市村正親と篠原涼子

 東京オリンピック開幕に日本中が沸いている最中に発表された篠原涼子・市村正親夫妻の離婚。‘05年に結婚し、’08年には長男、‘12年には次男を出産し、これ以上ない幸せを手に入れていたはずだった――が“予兆”はあった。

「篠原さんが友人男性やママ友たちと“夜遊び”する姿が何度も週刊誌にキャッチされていましたからね。16年には江口洋介さんと深夜まで2人でデートしていた……なんてこともありましたし」(スポーツ紙記者)

 昨年8月には別居報道も。

事務所は“コロナの家庭内感染対策”と説明していましたけど、中学生と小学生の子どもを残して、母親が1年以上家に帰って来ないのは何かがあったってこと。でなきゃ別居なんてしませんよ」(情報番組スタッフ)

 だが、2人の子どもの親権は“市村が持つ”という発表には驚きの声が上がった。

「いまも舞台で主演を張るとはいえ、市村さんは72歳。7年前には胃がんも患っていますから体調面でも気をつけることは多いはず。普通に考えたら、親権は篠原さんだろうと思うんですが……」(同・情報番組スタッフ)

 別居以前から、子どもたちの面倒は市村が見ることが多く“ワンオペ”状態だった。2人を知る舞台関係者が言う。

次男が幼稚園に入ったくらいから、篠原さんがそれまで年に1本程度だったドラマや映画の仕事を立て続けに入れるようになったんです。必然的に市村さんが子どもの面倒を見る時間が増えていって

 市村は、とにかく子煩悩で知られている。

「あれはもう溺愛と言っていいですね。仕事場でも“早く一緒に舞台に立ちたい”と口ぐせになっていたくらい、片時も頭から離れないんですよ」(同・舞台関係者)

夜遅くまで出歩く篠原

 篠原も、もちろん子どもは何よりも大事だった。

「でも……やっぱり女優という仕事が好きなんでしょうね。ここ何年かは、篠原さんの役目は息子たちの学校行事に顔を出すくらいだったそうですから」(同・舞台関係者)

 家族のあり方――人生の価値観を巡って衝突することも。

「市村さんは“子どもが小さいうちは、できるだけ母親がそばにいてほしい”という考えで。篠原さんは逆に“男の子は親がベタベタしないほうがいい”と。“仕事を断り続けたら居場所がなくなる”という焦りもあったのかも」(同・舞台関係者)

 “仕事の付き合いだから”と、母である篠原が子どもを置いて夜遅くまで出歩くことも、市村は内心許せなかった。

「離婚を切り出したのは篠原さんだといいます。市村さんは“したいようにすればいい。その代わり、子どもたちとは俺が暮らす”って。最後は篠原さんが折れた」(同・舞台関係者)

 マスコミに送った離婚発表コメントの行間には、そんな市村の思いがにじんでいた。

《涼子は(中略)子育ての傍ら皆様のご支援により活動再開しまして、徐々に出演作も増え活発になっていきました。(中略)作品が続いたことで別居が基本スタイルとなり、夫婦、親、互いに役者として、新たなカタチを考えるようになりました》

 新たな形の行く末は――。