柏瀬真大さん(左)とまみこさん

 その開催に賛否があるものの、パラリンピックも目前。そして驚異の身体能力を見せてくれるパラアスリートたちの勇姿は、いつの時代も人々に感動を与え続けている。

 健康であること──ともすると私たちは、それを「当たり前」と思ってしまうが、当然、そうではない。

 その事実を改めて考えさせてくれるユーチューブ動画が話題になっている。

「かしわせチャンネル」の『脊髄損傷リハビリ動画』だ。

結婚式から1か月、事故で四肢麻痺に

 柔らかな日の光が降り注ぐチャペルで、大勢の参列者に祝福されるカップル。新婦は純白のウエディングドレスに身を包み、新郎はその腕に幼子を抱えている。

 そしてすぐ次のようなテロップが流れる。

《本当に幸せだった/そしてこの幸せが当たり前だと思ってた》

 幸せの絶頂にあるふたりにとって、明るい未来は疑うべくもない。しかし動画は一転。先ほどまで元気に歩いていた男性がベッドに横たわっている。その口元には酸素マスクがつけられ、話すのもひと苦労といった状態だ。

 テロップは続く。

《結婚式から1か月後、僕は交通事故で全身不随となり医者から一生歩けないと宣告された》

 予期せぬ事故に遭ったのは、チャンネル運営主の柏瀬真大(かしわせ・まさひろ)さん(31)。前述のユーチューブ動画の配信者だ。

 5月下旬、週刊女性取材班が千葉県の自宅を訪ねると、電動車いすに乗った真大さんと妻まみこさん(28)が気さくに出迎えてくれた。

「車いすは、座面も電動なので乗りやすいんです。1人で都内に出かけることもできます。定価だと100万円近くしますが、僕はヤフオクで12万円で落札しました(笑)」(真大さん、以下同)

 この車いすが現在の真大さんの“相棒”だ。

 2019年12月、真大さんは、自転車の交通事故で脊髄を損傷。鎖骨から下の感覚がなくなり、四肢麻痺となってしまった。自立歩行はおろか、手の指も動かない。

事故から3日後の真大さん。身体中につながれたチューブが痛々しい(『かしわせチャンネル』提供)

 日本せきずい基金によれば、脊髄を損傷する人は、年間約5000人に上ると推定される。そして残念ながら、現代の医学では損傷した脊髄を治癒させることは不可能。

 自民党前幹事長の谷垣禎一さん、俳優の滝川英治さんも真大さんと同じく自転車事故で脊髄を損傷。著名人でも不慮の事故で障がいを負うケースは少なくない。

「脊髄を損傷すると、自律神経にも影響が出るんです。起立性低血圧(血液が下半身や内臓にたまり、急に起き上がると一時的に脳貧血の状態になる)や体温調節障がいなどの合併症にも悩まされています。しばしば激しい手首の痺れと痛みが出て、心身ともに疲弊します」

 事故後、真大さんはそれまで勤めていた会社から独立し、起業。さらにユーチューバーとしての活動も始めた。

 真大さんの入浴、排尿や排便など、身の回りの介護は、妻のまみこさんや母、妹、訪問介護スタッフが交代で行っている。障がい者としての生活を投稿する『かしわせチャンネル』は、口コミで徐々に拡散され、話題に。いまでは登録者が10万人にも及ぶ人気チャンネルとなった。

「とはいえ、障がいを克服したというわけではありません。徐々にこの状態に慣れてきて、落ち込む頻度が減っているという状態ですね」

動画は日常的な介護の様子も事細かに紹介されている。ケアの仕方や工夫などは勉強になる場面も非常に多い(『かしわせチャンネル』提供)

 真大さんは遠くを見た。

 事故の瞬間を真大さんは、次のように明かす。

ほんの一瞬の不注意が明暗を分けた

 2019年の年の瀬──。

「その日は深夜まで仕事をし、食事をした後、いつもどおり電動自転車で家に帰ろうとしていました」

 時刻は午前2時ごろ。街灯も少なく、人通りもほとんどない陸橋の上を自転車で走っていた。

「後ろから音がしたので、車が来ていないか振り向いたんです。結局、車は来ていなかったんですが、振り返った瞬間、タイヤが滑って転倒してしまったんです。ほんの一瞬の不注意でした」

 転倒した際、真大さんは壁にぶつかり、電柱に激しく頭部をぶつけてしまった。

「金属バットで殴られたような感覚でした。気づいたら陸橋下の道路に落ちていました。助けを呼ぼうにも声が出ず、なぜか身体も動かない」

 たまたま女性が通りがかり通報。もし彼女が通らず、発見が遅れれば……。

 朦朧とする意識の中、救急車に運ばれる際には、「明日から海外旅行だったな。行けるかな」と考えていたという。

 やがて病室で目を覚ますと、家族に囲まれていた。母と妹、そして真大さんが小学生のときに母と離婚をして、離れて暮らす父親の姿もあった。

「これはただごとじゃないんだな、と感じましたね」

夫婦関係にも変化があり、家族との時間を大切にするようになったという

 まみこさんも次のように当時を振り返る。

「そのころ、彼の帰宅が午前様になるのは、日常茶飯事(苦笑)。その日も私は、携帯をオフにして先に寝ていました。朝、携帯の電源をつけたら、義妹や義母、警察署からの着信が大量に入っていて……。私はこのタイミングで義妹から、一生歩けなくなったことを聞かされていました」

