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 2021年8月19日、西武鉄道は運転士が乗務中に一時的に居眠りをしていたと発表して、陳謝した。

 8月18日(水)7時43分頃~46分頃、急行 西武新宿行きの沼袋~下落合駅間で、乗客からの指摘によって居眠り運転が発覚した。

 同社は、再発防止策として「全乗務員に対して当該事象を周知するとともに、お客さまの生命をお預かりしているという職責の重さについて、指導を徹底してまいります」としたが、ネットでは、

<乗務員の経験があります。睡眠時間は少なく、特に通勤時間帯の乗務はお客様同様、乗務員も眠いのです>

 と、睡魔に襲われやすい実態を訴える書き込みもあり、

<こういうのって個人の問題じゃないと思う>

<勤務体制とか見直してくれないと安全は保たれない>

 と、鉄道事業者側の責任を問う声に共感が集まった。

簡単ではない「無人運転化」

 鉄道の運転というのは、ハンドル操作で進路を決める必要もなく、常にアクセルを踏まないと減速・停車するわけでもない。駅を発車して一定速度まで加速すれば、そのまま惰性で進み続ける。運転操作が少ないため、そもそも眠気に襲われやすく、自動車の運転とは根本的に異なる。

 鉄道の居眠り運転は昔から起きており、そのたびに、今回の西武鉄道が掲げたような再発防止策が実施されてきた。

 昔と異なるのは、乗客が写真や動画を簡単に撮れる時代になり、停車駅通過やオーバーランに至らなくても、広く世間に知らされるようになったことだ。

 鉄道会社の事故担当にとっては、ヒューマンエラーの再発防止策は悩ましいもの。車両機器などと違い、修理や取替、改良工事などの対策が取れず、抜本的な対策が難しいためだ。

 抜本的な対策としては、眠気に襲われる人間に運転を任せず、無人運転化することが考えられる。しかし、それは簡単ではない。

 新交通システムの「ゆりかもめ」などは、人などが線路内に容易に立ち入ることができない高架構造で、ホームドアが整備されており、係員が乗務しない自動運転で運行されている。

 一方、一部の地下鉄で実現しているのは、走行時の速度制御などは自動だが、列車起動、ドア扱い、緊急停止操作、避難誘導などを運転士が行う半自動運転である。

 人手不足の問題もあり、JRや私鉄でも自動運転を進める。しかし、それは無人運転を目指すものではなく、運転士の業務を大幅に軽減させるものだ。異常時の対応に課題が多く、最初から無人運転が前提として建設された新交通システムは別として、既存の路線を無人運転にするのは難しい。

 無人運転でなくても、乗務員の育成が簡略化できればメリットは大きく、各社で試験を進めている。

福知山線脱線事故の運転手も…

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 再発防止策として「指導を徹底」するにしても、相手を追い詰めては逆効果になる。その教訓が、2005年に発生した福知山線脱線事故である。

 この事故は、設備の不備などもあるが、直接の原因は運転士の操作ミス。塚口駅~尼崎駅間のカーブに大幅な速度超過で進入して、脱線転覆してしまい、107名(運転士含む)が死亡した事故である。

 当該の運転士は、事故の2年前、見習い車掌の指導車掌として乗務したときに居眠りしているのを目撃されている。さらにその1年後には、片町線の下狛駅でオーバーランを起こし、当初は「ブレーキを緩めて行き過ぎた」と説明したが、問いただされると「その他のことを考えてボーっとして」と説明を変えて、最後には「止めるという意識は薄かった」と、居眠り運転だったことを事実上認めた。

 このような居眠りによるミスを繰り返し、そのたびに懲罰的な指導を受けたことで、「今度ミスをしたら運転士を辞めさせられる」と友人などに漏らしていた。

 そして福知山線脱線事故の当日、始発駅となる宝塚駅に到着する際に事故の発端となるミスを犯している。進入するホームを勘違いして、慌てている間に安全確認の操作が遅れてしまい、非常ブレーキが作動してしまったのだ。

 この運転士は事故で死亡しており、事情聴取ができないため断定的なことは言えないが、列車の速度記録などから事故調査報告書が彼の行動や心理状況まで推定している。また、一連のミスの発端としては、一時的な居眠りによる可能性が高いと指摘する。

 ちなみに、睡眠時無呼吸症候群のチェックシートには異常がなく、健康上の問題はなかったとみられている。

 処罰を恐れた運転士は、このミスを隠蔽した。輸送指令に列車無線で連絡しなかったのだ。しかし、彼の行動からは、同乗の車掌が報告するのではないかと恐れた様子が伺える。動揺していたのであろう、途中の停車駅で今度はオーバーランを起こし、隠ぺいできないミスを犯してしまう。 

佐藤充氏が執筆した『鉄道の裏面史』(彩図社より)※記事内の画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします

 隠ぺいできないミスだが、少しでも処分を軽くするため、オーバーランした距離を実際よりも短かく報告するように車掌に頼み込む。

 列車が最高速度で走行する中、車掌が輸送指令に列車無線でオーバーランの報告を始めると、その通話内容をメモをしようとして運転への集中を失う。そのまま大幅な速度超過で急カーブに進入したのだ。

 遺体となった運転士は、左手だけに乗務員用の手袋を着用し(右手は手袋を外していた)、運転室内には赤鉛筆が落ちていた。ブレーキ操作をせずに、列車無線の内容を記録しようとした証拠だ。

 ミスの隠蔽を助長するような「指導」は避けなければならない。一方で、ミスの多い人は、本人の希望に沿わなくても、安全にかかわる業務から外さなければならない。

 いずれにしても、相手は人間である。マニュアル通りの対応ではなく、どうすればミスが防げるかを真剣に議論し、場合によっては厳しい判断も下さなければならない。

 今回の西武鉄道の再発防止策、「全乗務員に対して当該事象を周知するとともに、お客さまの生命をお預かりしているという職責の重さについて、指導を徹底してまいります」は、使いまわしの定型文のように思えて、ネットでの批判につながったと思われる。

 西武鉄道が具体的にどのような対応をしているのか、気になるところだ。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『明暗分かれる鉄道ビジネス』『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』などがある。