新型コロナウイルス感染症対策分科会は、東京都の人流を5割減らす必要があると指摘

 新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が止まらない。

 8月12日、コロナ感染症対策分科会は、人流の5割削減、および飲食店に加え、百貨店地下の食品売り場(デパ地下)やショッピングモールへの人出を強力に抑制することを政府に求めた。

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 私は、この提言を聞いて暗澹(あんたん)たる気持ちになった。合理性がなく、世界標準とかけ離れた提言だからだ。

 デルタ株の出現により、先進国では感染者が拡大している(図1)。ところが、規制を強化しているのは日本だけだ。渋谷健司・元キングスカレッジ・ロンドン教授は、「欧州は社会経済を回しながら実証的データを取り、対策を科学的にグレードアップしている」という。

図1(東洋経済オンライン)

人流と感染者数の明らかな相関

 日本に足りないのは合理性だ。コロナ感染症対策分科会が求めた規制には、どの程度合理性があるのだろう。図2は、東京都の新規感染者数とターミナル駅の人流減少率の関係を調べたものだ。私が理事長を務める医療ガバナンス研究所の研究員である山下えりかが作成した。一見してわかるように、人流と新規感染者数に明らかな相関は見られない。

図2(東洋経済オンライン)

 これは当然だ。コロナ感染にはホットスポットが存在する。やみくもに人流を抑制するのは非効率だ。コロナについて、十分な情報がなかった流行当初ならともかく、今頃になって議論する施策ではない。検査を徹底し、ホットスポットを同定したうえでの重点的な介入が必要なのである。

図3(東洋経済オンライン)

 ところが、日本はいまだに検査を抑制している。図3は主要先進7カ国(G7)および台湾の検査数の推移だ。日本の人口1000人当たりの検査数は0.71件(8月11日)で、最も多いイギリス(10.97件)の15分の1だ。

 さらに、注目すべきは台湾(0.79件)の検査数にすら劣ることだ。水際対策に成功してきた台湾は、国内に感染者がいないため、検査体制を強化してこなかった。ところが、国内に感染が拡大した5月以降、検査体制の整備に乗り出し、わずか2週間で日本の検査数を追い抜いた。そして、約2カ月で感染を収束させた。

 このことは、その気になれば、検査数は容易に増やすことができることを意味する。日本政府は意図的にサボタージュしていたのか。感染症対策の基本は検査・隔離だ。基本を外した対策は失敗する。

クラスター対策にいつまでこだわるのか

 検査体制だけではなく、クラスター対策も的が外れている。厚生労働省は、3密(密閉、密集、密接)を問題視し、全国の保健所を動員して、濃厚接触者探しに明け暮れた。コロナ感染症対策分科会の委員を務める押谷仁・東北大学大学院教授は、2020年3月22日のNHKスペシャル『“パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』に出演し、「すべての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」と述べたくらいだ。

 ところが、後述するように、コロナ感染の主体は、いまや濃厚接触者からの飛沫感染ではなく、空気感染であることが明らかとなっている。両者の予防に必要な対応は異なる。クラスターさえ見つけていれば、制御ができるという発言は科学的に間違っている。

 しかるに、厚労省はいまだに方針転換をしていない。厚労省の「新型コロナウイルス感染症対策」というサイトには「変異株に対応するための感染対策」として、「マスク着用、手洗い、『密』の回避など、基本的な感染対策の徹底をお願いします」とあり、申し訳程度に「室内では換気をよくして」と書かれている。

 筆者が、厚労省の感染対策の問題を象徴すると考えるのは、東京五輪で採用された「バブル方式」だ。選手や関係者の行動を競技会場、練習場、選手村・ホテルなど最小限に制限し、移動は専用車両を用いることとした。違反した場合には、制裁金や出場停止などの処分を課す。感染者との接触を断つことを、「バブル」になぞらえているのだが、五輪開幕前から感染者が続出し、「『バブル』の防御限界」(毎日新聞7月23日)などの批判を浴びた。これに対し、東京五輪組織委員会は、「15分ルール」を撤回することで対応した。

