うつ病を告白した、大坂なおみ選手

 大坂なおみ選手が全仏オープンの棄権をSNSで表明した中で、2018年の全米オープン以来「うつ(原文:bouts of depression)」に悩まされていることを告白した投稿が、波紋を広げています。

 試合後の「記者会見ボイコット」をはじめとする、大坂選手の突発的な行動や発言を、どのように捉えればいいのでしょうか。『精神科医が教える 病気を治す 感情コントロール術』の著者である精神科医の樺沢紫苑氏が解説します。

「闘う」か「逃げる」どちらかの反応だけに

 大坂選手とは、お会いしたことも診察したこともありませんので、今回の話は、精神医学の一般論としてお伝えします。以下、お伝えする精神医学的な知識、人間の「感情コントロール」の仕組みを知っていると、みなさんの日常生活の感情コントロールにも役立つはずです。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 記者会見ボイコットと批判的ツイートのニュースを見たとき、大坂選手が「うつ」であることは明かされていませんでしたが、精神的に非常に疲れた状態にあることはわかりました。それは、大坂選手の言動に「他責(他人を責める)」傾向が認められたからです。

 普段は人の悪口を言わない人が、突然、他人を強く責めたりするのは、強い「不安」を抱え、追い詰められた状態にあることを示しているからです。強いストレスを抱え、不安が強まると、脳の「危険の警報装置」である「扁桃体」という部分が興奮します。

「扁桃体」が興奮すると、脳内物質ノルアドレナリンが分泌し、「不安」感情とともに「闘う」か「逃げる」か、どちらかの反応しかとれなくなります。

「闘う」というのは、「他責」傾向を示す。攻撃的になる。他人を責める、批判するといった行動です。例えば、うつ病の患者さんが病初期に、会社や上司を責めるということはよくあります。

 しかし、脳が健康な状態であれば、「理性」や「理論」で、扁桃体の興奮を鎮めることができます。例えば、仕事で失敗して上司にこっぴどく叱られたとき、「バカヤロー!」と心の中で叫んだとしても、面と向かって上司に「バカヤロー!」と怒鳴りつける人はまずいません。

 なぜならば「そんなことを言ったら大変なことになる」という「理性」「理論」(大脳皮質のコントロール)が働くからです。

 しかし、長期的にストレスがかかり、「脳疲労」(脳が疲れた状態)に陥ると、大脳皮質のコントロールが利かなくなる。つまり、言ってはいけないことを、感情にまかせて言ってしまう。わかりやすく言えば、「キレやすい」状態に陥るのです。

うつ状態に陥ると起こること

 大坂選手が「うつ状態」であると考えると、「記者会見のボイコット」も、致し方ないことであると思えます。

 うつ病の重要な症状として「人と会いたくない」「人と話したくない」というものがあります。うつの患者さんが、人と会う。とくに、自分と親しくない人と会うことは、ものすごい精神エネルギーを消耗します。

 もともとコミュニケーションが得意ではなく、記者会見やインタビューが苦手な大坂選手にとって、うつ病によくある「人と会いたくない」症状が強まっていたとするならば、記者会見への出席は尋常でないストレスとしてのしかかったはずです。

 思わず、そこから逃げ出してしまったというのも、非常に納得がいきます。人間が追い詰められたときにとる行動は、「闘う」か「逃げる」しかないのですから。

 大坂選手が精神科医の診察や治療を受けているのかはわかりませんが、うつ状態に陥ると、自分で冷静で論理的、正しい判断をすることは困難となります。ほとんどのうつ病患者さんは、無理に無理を重ねて仕事を続けてしまいます。

 ですから、第三者がストップさせるしかなかったでしょう。それができるのは、医者です。ドクターストップがかかったとすれば、関係者やファンも「しょうがない」と納得せざるをえないでしょうから。

 一般的に「うつ病」は、よっぽど重症にならない限り、他人が見てもわからないものです。実際、うつ病で入院する患者さんが、前日まで会社で普通に働いていて、会社の同僚もまったくその人がうつ病だと気づかないことはよくあるのです。

 それは、自分が病気であることを他人に知られたくない。「取り繕い」という心理が働くからです。つまり、本当は「元気がない」「もう限界状況」なのに、人前では、それを知られたくないために「陽気に」「明るく」ふるまうのです。そのため、精神的エネルギーが猛烈に消耗して、精神的にさらに疲れ、うつ病を悪化させます。

「うつ」を明かした大坂選手の勇気

『精神科医が教える病気を治す 感情コントロール術』(あさ出版)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

 今回「うつ」をカミングアウトした、大坂選手の勇気はすごいと思います。逆に、今までそうした「弱音」をはけなかったこと、プレーヤーとして「強い大坂なおみ」を演じ続けてきたのは、ものすごいストレスだったはずです。一般的に、病気のカミングアウトをすることで肩の荷がおりる。精神的に楽になる場合が多いです。

 また、世界のマスコミや有名なテニスプレーヤーたちが、今回の「うつ」のカミングアウトについて、共感的なコメントを多く寄せていたのにはホッとしました。

 メンタルの問題に対しては、まだまだ差別や偏見が強く、さらにバッシングが強まった可能性もありえましたから。

 とにかく、今はそっとしておいて、ゆっくり休んでいただきたい。そして、東京五輪のテニスコートで、再び活躍する姿を見せてほしいです。


樺沢 紫苑(かばさわ しおん)Shion Kabasawa  精神科医、作家
1965年、札幌生まれ。1991年、札幌医科大学医学部卒。2004年からシカゴの イリノイ大学に3年間留学。帰国後、樺沢心理学研究所を設立。
SNS、メールマガジン、YouTubeなどで累計40万人以上に、精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝え、「日本一、情報発信する医師」として活動している。『学びを結果に変える アウトプット大全』(サンクチュアリ出版)、『読んだら忘れない読書術』(サンマーク出版)、『脳のパフォーマンスを最大まで引き出す 神・時間術』(大和書房)など著書多数。