27年目にして初めて「好きなアナウンサーランキング」にランクイン、3位となった藤井貴彦アナ(写真:日本テレビ提供/東洋経済オンライン)

「命より大切な食事会、パーティはございません」
「感染者数に一喜一憂しないでください。この数字は2週間前の結果です。私たちは2週間後の未来は変えることができます」 

 日本テレビの夕方のニュース番組で藤井貴彦アナウンサーが発信するメッセージは、連日多くの視聴者の心をとらえ、反響を呼んでいます。こうした報道姿勢が支持を集め、2020年には好きなアナウンサーランキングに27年目で初めてランクイン、3位となった藤井アナ。 

 彼の初の著書『伝える準備』では、日々実践している“思いが伝わる言葉のつくり方“を、豊富なエピソードとともに紹介しています。本稿では同書より一部を抜粋・編集しお届けします。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

本番中「ノート」に書き留めておくこと

 夕方のニュース番組が終わると、私のデスクに後輩たちが集まってくれます。そこに神社があったからとりあえずお参りする、という感覚に近いのでしょうか。

 もちろん、私にお参りしてもご利益はありません。ただ、その表情がきらきらしていたり、自分の放送に納得できず悔しそうだったり。せっかく集まってくれるので、こういう時こそ何か言葉を贈ってあげたいですよね。

 もちろん、下手なことは言えませんので、普段から後輩の仕事をしっかり観察して準備しておきます。具体的に私が準備しているのは「もし聞いてきたら、こんなことを言ってあげたい」というリストです。

 そのリストは、本番中のわずかな合間に手元のノートに書き留めていくのですが、最近は私がそのノートを取り出す動きを後輩が目ざとく見ていて、とってもやりにくい(笑)。なお、そのリストは後輩が聞いてこなければ、記録として残すだけです。

 さて、どんなことを書いておくかというと、例えば、「ニュースの読みが単調になってしまう原因とその解消法」などですが、それを伝えたところで後輩がすぐに弱点を克服できるわけではありません。

 このノートの役割は、どちらかというと、以前のアドバイスとどれだけ重なっているか、同じことを言われてモチベーションを失わないか、を確認することにあります。ですから「アドバイスしすぎないように」注意するという意味で活用しています。

 もともと私は、言葉の瞬発力だけはありました。しかし、その言葉を選びきる慎重さに欠けていたと思います。手元の一番近いところにあるまあまあの言葉をさっと掴んで、後輩に手渡す。

 こちらとしてはできるだけ早く、タイムリーに、と思って発した言葉なのですが、そんな時はだいたい、後輩の表情が曇っていました。みなさんも、その時の感情で言葉を発して後悔した経験はありませんか。

アドバイスの準備が「できていない」ときは?

 例えば「あの仕事どうでしたか?」と不意にアドバイスを求められた場合、「よかったよ」という言葉だけでは足りないことは、自分でもわかります。

 だからこそ、内心焦りながら多くの言葉を追加していくのですが、その言葉の多くが「練られていない」ものであることが相手に伝わると、途端にアドバイスの効果は薄れます。

 後輩は、自分自身へのアドバイスを求め、成長しようとしているのですから、普段の何倍も集中して話を聞いています。

 また、自分を理解したうえでのアドバイスかどうか「品定め」すらしています。だからこそ、真剣勝負には、相手を上回る準備が必要だと考えています。

 なお、アドバイスの準備ができていない時、私は、「今度しっかり見直しておくから時間をくれないか」と言ってしまいます。その場しのぎの言葉が届かない「冷や汗」を何度もかいてきたからです。

 結局、よりたくさんの時間を使って言葉を練り、アドバイスすることになるのですが、それならば、普段から準備をしておきたいと考えるようになったのです。

 一方、今では親子ほどの年齢差がある後輩と多く仕事をするようになりました。ですから私のアドバイスは、効きすぎるか、意味不明かのどちらかでしょう。私なりにそんなリスクを感じ取り、始めた行動が、「言葉を寝かせる」ということでした。それが先ほどのノートにアドバイスを書くリストアップ作業にもつながっています。

 実際に寝かせてみると、わかることがたくさんありました。アドバイスしようとしていた言葉がむき出しだったり、ほころびがあったり。そのまま伝えていたらどうなっていただろうと、怖くなります。今では、寝かせて冷静になったところで、再び言葉を選びなおしています。

後輩へのアドバイスの例

 例えば、後輩のニュースの読み方について「高い音が続いて聞きづらい」という印象を持ったとします。でも、この印象をそのまま伝えると後輩は混乱します。それはそうです。生まれてからずっと同じ話し方なのに、それがおかしいと言われるのですから。

 その混乱を前進に変えるためには、こちらが言葉を選びなおす必要があります。そこで、「高い音が続いて聞きづらい」という先ほどの言葉を一日寝かしてみます。すると翌日、不思議と別の言葉が浮かんできます。自分の視点やスタンスも変わっているからかもしれません。

 例えば、

「高音を効果的に使うために、低音を増やしてみよう」

「高音を出すのは疲れるから、自分にも優しい低音を使おう」

「実はあなたのストロングポイントは、低音だ」

 といったように、同じ意味でもひと工夫することで伝わり方が大きく変わってきます。

 ネガティブな表現を使わず、後輩の背中を押してあげるように言葉を選ぶ。みなさんにも必ずできます。

 ここで少しだけ別のお話をしますが、私の母は、なぜか洋服を作れます。私は子供の頃、サッカー少年団に入っていて、練習で使う短パンも母が簡単に手作りしてくれました。

ボタン選びと言葉選び

 あの頃は「みんなと同じメーカー品がいい」と親不孝なことを言っていましたが、何でも作れてしまう母親を、子供ながらに「すごいなあ」と思っていました。

 ある時、母親が布や糸を買いに行くというので、ついて行ったことがありましたが、そのお店で見つけたのが驚きの風景。

 目の前に広がる「ボタンだけで埋め尽くされた1フロア」でした。丸いもの、四角いもの、星形のもの。

 ボタンの入った引き出しを、お客さんそれぞれが開けて覗いています。色も無数にありました。

 私もいくつか手に取りましたが、こんなボタンはどんな服に合わせるのか、と考えるだけで面白かったものです。

『伝える準備』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

 このボタン選びに通じるのが、言葉選びです。どのボタンも、左右を留める役割は果たします。しかし、それが服に合うボタンかどうかは別問題です。ボタンとしての仕事を果たしたうえで、服を着る人も喜んでくれるボタンはどれか。

 言葉を選ぶ準備とはたくさんの言葉を引き出しに集めておいて、その人にフィットする言葉を見繕い、最後に一つに絞ること。

 まさか、母親の洋裁が言葉のチョイスに生きるなんてびっくりです。

 先日も私の家のカーテンを作り替えてくれるというので、実家に行きました。母親は今でも、ミシンを操っていろいろと作り出しているのです。生地の厚みに合うミシン針と糸はどれかと繰り返し、納得のいく縫い目を追い求める。まさに「私の原点、ここにあり」でした。

 言葉のチョイスにこだわりすぎて後輩を困らせないようにと、心に誓いました。


藤井 貴彦(ふじい たかひこ)日本テレビアナウンサー
慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、1994年に日本テレビに入社。スポーツ中継からバラエティ番組まで幅広いジャンルの番組で活躍。現在は平日夕方放送の「news every.」のメインキャスターを担当。