「15分ルール」とは、『アスリート・チーム役員公式プレイブック』で認められている、15分以内の単独での外出のことだ。東京五輪では、選手やスタッフの外出には、監視スタッフの同行が義務づけられているが、15分以内は例外的に認められていた。組織委員会は、「バブル」崩壊は、このような規制緩和が原因と考えたのだろう。

飛沫感染だけでなく空気感染している

 この主張は合理的でない。空気感染の存在を無視しているからだ。「バブル方式」は、コロナ感染には感染者との接触が必須であることを前提としている。これは、唾による飛沫感染を重視する従来の厚労省の姿勢を踏襲したものだ。

 ところが、前述したように研究が進み、感染の多くがエアロゾルを介した空気感染によることが明らかになってきた。エアロゾルは、最低で3時間程度、感染性を維持しながら空中を浮遊し、長距離を移動する。検疫のための宿泊施設で、お互いに面識がない人の間で感染が拡大したり、バスや航空機の中で遠く席が離れた人が感染したりするのは空気感染が原因だ。

 SARSウイルスは空気感染することが証明されており、その類縁ウイルスであるコロナが空気感染しても、まったくおかしくない。エアロゾルの専門家たちは、流行早期から、この可能性を指摘してきたが、実証研究を重視する臨床医学の世界でコンセンサスとなるには時間がかかった。

 コンセンサスとなったのは、イギリスの『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』が4月14日に「コロナ空気感染の再定義」、同じくイギリス『ランセット』が5月1日に「コロナが空気感染することを示す10の理由」という「論考」を掲載した頃だ。

 その後、7月6日には、世界32カ国の科学者239人が、「 世界保健機関(WHO)や各国はコロナが空気感染で拡大することを認識すべき 」 との論考を、アメリカの『臨床感染症学誌』に発表した。アメリカ・テキサスA&M大学の研究者らが、アメリカの『科学アカデミー紀要』に「空気感染こそ、コロナ感染拡大の主要なルート」という論文を掲載するなど、空気感染がコロナ感染拡大の大きな要因であることは、いまや医学界のコンセンサスだ。

 だからこそ、テニスの全豪オープンでは、飛行機の同乗者に陽性者が出て、錦織圭選手ら全員が2週間の隔離となった。これは空気感染を考慮したからだ。

 コロナが空気感染するなら、これまでのクラスター対策一本槍の感染対策では不十分だ。「バブル方式」を厳格に実行しても、必ず感染は起こる。五輪会場や選手村には、業者などさまざまな人々が出入りし、もし彼らの中に無症候感染者がいたら、エアロゾルを介して感染が拡大するからだ。

 案の定、東京五輪では多数の感染者を出した。8月16日現在、540名の感染が確認され、このうち選手は28人だ。東京五輪関係者は数万人だろうから、感染率は1%前後だ。これはかなりの感染率だが、大部分のケースで感染経路は不明だ。「バブル方式」下での感染だから、感染経路の多くは空気感染の疑いが濃い。

空気感染のリスクをどう減らすかが議論されていない

 空気感染を防ぐには、換気するしかない。ところが、このあたり、ほとんど議論されていない。これは大きな問題だ。なぜなら、真夏の日本で換気を強化するのは難しいからだ。

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 外気と比べ、低温の空気が低層に貯留する夏場には、5分間、窓を全開にしても、入れ替わる空気は約3割にすぎない。サーキュレーターやレンジフードを稼働させてもせいぜい7割だ。感染対策にはこまめに換気するしかないが、どの程度の実効性かははっきりしない。

 現在、世界が試行錯誤しているのは、いかにして換気効率を高めて、空気感染のリスクを減らすかだ。そのための研究が世界中で進んでいる。このあたり、日本でほとんど議論されていないこととは対象的だ。そして、いまだにじゅうたん爆撃に近い「人流抑制」や、飛沫感染を対象とした「3密対策」を続けている。科学的に合理的でない対応は必ず失敗する。コロナ対策は、科学的なエビデンスに基づき、抜本的に見直さなければならない。


上 昌広(かみ まさひろ)Masahiro Kami  医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。