行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は新法を利用して債権の「時効」を延ばすことができた実例を紹介します。

※写真はイメージです

 昨年から続く新型コロナウイルスとの戦い。直近では変異株の流行により、東京都等で3回目の緊急事態宣言が発令されています。

 筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、よく耳にするのは「時効」の二文字です。慰謝料などの債権は、何もしなければ時効が成立し、請求権が消滅。正直者が馬鹿を見る可能性があるのです。

 昨年4月の民法改正で時効のルールが変更されたのですが、世間での注目度はいまいち。なぜなら、コロナ禍で注目されるのは、各種支払を“猶予された”側ばかりで、“猶予する”側は今まで盲点だったからです。経済的に苦しいのはどちらも同じですが、筆者の事務所には猶予する側、される側のトラブルの相談者が増加。今回の相談者・有紀さんもその1人ですが、彼女がどうやって新制度の恩恵にあずかることができたのかを紹介しましょう。

<登場人物(年齢などは相談時点、すべて仮名)>
夫:博司(48歳・会社経営者・年収900万円)
妻:有紀(46歳・専業主婦)☆今回の相談者
長女:加恋(10歳・小学生)博司と有紀との間の子ども
店長:真子(33歳)夫婦が経営するエステサロンに勤務

娘が不登校になり、妻は仕事を離れることに

「私が肩代わりした家賃は全部で175万円です。もっと早く賃貸契約を解約すれば家賃の給付金をもらえたのに、あの女のことを信用してしまって……馬鹿みたいですよね」

 有紀さんは恨み節をこぼします。筆者はLINEのIDを公開しているのですが、有紀さんがメッセージで助けを求めてきたのは、全額がいったん回収不能になった2021年2月のこと。まず話を11年前に戻しましょう。

 彼女は当時、名古屋でエスティシャンとして活躍しているなか、経営コンサルタントの夫(博司さん)と出会って結婚。娘さんを授かりました。結婚後には夫婦でエステサロンを立ち上げ、妻は店舗で、夫は経営者として汗を流した結果、11年間で4店舗に拡大させることができたのです。今回、問題になったのは1階の路面店。ここは一番の繁盛店で、有紀さんが店長として自ら接客する熱のこもりよう。しかし、有紀さんに第一線から退かざるをえない事態が起こったそうです。

 有紀さんは娘さんが勉学に集中できるよう、「スマホを持たせない主義」を貫いていたのですが、クラスでスマホを持っていないのは娘さんだけ。そのせいで娘さんはいじめに遭い、ストレスで食事が喉を通らなかったり、夜眠れず、朝起きれなかったりするように。次第に学校への足が遠のくようになり、今は不登校の状態。有紀さんが昼間、働いている間、娘さんは部屋に引きこもっているのですが、娘さんを診察した心療内科の医師によると自傷行為に走ってもおかしくないとのこと。

 有紀さんが娘さんのことを第一に考え、仕事の現場を離れて自宅で娘さんのフォローに専念することに決めたのは2020年1月。とはいえ有紀さんに代わる店長が必要です。そこで夫が「いい人がいる」と言い、連れてきたのが真子さんでした。彼女は芸能人でいうと米倉涼子似でモデル体形の美人。有紀さんいわくエステ業界に入ってくるのはルックスにコンプレックスを抱えている女性が多いそう。そのため、有紀さんは直感で「変ね」と思ったそうですが、後日、女の勘が正しかったことが明らかになります。

真子を信用して繁盛店の営業を委託したが…

 結局、真子さんに営業委託という形で一任することに。真子さんが支払うロイヤリティは毎月45万円に設定。そしてテナントの賃借人は有紀さんのまま、真子さんが大家へ毎月25万円の家賃を支払う約束でした。しかし、最初の1か月で真子さんと喧嘩をした2人の従業員が辞めてしまったそう。「相性もあるから」と有紀さんは気に留めなかったのですが、そんな矢先に襲ってきたのが新型コロナウイルスの蔓延でした。

 緊急事態宣言下で感染を恐れ、4月、5月の利用者は激減。すると6月にロイヤリティと家賃の振込が停止したのです。そこで有紀さんが「家賃の25万だけでいいですよ?」と投げかけると、真子さんは「了解です。大丈夫」と二つ返事でしたが、それでも振込は復活せず。「明日、休みなので振り込みます」(7月15日)、「振込先を失念しました」(7月30日)、「体調を悪くして入院中です。まだ身動きがとれません」(8月20日)と言い訳するだけ。

 そして二人の経営判断の違いが傷口を広げる結果に。「こんなご時世だし、いったん閉店してみては?」と提案する有紀さんに対し、真子さんは「化粧品の販売を始めます」と挽回に躍起。さらに「商品の仕入れがうまくいかず、揉めています」(9月1日)「資金を借入れする準備をしています」(10月21日)、「集金できず何の支払もできていません」(11月14日)と3か月経過しても御託を並べるばかりで1円も払わない真子さん。

