大坂なおみ

「2018年の全米オープン以降、長い間うつに苦しんでおり、その対処に本当に悩まされてきたというのが真実です」

 波紋を呼んだ大坂なおみの“会見拒否”は、衝撃の告白とともに新たな局面を迎えることに─。

 自身のことを内向的だと表現する大坂は、もともと記者会見が得意ではなかった。大勢のメディアを相手に話すことは、彼女にとって大きなストレスになっていたのだ。

「5月開幕の全仏オープンを前にして、ついに会見に出ないことを宣言。実際に1回戦勝利後の会見に姿を現さず、罰金1万5000ドルを科されました。すると彼女は大会の棄権を発表。同時に、うつ病に悩まされてきたことを告白しました。きっかけは2018年の全米オープン。米国のスターであるセリーナ・ウィリアムズを破った試合では、容赦ないブーイングを浴びせられていましたからね」(スポーツ紙記者)

 周囲の声が、若きスターの心を人知れず蝕んでいた。「しばらくコートを離れる」とのことだが、その様子について知るものはごく少ないという。

「現状については、関係者の間でも情報が限られているんです。本人の口からは何も語られていませんし……。憶測が飛び交ってしまっている状態ですね」(テニス関係者)

「テニスを離れる」は珍しくない

 今後について詳細を語らないままの大坂。彼女を長年、取材してきたテニスライターの山口奈緒美さんに、今回の休養について尋ねた。

テニスは“メンタルスポーツ”とも言われていて、記者会見ができないほどの精神状態なのであれば、“一度テニスを離れる”というのは通常の判断です。若くして大きな成功を手にした選手が、深刻なストレスやスランプで競技を離れてしまうというケースは過去にもありました

 現在、世界ランクで唯一大坂の上に位置するオーストラリアのアシュリー・バーティは、15歳からプロツアーを戦い、特にダブルスで大活躍していたが、18歳で一度テニスから離れている。

「2年たって復帰し、今ではナンバーワン。しばらく距離を置くというのはテニスでは考えられる話です」(山口さん)

 シングルスで国民の期待をともに背負う錦織圭も、6月2日の試合後、「1回ちょっと、テニスから離れて。早く治してほしいと思う」と精神面で悩む後輩への気遣いを見せた。

 メンタルケアのため、表舞台を一度離れることとなった日本のヒロイン。心配されているのは、開幕まで約50日となった東京五輪だが……。

大坂選手は出場すると思いますよ。今まで繰り返し強い思いを語ってきましたからね。4月にも国際テニス連盟の公式ウェブサイトで“私にとって、五輪出場はずっと夢だった”とコメント。祖国の大会に出ることは、彼女にとって人生の目標なんですよ」(前出・スポーツ紙記者)

うつ病を告白した投稿。長文の中で選手を取り巻く環境の改善を訴えた

 ただ現在は、コロナ禍でその開催自体が危ぶまれている。5月上旬に行われた会見で、大坂はそのことにも触れていた。

「“もちろん開催してほしいと思っています”と述べながら、“もし人々を危険にさらすのであれば、そして人々が開催を居心地悪く感じているのであれば、私たちは今すぐに議論すべきです”とも発言。感染拡大の危険を冒してまで開催を強行することには、疑問を持っているようです」(同・スポーツ紙記者)

うつで「棄権」したのではない

 アスリートとしては待ち望んだ大会だが、開催国の人々の気持ちが優先されるべきだとの考えだ。五輪には、彼女にとってプラスな面もある。

オリンピックではテニスの4大大会のような会見の義務はありません。実際、直近のリオ五輪でも取材を受けなかった選手は大勢います。大坂選手にとっては、うつを悪化させる要素がないことで、参加しやすい環境なのは確かです」(同・スポーツ紙記者)

 それでも軽々しく口を開くことはない大坂。しかし、五輪出場には光も見える。

全仏オープンを棄権してすぐ“五輪には絶対出ます”とは言えないかと。精神的な問題を抱えているのであれば、1か月程度で簡単に戻ってこられるとは思えません。ただ、今回告白したのは“2018年からのうつの悩み”。棄権したのも“今、精神的に不安定だから”というわけではなく、“騒動になって周囲に迷惑をかけている”ことと“このまま続けると自分の健康が乱されてしまう”ことが理由

 現在うつ状態でないのであれば、五輪に出られる可能性はあると思います。東京五輪は彼女の夢で、参加できるかはコンディションとの兼ね合いになりますね」(山口さん)

セリーナ・ウィリアムズを破り、グランドスラム初優勝を果たした2018年。凱旋トーナメントでは大きな注目を集めた

 気になる大坂の状態について、心療内科医の伊井俊貴先生にも話を聞いた。

「うつ病というのは、精神的な落ち込みが2週間以上続く状態。“気分が落ち込む”程度ではなく、不思議なくらい気持ちがまったく反応しなくなり、“うれしい”“悲しい”といった感情がなくなってしまう。半年ほどの経過で症状がよくなることが多いですね。大坂選手の場合は2018年からずっとうつ病だったというより、症状があるときとそうでないときの“波”があるような状態かと思います」

うつの原因はメディア対応

 棄権を決断したのは、「このまま続けるとダメになる」とその周期を自分で予測できたからだとも。

五輪に向けて調子を整えることを目標にしていると考えた場合、現時点で無理をしないように負担を避けるのは、先を見越した正しい選択だといえます。大坂選手は、何がストレスになっているかを具体的に示したうえでその環境の改善を求め、それが叶わなかったときに初めてうつであることを告白。そして即座にそこから離れることを決断しました。今回の対応は、心理学的に見て最適なものです」(伊井先生、以下同)

 彼女が会見を拒否したことは、医学的に理解できる対応だという。

「大坂選手が何に対してストレスを感じているかが重要。彼女にとってテニスをプレーすることはストレスになっておらず、原因は記者会見やメディアへの対応だとされていますよね。“うつなのになぜプレーできるんだ”という指摘は間違っています。彼女の“会見だけやめることはできないか”という要求は何もおかしくありません

 夢の舞台である東京五輪のため、メダルへの布石ともいえる適切な対応をとった大坂。コートへの華麗なリターンを支えるには、その決断を静かに見守るべきだろう。