 しかし真大さんがその事実を知るのは、まだ先のこと。

「事故直後は、自分の置かれた状況を把握していなかったのでテンションが高かったんです。“ケガしちゃったぜ!”みたいな(笑)」

 事故の2日後には首に20センチ以上のボルトを埋め込む大手術が行われた。 

柏瀬家のルーティン。YouTubeでは「ワンオペ介護」「ワンオペ育児」と呼んでいる

 日を追うごとにその現実は重くのしかかってくるように。

「徐々に自分が“一生歩けないんだ”とわかってきました。落ち込むよりも、“死にたい”と思うようになってきましたね。娘を抱き上げることもできない、妻と浜辺を歩けない、大好きなラーメンをカウンターで食べることもできない……1秒にも満たないほんの一瞬の事故で失ったものの大きさに絶望しました」

 大声で“殺してくれ!”と寝言を放ち、巡回の看護師に起こされたこともあった。

「恥ずかしながら妻の前でも“元の生活に戻りたい”と泣きながら訴えたことも……」

 そんな真大さんに妻・まみこさんはケロッとした表情でこう言ったという。

 “ま、大丈夫だよ!”

 まみこさんは語る。

「よく“強いね”と言われるけど、私は自分のことをものすごく能天気な人間だと思っているんです」

ポジティブな妻に支えられて

 事故の2週間後、再生医療の治療を受けるため一家は北海道に引っ越した。その際、まみこさんは、「一度は北海道に住んでみたかったし、超ラッキー!」と思ったのだとか。

 超楽観的で突き抜けるようなまみこさんの明るさが、真大さんを支え、絶望の淵から引き上げたのだ。

 そしてもうひとつ、真大さんにとって励みとなったのが、ユーチューブの存在だ。

「仕事仲間が面会に来てくれているときは、明るく振る舞えていました。けど病室で一人になると、あまりの不安に押し潰されそうになってしまって……。そんなときに見ていたのが同じような障がいがある人たちの動画でした」(真大さん、以下同)

 過酷な状況下においても、なお前向きに生きる人たちの姿に勇気づけられた。

「きっとユーチューブがなかったら沈んだままだったかもしれない。事故前から動画配信には興味があったのですが、改めて僕も多くの人に勇気を与えられるような動画を作っていこうと思ったんです」

 そう強く決意した真大さん。約半年にわたる北海道での治療を終え、千葉県内に引っ越したタイミングで、本格的に動画制作に取り組んだ。

「最近は、家族で東京ディズニーシーに出かける様子や、娘と遊ぶ様子も投稿していますが、中でも妻が登場する動画の反響は大きいですね。『夫が障害者になった妻の壮絶な1日ルーティン』は、630万回以上も再生されました」

 他人に見せることを躊躇(ちゅうちょ)しがちな日常の生活や苦しい胸の内を赤裸々に配信。視聴者は介護の現状を知る一方でいつも笑顔が絶えない家族の姿に胸を打たれる。

 しかし当のまみこさんは、「たくさんの人に見てもらえてうれしい反面、美談としてもてはやされるのは、違和感があって……」と遠慮がち。それには訳があった。

「不定期ながらポートレートモデルとしても活動しているんですが、写真を見た人から“あれ、この人ってユーチューバーの妻で、苦労人だよね”と思われたくないんです」

事故後「仲がよくなった」

 つい世間は「糟糠の妻」のイメージを押しつけがちだが、介護も生活の一部。まみこさんは、介護者ではなくあくまで「まみこさん」なのだ。

 まみこさんは夫婦関係の変化を次のように述べる。

「おかしな話ですが、事故後、仲がよくなったんです」

 ふたりの出会いは、'16年2月、行きつけの居酒屋だった。

 '18年4月に婚姻届を提出、3か月後には娘が生まれた。

「とにかく真大さんは、アクティブな人。仕事も忙しく、家も空けがちなので、家事や育児はワンオペ状態。ケンカも絶えなかった(苦笑)。しかし事故後は、必然的に一緒に過ごす時間が増えて、夫婦仲もよくなっていったんです」

 真大さんも自らを省みつつ、次のように語る。

「それまでは仕事が最優先でした。死に直面してからは、残りの人生は自分にとって大切な人と過ごしたいと考えるようになりましたね。脊髄を損傷すると、普通の人よりも平均寿命は短いといわれているので、なおさらです」

 また介護をしてくれる家族以外にも、他者の優しさをより感じられるようになった。

動画のままの明るく温和な人柄の真大さん(左)とまみこさん

「知らない人でも僕が車いすで困っていたら、すぐに声をかけてくれますね。また介護士さんは、排便の処置も嫌な顔ひとつせず、丁寧にやってくれる。なのに“介護士の収入は低いから自分に自信が持てない”なんて言うので、聞いていて切なくなりました」

 家族のサポート、人の優しさ、そして同じ障がいのある人の動画に支えられた真大さん。次に誰かを支えるため、新たなビジネスを画策中だ。

「人手不足の介護施設とヘルパーさんを仲介するマッチングサービスを作りました。介護業界は人材不足が深刻。しかも現場で働く介護士の賃金は低い。そんな問題を解決しながら、介護業界を変えていきたい。そして動画を通して、同じように障がいのある人の力にもなりたいですね

 この障がいは使命──真大さんは語る。

 いつどこで誰が事故に遭い、ときに障がいを負うかわからない。冒頭の動画には次のような一節もある。

《当たり前のことなんてこの世に存在しないんだ》

 絶望の淵に立ってもなおも明るく、力強く進み続ける真大さんの言葉は重い。

車いすユーチューバー●柏瀬真大(かしわせ・まさひろ)さん(31)●'19年、自転車事故で脊髄損傷、車いすに。ユーチューブやSNSにて動画などを発信。介護施設とヘルパーをマッチングするアプリの開発を行う。
Twitter:@kasshiiiiiii
Youtube:「かしわせチャンネル」

(取材・文/アケミン)