 2020年の年末、有紀さんはついに閉店を決断。真子さんとの委託契約を撤回することで、大家との賃貸契約を解除でき、ようやく家賃の支払い終了しました。しかし、積もり積もった家賃は175万円に。国が3分の2まで補助する(家賃が37.5万円以下の場合)家賃支援給付金は2021年1月に終了。5~12月の売上のうち、1か月でも前年比で5割以上減少するなど、有紀さんは支給の要件を満たしていました。しかし、急いで準備に取り掛かるも、申請が間に合わずに、給付金を受給できなかったのです。

 しかも大家とも交渉していなかったので、減額の余地はなく、有紀さんがすべてを立て替えた格好。「他のお店も売上は半分以下。持続化給付金で食いつなぎ、貯金は底を尽きました」と有紀さんはため息をつきますが、真子さんの不義理はまだ続きます。

「協議を行う旨の合意」があれば時効を延長できる

「今はコロナで返済が無理なのはわかっています。でも直接、謝罪するのが筋じゃないんですか!」と有紀さんは声を大にしますが、昨年10月以降、2人は一度も顔を合わせておらず、連絡はLINEだけ。納得がいかない有紀さんは「最後のけじめをつけてください」とLINEを送信。3度も会う約束をしたのに、合わせる顔がないのでしょう。3度とも真子さんがドタキャン。家賃の時効は弁済期日から5年ですが(民法169条)、逃げ回る真子さんに有紀さんは「このまま踏み倒す気じゃ……」と焦ります。

 そこで筆者は「大丈夫です」と激励。有紀さんを救ったのは昨年4月の法改正です。「協議を行う旨の合意」があれば、時効を1年間、延長できるように(民法151条)。さらに合意を繰り返せば最長5年間、延長可能。合意した証拠(書面もしくはデータ)が必要なので、筆者は「スマホにLINEのやり取りを残しておいてください」と助言しました。時効を延長できるのは有紀さんの我慢が実った結果です。

「コロナで苦しいのはお互い様です。でも見逃せるほど小さな額ではないので……」と有紀さんは苦しい胸のうちを吐露しますが、先行きの見えないコロナ禍で、真子さんがいつ仕事を見つけ、収入を得て、日常に戻るか不透明です。急かさずに生活再建を長い目で待ってあげられるのが法改正の恩恵です。

 しかし、これで一見落着したわけではなく……次なる火種のきっかけは夫の裏切り。「味方だと思っていたあの人が敵だったなんて」と有紀さんはショックの色を隠せませんでした。一体、何があったのでしょうか?

夫のスマホを同期すると衝撃の事実が

 今まで娘さんが「スマホを買って!」とせがんだのは数十回。しかし、有紀さんは「ダメなものはダメ」と連呼するばかり。とはいえ「なぜダメなのか」をきちんと説明できない有紀さんと娘さんとの間に溝が生じていました。筆者は「娘さんはもう右も左もわからないわけではないでしょう。最低限の分別がつくはず」と諭しました。4月の新学期から登校するにあたり、クラスで仲間外れにならないため、どうしてもスマホが必要でした。最終的には有紀さんが折れた格好です。

 しかし、例の一件で有紀さんには新品を買い与えるほど金銭的に余裕はありません。思い返すと有紀さんは1年前に機種変更をしたばかり。古い機種ですが、製造年はまだ5年前。少々、バッテリーの減りが早いものの、特に問題なく作動します。そこで有紀さんは旧スマホを初期化し、設定し直し、娘さんに渡すことにしたのです。

 そして自宅のリビングでWi-fiにつなぎ、各種の設定を進めていたのですが、「どの端末を同期しますか?」という画面に。候補として「Yukiの端末」「Hiroshiの端末」の2つが表示されたそうです。前者は有紀さん、後者は夫のスマホなのでしょう。迷った有紀さんに筆者は、「旦那さんを選べば、旦那さんのデータが復元できるかもしれません」と助言。

 有紀さんは言われるがまま、「Hiroshiの端末」を選択すると、今度はIDとパスワードを入力する欄が現れました。夫はスマホのデータを定期的にバックアップするため、自動的にクラウド上に保存する機能を使っていた模様。最新のバックアップの日付は昨日の16時でした。IDに会社代表のメールアドレス、パスワードに夫の生年月日を入力すると認証が完了したようです。そして8分ほどが経過。設定が完了したことが表示されたのですが、いくつかのアプリを開くと復元されたのは夫のスマホ。どう考えても本人だろうと思われる内容ばかりでした。

