総合支援資金」の1年間の貸付額は約8,765億円となり、多くの人が生活に不安を感じていることがわかる。しかし無利子とはいえ、これはあくまで借金だ。国が貧困者に借金を背負わせているという、あまりにも悲惨な現状。生活困窮者の支援を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏が「緊急小口資金」と「総合支援資金」のリアルをレポートする。

路上生活者の支援活動を25年以上続けている『一般社団法人つくろい東京ファンド』の代表理事、及び認定NPO法人『ビッグイシュー基金』共同代表の稲葉剛さんは夜回り中に、ホームレスの方と対話することも

 昨年4月、新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言により、失職や大幅な減収で生活困窮する人たちが溢れた。

 そこで、政府は緊急支援策を打ち出す。

 新型コロナで減収した人たちを対象にした特例貸付「緊急小口資金」と「総合支援資金」がそれだ。

 各自治体の社会福祉協議会(以下、社協)が窓口となった緊急小口資金と総合支援資金は無利子の貸付、つまり借金だ。

 これらの貸付は昨年の3月25日に申請が開始され、当初は7月末までの短期施策のはずだった。ところが、その後もコロナは終息の兆しを見せず、すでに一年が経過。

「緊急小口資金」が一度のみ最大で20万円受けられる貸付なのに対し、「総合支援資金」は15万円(複数世帯は20万円)の貸付を3か月間受けることができる。申請期限はその後、9月末、12月末、3月末、来月6月末と4回延長されている。

 また総合支援資金については、貸付期間も最大9か月間までのびたため、緊急小口と総合支援資金を全部利用すれば、借受人は合計で最大200万円の借金を国からすることになる。

累計支給決定額8,765億円の衝撃

 昨年3月から今年の4月までの約一年の間に、この貸付を利用した累計件数は、なんと210万件超、その貸付額は8,765億円(2020.3.25~2021.4.24)を超えた。利用は世帯ベースであり、また重複して利用している人もいるので単純計算はできないが、少な目に見積もっても100人に1人が貸付を利用していると考えてよいだろう。

 2008年秋のリーマンショック後の3年間での貸付件数が約20万5000件、貸付額が約82億円だったことを考えれば、今回の新型コロナの長引く影響がどれほど多くの職種にダメージを与え、人々の生活を危機に陥れているかがわかる。

 これほど多くの人々が、これだけの金額を借りなければ生活が成り立たなくなっているという事実を考えるだけで、貧困が拡大、深刻化していることがわかろうというものだ。

 しかも無利子とはいえ、あくまで借金。国が生活に困窮した人々に借金を背負わせている。「自助」に頼り続けるこの国に、「公助」の姿は依然見えてこない。

貸付を利用する人たちの職種、借金を重ねる経済状況

 リーマンショックのときに打撃を受けたのが主に製造業だったのに比べ、コロナによって影響を受けた職種は幅広い。

 飲食や接客業、営業、タクシー、配送業、観光、宿泊業、建設、建築業、塾やスポーツインストラクターなどの自営業、そして文化芸術に関わるアーティスト、彼らを支える劇場やライブハウス、イベント業界で働く人たち。恐らく影響を受けなかった業種のほうが稀なのではないかと思うほどに、あらゆる方面に、そして特にその裾野部分に大打撃を与えた。

 コロナウィルスの封じ込めに完全な失敗を繰り返したこの国で(現在も失敗を継続中に見える)、度重なる緊急事態宣言に翻弄され、仕事に戻れない人たちはやがて貯金も使い果たしてしまう。今の日本の就労形態や賃金では、ダブルワークに精を出しても、一生懸命節約しても、日々の生活を回すだけでやっとという人は少なくない。

 それでも、コロナ前まではなんとか生活ができていた人たちが、突然、生活困窮した。このころから、ホームレス支援団体などが定期的に開催する炊き出しの列に、コロナ前までは見なかった学生や、幼い子の手を引いた母親や、スーツ姿の男性が並ぶようになった。

