孤独死した男性の自宅に残された猫たち(群馬わんにゃんネットワーク提供)

 孤独死や殺人などが起きた住宅の原状回復を行う「特殊清掃人」の高江洲(たかえす)敦さんには忘れられない現場がある。

ひとり暮らしの88歳男性は猫を14匹飼育

 10数年前、白骨化して発見された飼い主の枕元にはペットのうさぎとみられる毛の塊が寄り添うように死んでいた──。

「孤独死した方の7割程度が何らかの生き物を飼っていました。ペット不可物件でもひっそりと飼っているケースもあるんです」

 ペットは犬や猫、小鳥、魚、は虫類など多岐にわたる。多くが1、2匹だが10匹以上もの動物を多頭飼育している飼い主の孤独死も年々増えているのだ。

 動物保護団体の『群馬わんにゃんネットワーク』の飯田有紀子さんが明かす。

「多頭飼育が崩壊している世帯の8割が単身世帯です」

 つい最近も飼い主が急死、自宅に猫が取り残されたケースに関わっていたという。

エサに駆け寄る88歳男性宅の猫。子猫3匹は衰弱死した(群馬わんにゃんネットワーク提供)

 飼い主は88歳の男性。同年代の妻は難病を患い、施設に入所しており、当時はひとり暮らし。小さな平屋で猫を14匹飼っていた。だが、男性は電動三輪車でかろうじて猫のエサを買いに行ける程度の体力しかなく、ほぼ寝たきり。週に数回来る介護ヘルパー頼みの生活だった。当然、猫の世話はできない。

「本来はやってはいけないことなのですが、ヘルパーさんが猫の世話もしていたとみられます」(飯田さん)

 危機感を持った行政や保健所は飯田さんに相談。だが、様子を見に行く前に男性は亡くなった状態で発見された。

 飯田さんたちは男性の妻から許可をもらい、自宅に通って猫たちの世話をした。全頭避妊去勢手術をし、里親のもとに出された。

 日本動物福祉協会栃木支部長の川崎亜希子さんも昨年のクリスマスイブ、病気で孤独死した女性が飼っていた12匹の猫を保護。複数の愛護団体らと連携し、里親を探した


 これらはまだ幸いなケース。動物も人も一緒に亡くなっている現場も少なくないのだ。

1DKの部屋でチワワを15匹、自ら死を選んだ飼い主

 孤独死の原因は突然の病死や老衰だけではない。自ら命を絶つ飼い主も……。

「1DKの部屋でチワワを15匹、飼っていた男性がいました」(高江洲さん、以下同)

 男性はトイレで練炭自殺、チワワは生きたまま残された。数か月後、異変に気づいた管理会社が変わり果てた男性とチワワの亡骸を発見した。かろうじて生きていたのは2、3匹だけだったという。

「管理会社の話によるとチワワ同士が共食いをしていた痕跡もあったそうです」

 また、動物愛護関係者によると飼い主が孤独死した多頭飼育崩壊の住宅で、痛ましいことに動物がその飼い主の遺体の一部を食べて生きながらえたケースもあったという。

「孤独死現場に残された動物はみんなかなり気が立っています。気がかりなのは飼い主を亡くし、亡骸とずっと過ごしていた動物たちが保護されてもこれまでのような普通の生活を送れるのかということ。過酷な状況を経験した動物が新しい仲間とも仲よくできるのでしょうか」

 こんな話もしてくれた。

「部屋の片づけや清掃をしているとき、残されていた猫が私たちの作業をずっと見ていることがあるんです。私たちに見えないものを見ているのでは、と思ったり、飼い主がいなくなり寂しくなったのか、偲ぶ気持ちがあるのかと思ったり。エサをくれる人がいなくなって悲しがっているのかと考えたり……でも、猫にずっと見られているとなんだか悪いことをしている気がして罪悪感が芽生えるんです

