『大豆田とわ子と三人の元夫』で熱烈なファンを獲得する松たか子

 ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ系)が15日の放送で最終回を迎える。視聴率的には苦戦しているが、熱烈なファンも獲得。30~40代の男女中心に繰り広げられる、苦くせつない人間模様が好評だ。

 その主役を務めているのが、松たか子(44)。彼女はここ数年、ますます充実した芸能活動を見せている。

歌も演技も声優もこなす松たか子

 2014年、声優として出演したディズニー映画『アナと雪の女王』で劇中歌「レット・イット・ゴー」も担当し、これが大ヒット。'17年のドラマ『カルテット』(TBS系)など、実写の主演作でも高い評価を受けた。また、'17年には自ら作詞作曲も手がけたNHK朝ドラ『わろてんか』主題歌で久々の「紅白歌合戦」出場を果たし、昨年は『アナ雪2』の劇中歌をアカデミー賞授賞式で歌うという栄誉に浴した。

 なお、彼女は過去にも一度、黄金期を経験している。デビューしてすぐ女優として頭角をあらわし、木村拓哉と共演した3本の月9ドラマ『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』『HERO』(フジテレビ系)は軒並み歴史的高視聴率を記録。

 '96年には史上最年少の19歳で「紅白」の司会に起用された。

 ただ、このときはバッシングも起きている。梨園の名門に生まれ、歌も芝居もそつなくこなして、人気絶頂のキムタクの相手役に何度も、という恵まれたイメージがやっかみをもたらしたのだろう。

 当時、彼女はテレビ誌で木村と対談し、自身の活動について「自分がやりたい仕事しかやっていないし」というような発言をして、彼を驚かせていた。SMAPとしてデビューしたころ、歌番組がなく、バラエティーで身体を張りながら活路を開いていった木村とはスタンスが違っていたのだ。

 これほど自由で恵まれたイメージの若手芸能人など、そうそういない。それゆえ、彼女は叩かれることに。なかには、当時の朝ドラにひっかけた「松たか子は『あぐり』にはなれない」という記事もあった。それくらい、バッシングが面白がられたのである。

 しかし、今回はそういう動きがない。誰もが一目置く存在になった印象だ。では、20年前と今の彼女とでは何が違うのか。

苦労した私生活と転機となった役

 最大の違いは、私生活の変化だろう。'07年にミュージシャンの佐橋佳幸と結婚。8年後に長女が生まれた。ただ「妊活」には苦労したようだ。

 たしかに、どんなに自由で恵まれた人でも、子供を授かるということはなかなか思い通りにならないものだ。彼女はそれを自分でも精一杯の努力をすることで達成した。こういう姿は同性からも共感されるし、自身の人間としての幅を広げることにもなったのではないか。

 幅という点では、役柄もまたしかり。キムタクドラマのヒロインや時代劇のお姫様といったものとは異なるタイプの役をこなす機会も増えてきた。たとえば、昨年の主演映画『ラストレター』は、夫も子もいる身なのに、亡くなった姉になりすまし、初恋の男性と文通をしてしまう役。彼女はパンフレットのなかでこんな話をしていた。

「ほんとだったらヒロインにふさわしくない感じですよね。いろいろ間違ってうっかりヒロインになってしまった、というか(笑)」

 このヒロインらしくないという形容は、今回の『大豆田とわ子』にも当てはまる。典型的なヒロイン女優として出発した人が、らしくないヒロインも似合うようになってきたことで、一目置かれるようになったのだろう。

 そんな松は'11年に、個人事務所を設立。妻として母としての生活との両立を見事にこなしてきた。そういう現代女性の理想とするような生き方ができているところも、一目置かれることにつながっているはずだ。

 妻ぶり、母ぶりについて本人が語ることは少ないが、'18年には『あさイチ』(NHK総合)で、自身が歌った朝ドラ主題歌の話になり「娘と一緒に見たかったけど、Eテレのほうが好きみたいで(笑)」というエピソードを披露していた。

 ところで、現在の黄金期が実現するにあたっては、転機と呼べる作品がある。10年の主演映画『告白』だ。『大豆田とわ子』でも共演している岡田将生が空回りする役で新境地を拓き、橋本愛が生徒役でブレイク、公開時5歳だった芦田愛菜が主人公の娘を演じて、R指定ながら大ヒットした伝説的作品である。松は娘を教え子に殺され、その復讐をする中学教師という難役だった。

 パンフレットのなかで「必死でしたね」と振り返っているが、それはむしろ望むところらしい。彼女は「よし、いける、できる」というものより「そこで自分が苦しむであろうこともよし、と思えるものに向かいたい」というポリシーを明かしている。それが彼女のやりたい仕事なのだ。

 自分が積極的に苦しむことにより、松は典型的ヒロインでも「うっかりヒロイン」でもない、ダークなヒロインを演じきることができた。そんな女優としてのマルチぶりに加え、私生活では普通に妻や母をやっているという安定感。この人間力の総合的な成熟こそが、バッシングなき第二の黄金期をもたらしたのである。

PROFILE●宝泉 薫(ほうせん・かおる)●作家・芸能評論家。テレビ、映画、ダイエットなどをテーマに執筆。近著に『平成の死』(ベストセラーズ)、『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『あのアイドルがなぜヌードに』(文藝春秋)などがある。