激増する炊き出しの行列、貸付に殺到する人々

 最初の緊急事態宣言が発出された去年の春から、筆者は生活困窮してしまった人たちを連れて福祉事務所を訪れている。生活保護の申請を手伝いながら、福祉事務所職員に「これから生活に困る人が急増します。混みはじめてますか?」と聞くと、「そんなことないですね。みんな、社協に行ってるんじゃないですかね?」という答えだった。その答えどおり、都市部数か所の自治体を除けば、どこの福祉事務所もたいていガラガラで、待合席にだれ一人座っていないようなところもあった。

 去年の秋ごろから生活保護申請者が微増をはじめ、その後も毎月増え続けてはいるものの、炊き出しやフードパントリーに並ぶ人の数や、社協に殺到した210万件とは比較もできない。

 5月の連休中、NPOなどで作る支援グループ『新型コロナ災害緊急アクション』が中心となって2日間にわたって開催した『大人食堂』には合計で650人あまりが訪れた。

 5月8日、池袋でホームレス支援をする『TENOHASHI』の食料支援には、371人が並び、350食準備していたお弁当が足りなくなるという事態が起きた。コロナ以前と比べると、実に20倍のコストがかかっているが、「3日ぶりの食事です」という声を聞くとやめるわけにはいかないと悲痛な報告がSNSに上がる。

 その他、各地で開催される支援団体の炊き出し現場でも、訪れる人の数は毎回記録を更新している。共助が限界を超えて、人々を支えようとしている。

 使えないセーフティネットはセーフでもネットでもない。

 どうして人々は食べることにも事欠いているのに生活保護というセーフティネットを使わないのだろう。社協で勤務する知人はこう言う。

「確かに昨年の制度開始時、スピーディに必要な人に生活資金が行きわたるようにするという目的のもとでは貸付は効率的だったでしょう。しかし、その後、感染拡大期間の長期化に伴う貸付期間の延長、再貸付の実施で最大で200万円の債務額になる人もいる中で、貸付が本当にその人の自立のためになるのか、かえって阻害してはいないかという葛藤の中で、職員たちは過労死しそうになりながら事務作業に追われています」

 そして、これは筆者も相談者から直接聞いたことであるが、生活保護を利用しようと窓口に助けを求めに行ったところ、「社協で貸付を受けたらどうか?」と促される事例も多い。生活保護を申請させたくない福祉事務所職員によって、社協の貸付が水際作戦(制度を利用させないよう追い返す)に使われているケースが散見される。

 また、一部の政治家やメディアが煽った「自己責任論」や「生活保護は恥」の概念が強い呪いとなって、生活困窮してしまった人たちを苦しめている。その呪いにがんじがらめにされた人々は生活保護に対する忌避感が強い。そこでハードル低めな貸付に走り、借金を重ねていく。コロナが終息したとて返すあてがない人も。

 厚労省は《生活保護の申請は国民の権利。ためらわずにご相談ください》とホームページに書いているが、これまで長年にわたってかけられた呪いの深さに比べたら、厚労省の言葉は犬笛レベルだ。聞こえない。公助の存在が見えない。公助は一体どこにあるのだろう。

 深い深いマリアナ海溝くらいの深い海の底に、マトリョーショカみたいに何層にも重ねた錆びた鉄の箱の中にでも入ってるのだろうか。

多重債務の利息を社協の貸付で返済するという地獄

「また、社協の貸付を申請する人の多くは、すでにほかのカードローン、クレジット、リボ払い等も満額で借りている人が少なくない。社協の貸付を実際にほかの債務の返済に充てている人も多いと思われます。カードローンを含めた月の収支で組み立ててしまっている人が多いし、光熱費、携帯代金、家賃などのライフラインもクレジット払いにしている人も多く、社協の貸付が止まった途端にほかの債務の返済もストップし、ライフラインを断たれてしまうことに不安を感じている人も少なくないのです」(前出・社協職員)

