東京入管で体調が急変して亡くなった父・ニクラスさんの写真を掲げる息子のジョージさん。真相究明を訴え続けている

 3月6日。入管庁の収容施設の1つ、名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33)が死亡した。

'97年から20人もの外国人が不審死を遂げる

 ウィシュマさんは留学ビザで来日したが、途中で学費が払えなくなり日本語学校を中退。在留資格を失ったことで昨年8月に収容された。やがて体調悪化に見舞われ、体重が20kg減り、全身の痛みを訴え、吐血もした。だが、ビタミン剤と痛み止めを処方されただけで、つまり医療放置の末に亡くなった。

 5月16日。スリランカから来日した2人の妹が見守るなか、名古屋市内で葬儀が営まれ、多くの日本人も「申し訳ない」と記帳に並んだ。

 ウィシュマさんはなぜ亡くなったのか。入管は彼女の体調が崩れると単独室に隔離し収容を続けたが、そこに設置された監視カメラにはウィシュマさんの様子が記録されているはずだ。遺族は開示を求めたが、名古屋入管は「保安上の理由」で断った。

死亡したウィシュマさん

 この事件は各マスコミが取り上げ、4月末から始まった「入管法改正法案」の審議でも、野党は「ウィシュマさんの記録映像を公開して、事実が解明しない限り採決には応じない」と主張した。それほど入管の人権軽視の姿勢をあぶり出した事件だった。

 入管で死者が出たのは今回が初めてではない。入管庁の全国に9つある収容施設は、在留資格を失った外国人を「本国送還の準備が整うまで」との前提で収容しているが、1997年から現在までに20人が不審死を遂げている。うち自殺7人、医療放置などによる病死9人。残りは、入管職員が押さえつける制圧行為などで命を落とした。

 不審死の1つとして7年前の'14年11月、東京出入国在留管理局(東京入管)で、収容からわずか5日で亡くなったスリランカ人男性のニクラス・フェルナンドさん(享年57)の事件を伝えたい。

「病院に行かないと死んでしまう!」と叫んだが…

 ニクラスさんが来日したのは、難民申請中の息子に会うためだった。スリランカで、ある政党支持者だったニクラスさんは、自宅が政敵関係者に急襲され暴行を受ける。殺害予告も受け、家族も身の危険を感じるように。

 そのため同年3月20日、息子のジョージさんが日本大使館から観光ビザを取得し、妻と一緒に来日した。日本を選んだのは、申請後1週間以内に迅速に観光ビザが出るからだ。来日後、ジョージさんは東京入管で難民認定申請をした。その結果が出るまではと、就労可能な「特定活動」という在留資格を得る。

 8か月後の11月12日、ニクラスさんも観光ビザで羽田空港に着く。だが、入管は「ビザに問題があり確認に1週間かかる」として上陸許可を与えず、ニクラスさんを羽田の入管施設に収容した。

 ニクラスさんは17日には東京入管へと移送され、5人部屋をあてがわれた。

 19日、ニクラスさんは施設内の医療室で「だるさと頭痛」を訴える。だが、医療室は「問題ない」として痛み止め以外の処置をしなかった。

 そして22日午前7時19分。今度は「胸がとても痛い! 病院へ」と訴えた。しかし入管がとった措置は、施設内の監視カメラ付きの1人部屋への隔離だった。ウィシュマさんと同じ措置である。ニクラスさんはあまりの痛みに、「私はクリスチャンだから嘘はつかない。病院に行かないと死んでしまう!」と聖書を手に叫んだという。

 同日13時ごろ、ニクラスさんを心配したスリランカ人のRさんが1人部屋に入ると、ニクラスさんは意識がなく大小便が垂れ流し状態だった。ようやく13時44分に救急隊がニクラスさんを東京都済生会中央病院に搬送。だが、15時3分、死亡が確認された。

 翌日、ニクラスさんを解剖した東京医科歯科大学の上村公一医師の「死体検案書」によると、死因は「急性心筋梗塞」。発症から死亡確認までは約8時間と推測されている。逆算すると、まさしく「胸の痛み」を訴えた午前7時19分と、ほぼ一致する。

「父の急死」の真相を問う息子の訴え

 ジョージさんは1度だけ、父の死後に記者会見を開いた。だが、その後、死の真相を明らかにする積極的行動は少なかった。理由をこう語る。

「私自身が難民申請者という弱い立場です。そこへ、入管から“(父のことで)入管相手に裁判をしなければ、いいように考えてあげる”と言われ、もしかしたら家族が難民認定してもらえるのではないかと受け止めました。まずは家族を守りたかった」

 しかし'18年8月、難民認定申請も在留特別許可も認められず、在留資格のない就労禁止の「仮放免」措置に置かれることになる。今、2度目の難民認定申請中だ。ジョージさんはこう訴える。

「納得できないのは、入管から父の病状について一切の説明がないことです。入管は、父が“病院に連れていってほしい”と言ったことすらも認めていません。私は監視カメラ映像の公開も入管に求めたけど、断られました」

ウィシュマさんの事件を受け外国人の収容や送還を厳格化する入管法改正案は廃案に

 今年5月18日。難民認定申請中でも本国への送還を可能にするという、国際ルールに反した改正法案は廃案となった。だがそれは、単に現行法が残るというだけの話であり、今後もウィシュマさんやニクラスさんの悲劇を生み出す土壌はそのまま残るのだ。

 実は2人のケースは特殊ではない。収容施設では、受診するには申請書を書いてから平均で2週間弱もかかる。これだけでも異常だが、吐血や骨折の放置も往々にしてある。医療放置を解消するには、まずはウィシュマさんの映像公開が必要だ。


取材・文/樫田秀樹 フリージャーナリスト。難民・入管問題をはじめ、国内外の社会問題、環境問題を精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)が第58回日本ジャーナリスト会議賞を受賞