特殊清掃人の高江洲さんは数々の現場で人と動物の痕跡を見つめてきた

 動物にも訴えたいことがあるのだろうか。残された動物たちも深く傷ついている。

 飼い主の亡骸とともに狭い部屋に閉じ込められ、飢えと渇きに苦しめられる。腐敗していく飼い主を前になすすべもなく、己の命の灯が消えるのを静かに待つ……。

 特に犠牲になることが多いのが猫だという。高齢になると大型犬の世話は難しく、小型犬や猫など室内で飼える動物を選ぶ傾向にあるからだ。

「孤独死と多頭飼育崩壊の件数は増加していると実感しています。飼い主の死去以外にも病気や認知症が進行し、意思疎通ができない、入院してしまい動物が飼えなくなったなどのケースも増えています」(川崎さん)

 その根底にあるのは『孤独』だ。前出の飯田さんは、

「特に高齢者、生活困窮者、精神疾患を抱える人に多頭飼育をする傾向がみられる。周囲とのコミュニケーションが取れず、社会から孤立。親族ともトラブルを起こし、見放されている人もいます」

 家族がいても入院していたり、遠方暮らし。友達もいない。孤独な心のよりどころとして動物を選ぶ。

 とはいえ、なぜ手に余る数の動物を飼うのか。前出の川崎さんが解説する。

「ひとつは避妊去勢手術をしないため増えてしまう。次に高齢化や認知症、精神疾患などから判断力がなくなる。病的なほどに猫や犬を際限なく増やし、飼えなくても“手放したくない”と訴える人ばかりです」

 動物は手元にさえいれば、死んでも構わないという身勝手極まりない飼い主も多い。

「飼い主は数も把握できていないのにいなくなることは恐怖なんです。動物はエサも水も満足に与えられない、トイレだって汚いまま。具合が悪くても病院にも連れていってもらえない。彼ら、彼女らにとって動物は生きているものとしての認識がなく所有欲、物欲を満たすだけの物、命ではない。向けられるのは歪んだ愛情です」(飯田さん)

増加し続ける「孤独死予備軍」

 さらには「孤独死予備軍」となりうる多頭飼育崩壊案件も増加している。

 神奈川県の動物愛護推進員で動物愛護団体『動物虐待インターベンション』の河野治子さんは困った様子で担当したケースを教えてくれた。

「心筋梗塞を発症した60代のひとり暮らしの男性がいました。猫を6匹飼っており、彼は救急搬送されたのですが“猫が心配だから帰してくれ”と入院を拒みました……」

 家に帰れば孤独死の恐れも。河野さんのもとに相談が入り、男性を説得。猫の一時保護の約束を取りつけた。

 保護のため男性宅に入るとそこはゴミだらけ……。

「生ゴミもお弁当のパックも床一面にゴミが積み重なっていました。猫の糞尿と生ゴミが発酵する臭いがしました……」(河野さん、以下同)

 そんな過酷な状況の室内で猫はゴミの中に隠れていた。

「生き地獄のような環境でした……」

心筋梗塞を患った男性の自宅。ゴミの中に猫が……(動物虐待インターベンション提供)

 男性は寝る場所もゴミの上、食事はたんすの上にのせたカセットコンロで行い、かびた味噌で味噌汁を作る。健康を害するだけでなく、火事のリスクも高い状況だった。

「こうした家で暮らす高齢者は珍しくありません。もともと孤立していたのに猫も増え、世話ができないことで周囲から疎まれ、さらに孤立してしまう。そして傷んだ食べ物や偏った食生活、掃除も拒み、空気も悪いし病院にも行かないので健康状態は特にひどい」(飯田さん、以下同)

 そんな状況下での生活は死と隣り合わせ。

不衛生な環境は病気になってもおかしくない(動物虐待インターベンション提供)

 孤独死や入院などの理由で飼い主が飼えなくなると残された動物たちは殺処分の対象になってしまう。現在、殺処分の90%以上が前述の理由で引き取られた動物なのだ

 だが、動物は飼い主の所有物。相続人の許可がなければ第三者は保護できない。

 飼い主が孤独死したあと、残された動物が自宅に閉じ込められるケースが各地で相次ぐ。行政は自宅の鍵を締め、相続人任せで保護はしない。だが世話に来なければ第三者は動物にエサも水もあげることができない。当然、一刻も早い保護が求められるが、保護団体らが抗議しても行政や愛護センターの反応は鈍い。

