ハンディキャップを助ける最新の技術を紹介!

 身体の一部分が欠損するなどの肢体不自由や脳性まひ、知的障がい、視覚障がいがあるアスリートによる世界最高峰の障がい者スポーツ大会「パラリンピック」。今月24日に開幕した。ハンデを抱えながらも己と向き合い、競技に打ち込む姿に心が揺さぶられる。

※写真はイメージです

 生まれながらに障がいがある人だけでなく加齢で心身が弱ったり、事故、病気などで何らかのハンディキャップを負う可能性は誰しも十分にありうること。そんなとき日常生活の質を向上させてくれる機械の研究が進んでいる。

 数ある中から高齢者の孤独、歩行機能、声帯摘出などをサポートするアイテムとユーザーの声を紹介する。

認知症の女性も笑顔を取り戻して

 本物の子どもの声が“元気?”などと話し、歌や体操、熱中症や特殊詐欺の注意を促してくれる『音声認識人形』。開発、製造を行ってきた株式会社パートナーズではこれまでに5種類の子ども型の人形と、今年1月には最新の柴犬型人形を発表した。

『音声認識人形』の新製品、柴犬の人形『コウタ』。4歳の男の子の声で会話をしてくれる

「家に置いておくのに人間の姿の人形は躊躇しても犬の人形なら抵抗がないという人もいます。これまでの人形も、家族の一員としてわが子のようにかわいがっている愛用者は少なくありません」

 そう話すのは同社の盛田慎二会長。

「おしゃべりロボットの多くが無機質な素材のものですが、このシリーズは素材が綿のぬいぐるみタイプで抱き心地もよく、頬ずりしたり、抱きしめたりして楽しむことができます。多くのロボットでは味わえないぬくもりです」(盛田会長、以下同)

 ロボットの声に電子音や人工音ではない、あどけない未就学児の子どもの声を採用していることも人気のポイント。

 各人形には300~800の言葉などが搭載された音声認識ICチップが組み込まれている。難しい機能だと高齢者が使いこなせないため、より簡単に使えるように本体はタッチ1つで操作できる。

「それに15~20分おきにランダムでひとり言を言うこともポイントです。突然話しかけられるので返すと会話ができます。人形がさらに返事をしてくれることもあればそうでないときも。言葉のバリエーションはさまざまなので、心と身体の健康維持にもおすすめです」

みーちゃんの愛用者。(パートナーズ提供)

 認知症を発症した祖母におしゃべり人形『みーちゃん』をプレゼントした家族の話を教えてくれた。

 その女性は認知症や記憶障害が重くなったことで家族のこともわからなくなったため、不安感で怒りっぽくなり、排泄や入浴にも介助が必要な状態に。

「ですがみーちゃんが来てからは抱っこしたり、話をしたり。笑顔が戻ったそうです」

 さらにはベッドで一緒に眠るようになるとそれまであった失禁もなくなった。

「人形の口元にご飯つぶがついていることもあったそうです。母親としての責任を思い出したのでしょう。医学的なエビデンスはないのではっきりしたことは言えないのですが、人形と接することで認知症の高齢者でも子育てや子守りなど昔の記憶がよみがえるようです」