「2人がつながっていたんです!」と有紀さんは手をわなわなさせながら言います。有紀さんは真子さんの不可思議な言動に最初から最後まで悩まされ、苦しめられ、傷つけられたのですが、2人のメールのやり取りでその理由が明らかになったのです。真子さんはあくまで操り人形で操作の主は夫。夫が裏でこっそりと手を引いていたことが──。

 まず2020年6月~8月、真子さんがロイヤリティと家賃未払いの催促を無視した件は夫が「仮病でも使っておけばいい」とアドバイスした形跡が。次に2020年9月~12月、真子さんが化粧品販売を始めた件は、夫が「何でもいい。あいつは情が深いから、頑張る姿を見せておけば大丈夫だ」と指示した様子が。さらに2021年2月、真子さんがドタキャンを繰り返した件は「あいつと会うのは危険だ。逃げちゃえよ」と入れ知恵した履歴の数々が残っていたのです。

「これってどういうことなの?」

 有紀さんは同期済の旧スマホを片手に、夫を問い詰めたのですが、悪びれずにこう言い放ったのです。「真子は遊びだ。いつでも切れる」と。そして「離婚するつもりはない。お前とは腐れ縁だよ」と前置きすると、一部始終を白状し始めたのです。

夫は真子を愛人として囲い、店長の座も与えた

 夫が出張先の東京で見初めたのが真子さん。真子さんの勤務先のエステは、エステでも性的サービスを提供するお店。夫はその店に通いつめ、アフターを繰り返し、プライベートでも性的関係を結ぶように。夫は真子さんを東京から名古屋へ呼び寄せたいと思ったものの、彼女は6歳の息子さんを1人で育てるシングルマザー。

 ついには「全部の面倒をみるから心配するな」という甘い言葉で真子さんを口説き落とした模様。具体的には夫がアパートを用意し、家賃を支払い、真子さんの生活費を負担することを約束。こうして真子さんは息子さんを実家に預け、1人で名古屋へ出てきたのです。夫は真子さんを愛人として囲うことに成功したのですが、それだけで飽き足らず、店長の座も与えたのです。「最初からおかしいと思った!」と有紀さんは声を荒げますが、経験ゼロの女性が何の準備もなく、いきなりエステ店を経営をするのは荷が重すぎます。そのため、まだコロナ前なのに従業員が早々に2人も辞めたのでしょう。

 怒りがおさまらない有紀さんは、とうとう真子さんの部屋に乗り込んだのです。

「自分が何をしたのか、わかっているんでしょうね? 慰謝料を払わなきゃいけないような大罪なのよ!」と突きつけたのですが、真子さんは「払えるなら払いたいわ!」と開き直り。店長の座から引きずり降ろされた真子さんの収入はゼロ。風俗嬢として女手ひとつで子どもを育てる真子さんにまとまった貯金はありません。

「ないところから取れないのはわかっています。でも、指をくわえているのも悔しい!」と有紀さんは唇を噛みますが、不倫の慰謝料は関係を知ってから3年で時効です(民法724条)。最初に2人の男女関係を知ったのは先月のこと。このまま放置しておくと2年11か月後には時効に。どうすればいいのでしょうか?

相手が慰謝料の支払いを承諾すれば、時効は振り出しに

「支払能力の有無はともかく、相手方が慰謝料の支払いを承諾すれば、時効が振り出しに戻ることが認められていますよ」(民法152条)と筆者は助け船を出したのです。今回の場合、次回の時効は承諾から3年後へ延長されるという意味。真子さんは「ユーチューブで自己啓発をやって稼ぐ」といきがりますが、真子さんが風俗の仕事を再開するのと、ユーチューブの収益が軌道に乗るのと、どちらが先なのかわかりません。確かなのは真子さんは慰謝料を払う意思があることです。これで有紀さんは真子さんが慰謝料を払えるだけの収入を得るまで、気長に待つ権利を手に入れたのです。

「あの人とは一蓮托生。あの人が別れたいって泣きついても、別れてやるものですか!」

 有紀さんはここまでひどい裏切りに遭ったのに、夫の悪事を水に流し、許すつもりだそう。もちろん、真子さんに与えたアパートを解約し、実家へ帰らせることが条件です。夫は優秀な経営コンサルタントで、エステサロンを拡大するのに必要な相棒。新型コロナウイルスの蔓延がひと息つき、娘さんの精神状態が落ち着いたら、真子さんのせいで失った繁盛店を取り戻すため、夫をコキ使うつもりだと豪語します。

 このように有紀さんは時効の延長によって請求権の消滅を免れた債権者(お金をもらう人)です。しかし、新制度によって救われるのは債務者(お金を払う人)も同じ。なぜなら、時効の延長によって緊急性は低下するから。厳しい取り立てをされなくてもよくなります。こうして支払の再開に必要な収入の確保、他の支払いの整理、生活の安定が実現するまでの時間が与えられます。コロナ後を視野に入れ、債権者はお互いのためを思い、新制度を活用してみてください。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/