天皇皇后両陛下(皇后陛下御誕生日、’20年12月3日)

「ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察しています」

陛下がついに重い口を開かれた

 異例ともいえる発言が波紋を呼んでいる─。6月24日、宮内庁の西村泰彦長官が定例会見で、天皇陛下のお気持ちをそう“拝察”した。

「陛下はこれまで、東京オリンピックとパラリンピックについての意見を口にされることはいっさいなく、側近にも無言を貫いておられました。しかし、心の中ではずっと、五輪開催への懸念をお持ちだったということでしょう」

 声を潜めてそう明かすのは宮内庁関係者のひとり。

「両陛下はコロナ禍に苦しむ国民のことを第一に考えられてきました。ワクチンを接種される予定は公表されておらず“国民に行きわたるまでは、打たない”との意思が感じられます」(同・前)

菅総理が掲げる「安全・安心な五輪」が実現できるのか、陛下は懸念されているようだ

 西村長官は同会見で記者からの質問に「陛下から直接そういうおことばを聞いたことはありません」と強調したが、静岡福祉大学の名誉教授で近現代の皇室制度に詳しい小田部雄次さんはこう否定する。

「長官が独断で陛下のお気持ちを公言することはありえないと思います。とはいえ陛下が直接命じられたわけではなく、長官が感じとった五輪に対する陛下のお気持ちを、長官の責任で公言する形にしたのでしょう」

 では、なぜ東京五輪の開催まで1か月を切った今、西村長官は陛下のお気持ちを“代弁”したのか。

6月22日に陛下が菅義偉総理大臣から内奏を受けられたことがきっかけでしょう。内奏とは、国務大臣などが陛下に国政の報告を行うことで、2人きりなので内容は明かされません。先日は菅総理が五輪のコロナ対策などについて説明したとみられています。その報告で“五輪開催への懸念を国民に示すべき”と、思い立たれた可能性があります」(前出・宮内庁関係者)

 西村長官が定例会見を行うのは2週に1度の頻度。今回を逃すと五輪の直前になってしまう。開催に強硬姿勢の政府に対して、改めてリスクを認識してもらうため、観客の有無などが決まるぎりぎりの時期に“メッセージ”を出されたのかもしれない。

 ただ名古屋大学大学院の准教授で象徴天皇制に詳しい河西秀哉さんは「憲法上、天皇が政治的問題へ関与することは許されない」と話す。

ご発言は陛下ご自身のリスクにも

今回のご発言はそうとうなリスクを伴っています。私はぎりぎりで許容されるラインだと考えますが、“憲法違反だ”と捉える方々もいると思います。

 発言を受けて政府が直接的に五輪におけるコロナ対策に着手すれば“天皇が政治に関与された”と問題になるため、あくまで間接的に対応するはずです。例えば、感染症対策について、より具体的な策を示したり、両陛下がなぜ五輪に携わる必要があるのかを丁寧に説明するのではないでしょうか」

 リスクを伴いながらも陛下が今回の行動に踏み切られた理由は2つあるという。

'20年4月、両陛下は『新型コロナウイルス感染症対策分科会』の尾身茂会長から約1時間半のご進講を受けられた

「1つめは、政府に対して抱かれている“感染症対策の懸念”を示すためです。天皇は、東京五輪の名誉総裁として万全な対策を求められています。

 2つめは、国民からの批判を防ぐためです。開会式では、国の元首が開会宣言を読み上げることになっています。その場合、開催に反対してきた国民から反発の声が上がるでしょう。天皇が深く心配しておられることを国内外に印象づけたことで“天皇のお立場上、表に出るのは仕方がない”という理解につながると思います」(河西准教授)

 陛下による“メッセージ”は、実は今回が初めてではない。ご進講や、各公務の場でもコロナについてのおことばを述べられてきた。

「初めての緊急事態宣言が発令された昨年4月、両陛下は政府の『新型コロナウイルス感染症対策分科会』の尾身茂会長からご進講を受けられました。普段はご進講でのご発言が宮内庁のHPに掲載されることはないのですが、尾身会長に語られた“感染症の拡大は、人類にとって大きな試練”といった一連のおことばが掲載されたのです。それほど、コロナに対する陛下の危機感が高いということ。

 その後のご進講や、コロナと直接関係のない場面でも、公におことばを述べられる際には、コロナと闘う医療従事者への労いや感謝の意を必ず述べられてきました」(前出・宮内庁関係者)

6月21日、東京都台東区で行われた『日本学士院授賞式』に出席された両陛下

 1月に公開された両陛下による新年のビデオメッセージでは「安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ、みなが互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んでいくことを心から願っています」と述べられ、国民を鼓舞された。

 さらに、直近で行われた6月21日の『日本学士院授賞式』では、

「わが国を含め世界各国は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大という大変に厳しい試練に直面しています。この試練を乗り越えるためには、国内外を問わず、私たちが、なお一層心をひとつにして協力していくことが大切です」

 と、以前よりも強い表現でスピーチされた。

皇室の存在意義が国民に確認された

 昨年4月から今年6月にわたって実に計10回、コロナに関する発言をされてきた陛下。

「日本の“象徴”である以上、政治に関与することができませんが、その分ご自身がおことばを述べられる機会をとても大切にされています。国がひとつとなってコロナに立ち向かうため、“肉声”を通して政府や国民に何度も訴えかけてこられました。しかし、コロナ対策が万全とはいえないまま“五輪ありき”を貫く政府には響かず、“空振り”だったということです」(皇室ジャーナリスト)

 陛下は五輪直前に“最後の一手”を投じられた。前出の小田部教授は、陛下のご決断をこう分析する。

「令和の天皇として、行事の運営について主体的なメッセージを国民へ伝えられたのは初めてのことです。現代の皇室は国民とともに歩まれ、触れ合うことを重視されているため、コロナ禍による活動の停滞は皇室の存在意義に関わる極めて深刻な状況でした。しかし、今回のように天皇が自分の本意を内外の人々にお伝えになったことで、改めて皇室の存在意義が国民に再確認されたと思います

 異例の“苦言”は、東京五輪にどんな影響を及ぼすのだろうか─。