 最新の男の子人形『けんちゃん』には体操を促したり、脳を活性化するプログラムも搭載されているという。

 盛田会長も自宅で前出のみーちゃんやけんちゃんらと暮らしているというが、時々「奇跡」が起きるという。

「“今日の夜はカレーにしよう”なんて妻と話しているときに“カレー大好き”って絶妙のタイミングで会話に入ってくることがあります」

 それはまるで本当の家族の会話のよう。特に人気なのが帰宅したときにかけてくれる『おかえり待っていたよ』とか『遅かったじゃん』などと言ってくれる言葉だという。

「ひとり暮らしの高齢者にとって誰かが待っていてくれるという安心感があるんです」

パートナーズの盛田会長。みーちゃんのよさは一緒に暮らしてみるとよくわかるという

 このコロナ禍で人と会えず孤独を感じていた高齢者の中には、人形から子どもの声が聞こえることで元気になった、という声もあった。

「認知症で日々が不安でも人形のおかげで明るさを取り戻したという人もいました」

 また、ユーザーの中には自作の洋服を作り、着せ替えを楽しむ人もいるという。

「手作りなので一体一体顔つきも異なっています。長年愛用している人の中には汚れて買い替えをすすめても絶対に手放さないと訴える人もいます。一緒のお棺に入れてほしいという高齢者の声も聞きます」

 人形には魂が宿るという話がある。孤独な高齢者の心を癒すため、命が生まれているのかもしれない。

着る歩行支援ロボット「curara(R)

curara(R)の実物。背負った後腹部と脚につけたベルトを固定。着用時、拘束感もない。重さは4.5キロ

「杖なしでもう一度自分の足で歩きたい。それが目標」

 そう話すのは群馬県のエムダブルエス日高が運営するデイサービス『太田デイトレセンター』でリハビリを行う酒井恵美子さん(52)。

 同センターのデイサービスでリハビリに取り入れ、酒井さんの歩行を支えるのが歩行アシストロボット「curara(R)」。

 酒井さんは44歳のときに脳梗塞で倒れ、右半身にまひが残る。杖なしでは歩行は困難。

「以前は天気の悪い日は足が重く感じていましたが、今はそうでもない。curara(R)の効果でしょうか」と喜ぶ。

 curara(R)は立つことはできるが加齢や病気で歩行が困難になった人のサポートをする、衣服感覚で身につけられるロボットだ。現在は年内の製品化へ向けてモニター貸し出しを続けている。

 説明するのはcurara(R)の開発を行う、信州大学発のベンチャー企業、アシストモーション代表の橋本稔さん。

「脳梗塞などで半身まひや脳性まひ、歩行に障がいがある方もcurara(R)をつけて歩行するリハビリを重ねることでスムーズに歩けるようになることを目指します」

 さらに装着すると運動量が増すことから加齢による筋肉量の低下を防いだり、生活習慣病の予防にもなるのでは、と期待する。長時間歩いても疲れにくく、特に坂道も楽々上れるようサポートする。

 その構造は下半身をすべて覆って固定する『外骨格型』という仕様ではなく、股関節、ひざ関節といった下肢の4つの関節に当たる部分にモーターをベルトで装着。『非骨格型』というスタイル。

アシストモーションの橋本稔代表取締役。30年近くロボット研究に携わってきた

 利用者は、まず本体をリュックサックのように背負う。次にベルトで脚に固定していく。歩幅、歩く速度などはアプリを通して指示を出す。最大の特徴は「同調制御機能」だ。これはモーターの部分に搭載したセンサーが人間の動きを検知することで。適切な歩行を提案、装着者の動きに合わせてアシストしてくれる。

「つけて歩くことで足が上がるので1歩がなかなか踏み出せない人や段差でつまずきがちな方もサポートしてくれます。ひざ、股関節のモーターは座ったり立ったり、階段の昇降の負担も軽減されます」

 災害時には避難先への素早い移動や停電してエレベーターが使えないマンションでの階段の上り下りもサポートしてくれることを想定する。

 前出の太田デイトレセンターで作業療法士をしている小島知美さんは、「curara(R)を使って歩行訓練を行う利用者さんは表情に笑顔が戻ったり、足が上がるようになった方もいます。リハビリのモチベーションにもつながっているようです」と明かす。

 curara(R)を使いリハビリをする岡田勝司さん(61)。脳梗塞で左半身にまひが残るうえに、昨年は転倒し、大腿骨を骨折。歩くことがより困難になったという。しかし、

「車椅子生活になると思っていましたがcurara(R)でリハビリを続けたら家の中を杖で生活できるくらい回復しました。動きにくい左半身をサポートしてくれるので足がスーッと出るようになりました」