 まるでアリ地獄のようだ。

「自殺者が多かった時代は多重債務による生活苦が主な理由でした。その再来がもう目の前まで来ているという感覚があります」

 そう述べる社協職員の表情が憂いと葛藤で曇る。

「償還免除」借りたお金の返済が免除になる条件とは

 借受人と世帯主が住民税非課税相当であれば、資金ごとに段階的に返済免除となる。返還免除と聞いたときには一瞬ホッとした。しかし、現実はそんなに甘くない。

 東京23区で暮らす単身世帯の場合、非課税の目安は、なんと年収100万円だ。月々の収入として考えると、そんなはずはないだろう? と数字を二度見するほどの低所得者でないと非課税にはならない。

 それも、借りている人間が住民票の世帯主であり、その上、非課税ならば免除の対象になるが、たとえば、実家の両親と同居している人がコロナで無職になって貸付を利用した場合、本人が非課税であったとしても世帯主である親に一定の収入がある場合、非課税にはならない可能性が高い。

 非正規で不安定就労の東京23区在住の単身者Aさんの月収が10万円前後だとする。この人がコロナ中に仕事を失っていて、社協の貸付を満額の155万円借りていたとしたら、その後の返済額は以下のとおりとなる。

緊急小口資金 月々8,300円の返済(20万円の24回払い)
総合支援資金 月々7,500円の返済(15万×6か月を120回払い)
総合支援資金の再貸付 月々3,750円(15万円×3か月を120回払い)

 考えてほしい。10万円前後の収入しかない人が、家賃も、税金も、携帯代金も払って、生きるための食事もし、加えて上記の返済をしたら、果たしてその人は生きていけるだろうか?

社協で貸付を担当する職員の苦悩と悲鳴

 全国の社会福祉協議会の職員たちは、コロナ禍の一年間、これまでに経験したことのないような激務と混乱の中に身を置き、生活困窮した方々ひとりひとりに丁寧(ていねい)な対応をしたいと願いながらも適わない葛藤に苦しみながら、現場で相談業務や事務作業に追われてきた。

 関西社協コミュニティワーカー協会が1月15日から2月20日の期間に実施した『特例貸付に関する緊急アンケート』には、1,184人もの職員たちの苦しい声や葛藤が寄せられている。

《いまのところ、この特例貸付を受けて生活を立て直すことのできた世帯はほとんど把握できていない。ストレスにより休職・退職となった職員もいる。感染リスクをおかしながら、貸し付け対応をしている社協職員に対して、国や厚労省はどう思っているのか?(区社協)》

《東日本大震災のときに経験済だったので、当初は矛盾だらけの制度でも仕方がないんだと割りきっていました。しかし、長期化するとさすがに、震災のときとはまるで違うもののように感じ、延長すればするほど、相談者の自立からは程遠い状況になるのを促進しているだけでないかという、空しさが募ってまいります。先が見えないのに、返す前提の貸し付けを延々と続けるのは私たちの仕事ではないと思います(区社協)》

《コロナの影響がこれだけ長期化することを、国のリーダーや識者を含めて誰も知り得なかったのかという疑問がある。本当に困窮に喘いでいる国民の実態、そのことに寄り添おうとしている社協のワーカーたちの苦悩が、このアンケートで霞が関に届くことを期待したい(市社協)》

「貸付業務の中で感じたこと」という質問の中で、「制度の有効性への疑問」と答えた職員は実に91%にのぼった。

悲惨な未来を回避するために

 国は、現場の声と真摯に向き合わないと、そろそろまずい。

 未だかつてないほどの多重債務問題、そして自殺者の爆発的な増加はすぐそこまで来ている。これ以上の借金をさせてはならない。背負えないような負担をひとりひとりの肩に乗せるのではなく、まずは生活をしっかり立て直せるよう、国を挙げて生活保護制度を広報、推奨し尽くした上でもなお、生活保護に抵抗がある人たちがいたら、その抵抗感や利用しづらい理由を取り除くために知恵を集結させるときではないだろうか。

 もちろん、これまでに貸し付けた8,765億円はすべて免除にするくらいの覚悟で臨まないと、一年以上にもわたるコロナ禍のロスは、取り返しのつかない命のロスとなって国に跳ね返ってくる。現場からはそんな最悪の予感しかしない。

 今こそ、国中に行きわたった「自己責任」の呪いを解くときだ。そして、海の底に隠した公助の箱を引き上げ、開くときだ。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。