「動物の所有権は大きな問題です。飼い主が亡くなったとき、飼い主が認知症で判断能力を失ってしまったり、病気などで意思疎通が困難になったときはもちろんのこと、明らかに飼い主の手に負えないほどのペットが増えてしまったときにも、人間の子どもの虐待事件のように一時保護できる仕組みが必要です。緊急的に一時保護ができれば、飼い主の支援だけでなく動物のその後についてもゆっくり決めることができます」(河野さん)

誰もがなりうるから対策も急がれる

 孤独死も多頭飼育も自宅のゴミ屋敷化も誰もがなりうる可能性があるのだ。

「コロナ禍で増えてます。1年以上ぶりに帰ったら実家はゴミ屋敷、猫も多頭飼いに。親の認知症も進んでいた。また、久しぶりに友達を訪ねたら孤独死していたという話も少なくない」(川崎さん)

 動物を飼っていなかった人でも要注意。例えば、エサをあげていた野良猫を飼うことになったケース。避妊去勢手術がされておらず増えてしまい、多頭飼育崩壊に陥り生活も逼迫することは珍しくない。

 それらを防ぐため、当事者を孤立させないよう動物愛護の観点だけでなく、福祉や地域との連携が今後より一層強く求められている

「私たち、保護動物に携わる人間でも年をとれば正常な判断ができなくなることは十分にありえます。常に自分たちのキャパを確認し、身の丈に合った活動をすることが大切です」(河野さん)

 前出の高江洲さんは昨年12月、一般社団法人『全国生前整理サポートセンター』を立ち上げた。

「死後事務委任契約を行う団体です。単身世帯でも生前に自分の最後を決めることは非常に大切です。契約者が亡くなったあとに残された財産の手続きや動物の譲渡などを親族の代わりに行います」(高江洲さん、以下同)

 スタッフは生前、亡くなったあとの希望を聞き、公証人役場にて契約者の遺言執行者になることを申請する。

「寂しさをまぎらわすためだけの存在として動物を飼うならそれは飼い主のエゴ。ペットにも命がある。家族のように暮らしているなら飼い主は親。先に亡くなれば何もできない子どもを残すようなもの。飼い主さんが望む形で動物の面倒を見ます」

 譲り先が決まっていなければその先も探す。さらに、契約者には電話をしたり、訪問することもある。

「高齢化、単身世帯の増加は著しく、孤独死は増えることが想定されています。ですが私たちは孤独死をなくしたい。契約者に家族や友達がいなくても私たちがつながり、最期を見送ります」

 自分の死後、葬儀や埋葬はもちろん残された荷物、自宅、ペット……心配事は多い。だが、それらがクリアになれば人生も動物との時間もより楽しめるのだ。

 死ななくてもいい命を道連れにすることも防げる。

 高江洲さんは訴える。

「ペットと過ごす時間もいつか途切れることを考えてください。長く生きていてほしいと願うならその先のことを考えてほしい」

 2019年、民間調査によるとその前年に孤独死した人は全国で2万7000人超。多頭飼育の苦情は全国で2000件超寄せられている──。

お話を聞いたのは……

高江洲敦さん
孤独死、自殺、事件現場の特殊清掃や原状回復、遺品整理を請け負う特殊清掃人。『A&Tコーポレーション』代表。現在は後進への技術指導を中心に行っている

飯田有紀子さん
NPO法人『群馬わんにゃんネットワーク』理事長。殺処分ゼロではなく保健所、愛護センターに収容される犬や猫をゼロにするためさまざまな問題解決に取り組んでいる

川崎亜希子さん
公益社団法人『日本動物福祉協会』栃木支部長。長年、動物虐待問題に取り組み、一時保護の必要性や悪質な飼い主への飼育禁止についても訴えている

河野治子さん
一般社団法人『動物虐待インターベンション』代表理事。神奈川県の動物愛護推進員。虐待現場などからの動物の保護や行政に対しても提言を行う