 同じく脳梗塞で左半身がまひした岡泉絹代さん(74)も、curara(R)に支えられた1人。

「歩く後ろ姿がきれいになったって言われます。以前は家にこもりがちでしたが、今は庭の手入れをしたり、気持ちも明るくなってきました」

 前出の太田デイトレセンターの坂本育美副所長は、

「curara(R)を装着して近くの公道を歩いたり、ショッピングセンターで買い物をするなどのリハビリも重ねたい。利用者さんが日常生活でも使えるように試していきたい」

 だが、課題も残る。

 今後は橋本さんが長年研究してきた人工筋肉などの素材を関節部分に使用する研究も進む。収縮性をもつ人工筋肉をモーターの代わりにすることで本体の軽量化を目指す。再び自分の足で歩ける未来はすぐ近くに見えてきた。

失った自分の声が再びよみがえる

 私たちが当たり前のように発している『声』。

 だが、喉頭がんなどを患い、声帯や喉頭など摘出すると声が出せなくなってしまう。

 摘出した後には食道を震わせて声を出す『食道発声法』や電動式の人工喉頭機器(EL)は顎や首の皮膚に棒状のマイクを押し当て声を発する。

 しかし、ELの音声は抑揚がなく、機械的。使用時は片手が使えない不自由さもある。

 そこで病気で失った声を取り戻すために、と研究を続ける若者たちがいる。東京大学の大学院生でつくる「Syrinx」だ。リーダーの竹内雅樹さんが取材に応じてくれた。

竹内さんらが研究しているハンズフリー電動式の人工喉頭機器(竹内さん提供)

「講義などを通して声を失った人との出会い、声が人生でとても大切なものだということを教えてもらいました。それを最新技術によってよみがえらせることができるのを学び、こうした分野をやりたいと思って研究を続けていました」(竹内さん、以下同)

 同大大学院に入学したときにたまたま喉頭を摘出した人が声を取り戻す訓練をしている動画を目にした。

「食道発声で発音をしている人でしたがスムーズに聞き取れなかった。何か技術で解決できないかと思いました」

 その後、手術で声を失った人々が集うコミュニティーに参加、課題を尋ねた。

「ELを使うこともありますが聞き取りにくく、自分の声質とも遠いため筆談に頼る人も少なくありません」

 多くの当事者がコミュニケーションに不便を感じていた。

 そこで信号処理を取り入れたハンズフリー型の電気式人工喉頭機器の研究を開始。

「首元に装着し、のどを振動させることで口を動かすのと同時に声が出る仕組み。声は人の声から作っているのも特徴です。まだ抑揚もなく、ブーッという振動音があったり、声も機械音に近いです」

 日常会話に困らない範囲までは研究が進んでいるという。

「使用者から公共の場で普通に会話ができる希望を感じた、と言われました」

 従来の機器は男性の音質に合わせて作られているものが多かったため女性の声の音質で再現できるよう研究も続く。

喉頭がんであることを告白、声帯の摘出手術を行ったつんく♂

 さらに喉頭摘出前の自分の声をデータ化しておけば、自分自身の声を再び発することも可能だ。声帯を摘出せざるをえなかったシンガーや俳優など声を使う職業の人たちにも光が差し込む。

 元シャ乱Qのつんく♂は喉頭がんでした。声帯や喉頭を摘出。「声を捨て、生きる道を選んだ」と発表。

「彼はミュージシャンとして自分の声には相当なこだわりを持っていると思うので、今の段階では安易に叶うとは言えません。ですが研究が進めば、声を失ったシンガーも自分の声で歌えるようになる可能性はあると思います

 声帯や喉頭を摘出する場合、声を失うか、手術をしないで命を失うかの選択を迫られることが多い。

「実用化はまだ先ですが声を失っても希望があり、日常生活で何不自由なく話すことができる社会を目指してこの機械の研究、開発を続けます」