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「熱中症予防のために、汗をかいたら塩分を補給しましょう」今の季節によく聞くフレーズだが、高血圧の専門医によると通常では塩分摂取が必要になることはまずないという。ではなぜこの時期、塩分補給の商品が店の棚に多く並んでいるのか。そこには、メーカーのある「仕かけ」があるという……。

医者が頭を悩ます「夏の塩分補給」

 暑い夏は汗をたくさんかくからか、少ししょっぱいもののほうがおいしく感じるという人もいるだろう。テレビでも熱中症対策には塩分をとるといいと呼びかけていて、ドラッグストアの店頭には塩あめや塩タブレット、塩分を含む清涼飲料水など、塩分補給をうたった商品が多く並ぶ。「夏の暑い日に塩分補給」はすっかり定着したといえるだろう。

 ところが、高血圧専門医たちは、この塩分補給は命とりになりかねないと危惧しているという。

「夏は汗をかくのでたしかに水分補給は必要です。ただ、汗に含まれる塩分はさほど多くはないので、多少の汗なら、あめや飲み物から塩分をとる必要はまったくありません」と話すのは、高血圧専門医の日下美穂先生だ。

「『熱中症対策に塩分補給を』というようなCMも流れますが、かえって身体に悪いのでやめてほしい。実際、熱中症対策になって身体にいいと思い込み、塩分の入った飲み物を飲んで血圧が上がってしまう人がかなりの数いるんです。子どもにも飲ませているので危険です。高血圧専門医の間でもよく話題になるのですが、みんな頭を悩ませています」(日下先生、以下同)

 補給が必要なのは塩分ではなく、水分だという。では、なぜ「熱中症対策に塩分補給」といわれているのだろうか?

塩分補給は国が推奨している?

 熱中症対策として塩分補給をうたっている商品は数多くあるが、そのなかでもよく目にするのは塩の入った清涼飲料水ではないだろうか。複数の大手メーカーから発売されていて、“おいしい熱中症対策飲料”として人気が高い。

 それらの商品パッケージやホームページを見てみると、「熱中症対策として厚生労働省が推奨している塩分量が入っている」といった文言が書かれている。どうやら、「熱中症対策に塩分補給」といっているのは厚生労働省のようだ。しかし、よく調べてみるとメーカー側のある仕かけが見えてくるという。

 たしかに厚生労働省の「職場における熱中症予防対策マニュアル」では100mlあたり食塩相当量0・1~0・2gを含む飲料を推奨している。ただし、マニュアルでは作業環境など、さまざまな条件はあるが、基本的には暑さ指数が基準値を超えた場合や発汗時、また嘔吐や下痢などで脱水傾向にある場合に塩分補給をすすめている。

 暑さ指数というのは、単純な気温だけでなく、湿度や日差しの強さの違いといったことも考慮した、熱中症予防のための参考数値。高いほど熱中症リスクが高くなるのだが、室内にいて冷房をつけていれば、マニュアルで塩分補給をすすめている条件になることはまずない。

おいしいからつい飲んでしまう

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 ところが、先述の商品パッケージやホームページには、暑さ指数のことが書かれていなかったり、発汗時だけでなく平常時にも適していると書かれたりしている。

「これでは、どんな場合も塩分補給したほうがいいんだと誤解する人がいてもおかしくありません」

 しかも、日本人はもともとしょっぱいものが好きな人種。おいしいのでついつい塩入りドリンクを買って飲み、それを受けてメーカーも次々に新商品を開発……その結果、「熱中症対策に塩分補給」という認識がこれほど広まったのだろう。

「CMなどから、夏は塩が足りないというイメージを持っている人がいるようですが、それは間違っています。私たち専門医は、どうやったらメーカーの広告に影響されずに、塩入りの商品を控えてくれるか、苦慮しています」

日本人はそもそも塩分をとりすぎ

 国立健康・栄養研究所の栄養調査によれば、20歳以上の日本人の1日の食塩平均摂取量はおよそ10g。アメリカやオーストラリア、韓国などと比べても多いことがわかっている。なお、WHO(世界保健機関)が推奨しているのは1日5g未満だ。

 すでに食塩を10gとっている日本人が、塩あめや塩タブレット、塩入りの清涼飲料などをとれば、食塩過多はさらに進む。

 塩分を必要以上にとり続けていると血管が傷ついて高血圧になり、自覚症状がないまま動脈硬化が進行する。怖いのは脳梗塞や心筋梗塞、慢性腎臓病など命に関わる病気になるリスクも高まることだ。

「高血圧でなくても、もともと心臓が悪い人が食塩をたくさんとって心不全になれば身体がむくみ、呼吸が苦しくなって命に関わることもあります。また、腎臓が悪い人は腎臓の働きがさらに悪くなり、人工透析が必要になることもありえます」

熱中症対策は水やお茶が正解

「汗をかくと体内の水分が失われ、脱水症になります。特に血液の中の水分が減るため、血圧が下がりすぎれば倦怠や意識朦朧の原因になります。そのため、なにより大事なのは水分の補給です」

 また、脱水症になると汗を出して身体の温度を下げることができず、身体に熱がこもって熱中症になるという。

「普段は1日に1・5~2Lの水分補給の必要がありますが、夏に外で身体を動かしているときはそれより多く、水やお茶をとるよう心がけましょう。また、例えば、激しい運動などをして、1時間で急激に2~3Lも汗をかくような場合は適切な塩分摂取が必要になります。普通に生活していたり、ちょっと運動するぐらいでは塩分は必要ありません」

 熱中症予防の原則は、きちんと食事をとり、水分補給をしっかりして、身体を冷やすことだ。また、熱中症対策にスポーツドリンクを飲む人も少なくないが、これは適切だろうか。

「スポーツドリンクに含まれる塩分は、実は塩分補給をうたっている塩入りの清涼飲料水とほとんど同じなので要注意です」

 しかもスポーツドリンクは糖分も多いので二重に注意が必要だという。

「スポーツドリンクは甘じょっぱいのでのどが渇き、ついつい飲み続けてしまうため、知らず知らずのうちに結構な量を飲んでいることが多いです。夏場にスポーツドリンクを飲んで糖尿病が悪化する患者さんは多いのです。熱中症の対策としては、やはり水やお茶が適切です」

 熱中症にならないようにとよかれと思ってやっていることが結果的に、高血圧や糖尿病、心不全や脳卒中につながるのでは本末転倒だ。今年の夏からは“おいしい熱中症対策”ではなく“適切な熱中症対策”を心がけたいものだ。

日本人はWHO推奨量の2倍も塩分をとっている!

 WHOは塩の摂取量を成人は1日5g未満にすべきとしているが、日本人は成人男性が平均10.9g、成人女性が平均9.3gの食塩を摂取している。

出典 厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査の概要」より

専門医がすすめる補給すべきもの

〜NG〜

・塩あめ
・塩タブレット
・塩入りドリンク
・スポーツドリンク

〜OK〜

・水 
・お茶

※心臓病や腎臓病のある人は水分のとりすぎに注意が必要なので、主治医にご相談ください。

日下美穂先生

 教えてくれた人……日下美穂先生 ●日下医院院長。専門は高血圧、循環器系の生活習慣病、腎臓病。広島県呉市で減塩活動に取り組む。共著に『魔女の幸せ100年レシピ 本当に美味しい減塩レシピ教えます』(ソルコンクラブ)。

〈取材・文/山田 恵〉