事件現場となった母子宅(左手)には、竹春容疑者が着ていたとみられる黒色の上着が干したままで

「あの母子の部屋からは、ケンカする声も何かを投げつけるような物音も聞こえたことはない。母子とも静かに生活していたので虐待があったなんて驚いた」

 と容疑者宅近くの女性住民は話す。

 実の母親(76)にやけどを負わせたとする傷害の疑いで6月24日に警視庁に逮捕された会社員・松井竹春容疑者(54)は、築30年近い木造アパートで母親と2人で暮らしていた。住宅街が広がる東京都足立区西新井本町の一角にあり、2DKで家賃は約7万円弱。

 冒頭の女性住民によれば「母子は少なくとも10年ぐらいはあの部屋に住んでいるが、過去に目立ったトラブルはなかった」といい、部屋は常に静かだった。

 その部屋で今年3月上旬、母親の両足のひざから下にあたる下腿(かたい)部に全治約3か月のやけどを負わせたのが竹春容疑者だ。

「3月末になってから“母親が動かなくなった”と自ら119番通報したのが逮捕のきっかけ。搬送先の病院が診察したところ、母親の足には10か所以上のやけど痕があり、最も大きな傷は直径約10センチにもおよぶものだった。また背中には床擦れができていて、しばらく寝たきりにさせられていたことがうかがえた。どのような凶器と方法でやけどを負わせたかは捜査中だが、歩いたり立ち上がったりできないように足を狙って虐待を繰り返し、介護放棄していた可能性がある」(全国紙社会部記者)

 病院が通報して事件は明るみに出た。

 しかし、竹春容疑者は、

「母親が自分でやったと思う」

 と容疑を認めていない。

 なぜ、母親は足をやけどさせられたのか。

 同じアパートの住人は、直近の様子についてこんな話をする。

「今年2月ごろの日中、おばあちゃん(母親)が急に訪ねてきたんです。いきなり“前にこの部屋に住んでいた人の連絡先を知ってるでしょ! 教えてよ!”と言う。前の住人とは入れ違いだから面識があるはずもないし、そう説明したんですが、少し怒りながら話すなど様子がおかしかった。かわいらしいおばあちゃんだったのに、あれっ、どうしたんだろうと思って」

 複数の近隣住民によると、「母親は認知症を患ったのではないか」という。

 もともとは温厚で気遣いのできる女性だった。アパートの廊下など共用部分をいつも自発的に掃き掃除し、外出先で会うと「いまから×××に行くの」などとにっこり笑った。家族旅行のちょっとした手土産をわたすと、翌日にはお返しの菓子折りを持ってきた。母親自身は旅行にいけていなかったようで、近隣で手土産をもらった住民はいない。

アイドルの写真集を処分していた

 前出のアパート住人が続ける。

「母子が一緒に歩く姿は見たことがないんです。いつも行動は別々でした。おばあちゃん(母親)は以前から足が悪く、ひとりで杖(つえ)をついて病院に通ったり、近所のスーパーまで買い物に出かけていました」

 自宅玄関前には母親が使っていたとみられる杖が2本立てかけてあった。母親は握り部分のしっかりしたこの杖をつき、リハビリも兼ねて歩くことを諦めなかった。

自宅アパートの玄関前には容疑者の母親が使っていたとみられる杖が2本あった

 その様子をよく目撃していた近所の男性住民はこう話す。

「人の何倍も歩くのが遅かった。ゆっくりと少し歩いては休み、また歩き出してといった具合。しかも真っすぐ歩けていなかったので、息子さんが一緒に買い物に行ってやればいいのにとずっと思っていたよ」

 こうした証言を裏づけるように、周辺で母子のツーショットを見た住民は見つけられなかった。50代にもなれば母親と行動をともにする気恥ずかしさもないだろうし、むしろ手を引いてあげてもおかしくない。

「要するに親孝行じゃないんだよ。育ててもらった恩を忘れているんだろう」(同男性)

 仕事にかまけて母親の世話がおろそかになったわけでもなさそうだ。

 事件の速報を受け、竹春容疑者が会社員だったことに驚いた近隣住民もいる。

「恰幅(かっぷく)がよく、黒いトレーナーとだぶだぶのジーンズを履いて自転車で出かけるのをよく見かけた。ペットボトルの空容器をぎっしりと詰めた大きなビニール袋を2、3袋抱えていたので廃品回収の仕事などで臨時収入を得ているものと思い込んでいた」(同住民)

 さらに気になる情報も……。

 今年3月、病院からの通報を受けて警察が捜査に着手する直前、容疑者とみられる男が自宅から大量のごみを出したという。

「ごみ集積場にまとめて10袋ぐらい出していた。あまりに量が多いので何を捨てているのか見ると、古本とかアイドルの写真集みたいなものを本来は資源ごみとして出さなきゃいけないのに一般ごみとして処分していた」(同住民)

 事件との関連性は不明だが、時期がかぶる点が気にかかる。

 母親はやけどさせられた疑いが浮上した3月末以降、自宅には戻っていない。逮捕までの約3か月、竹春容疑者はひとりになった静かな部屋で何を思っただろう。幼きころ、聞き分けのない自分に母親はどう接したか──。そこに思いはおよんだだろうか。

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する