高校の卒業アルバムに写る対馬容疑者(知人提供)

「6年ぐらい前から幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思った。(殺すのは)誰でもよかったので、勝ち組っぽい女性を狙った」

 自称・派遣社員の対馬悠介容疑者(36=以下すべて逮捕当時のもの)は警察の取り調べでそう供述したという。

 事件は8月6日、小田急線の車内で起きた。対馬容疑者は乗客の男女10人を狙って牛刀で切りつけ、そのうち20代の女子大生は重傷を負った。元埼玉県警の佐々木成三さんは分析する。

「犯行にサラダ油や牛刀を用意していますが、その行動は稚拙です。ですが、供述からも女性を蔑視した犯行であることを非常に強く感じました」

『フェミサイド』は過去の無差別殺傷事件にも

 この事件は無差別に被害者を狙ったのではなく、あえて女性を狙っていた。これは『フェミサイド』事件だったことがうかがえる。

 フェミサイドとは「女性や女児を標的とした殺人」のこと。作家の北原みのりさんは訴える。

「殺傷事件だけでなく、性犯罪、DVなど女性が被害者になる犯罪は数多い。ジェンダーに関する性差別や女性嫌悪、女性を見下し、存在を消したい、とされる動機の中で行われる犯罪……これらも『フェミサイド』です」

 対馬容疑者は冒頭の供述にあるように女性への妬みや嫌悪感を訴えていた。

「典型的なフェミサイドの事件だと思いました。ここまではっきりと“女性だから殺したかった”と供述した加害者は記憶にありません」(北原さん、以下同)

 過去の無差別殺傷事件を振り返ると実は、フェミサイドといえるものがあるという。

「無差別殺傷や通り魔事件の被害者は女性が多いです。例えば2001年の池田小事件。犠牲になった8人中7人が女の子でした。宅間(死刑囚・執行ずみ)は女の子を狙っていたのではないでしょうか。そう考えるのはあまりにつらくて……。女の子や女性の被害者が多いのは偶然だと考えるようにしていましたが、そうではなかったのかもしれません」

 北原さんは3年前に東海道新幹線内で起きた無差別殺傷事件のケースも挙げた。事件を起こしたのは小島一朗被告(22歳)。東海道新幹線の車内で包丁を振り回し、無差別に乗客を殺傷。1人が死亡し、2人が負傷した。

中学入学時の小島一朗容疑者

「あの電車には同日、東方神起のコンサート帰りの女性たちが、新横浜駅で大量に乗り込みました」

 事件の動画にはファンとみられる逃げ惑う女性たちが映し出されていた。

 小島被告は裁判で「一生刑務所に入りたい」などと動機を述べていたが、車内に乗り合わせた楽しそうに過ごす女性たちの空気を受けて攻撃を決行したのではないだろうか。

「この事件もフェミサイドだといまは思っています。亡くなったのは女性を助けた38歳の男性でした。フェミサイドは男性も巻き込まれます」

容疑者は女性を従わせる対象として見下していた

 なぜ女性を狙うのだろうか。2つの理由が考えられる。

 前出の佐々木さんによると、

「無差別殺傷事件の犯人は自分よりも弱い対象を狙う傾向があります。相手が男性だと抵抗されてしまい、目的を果たせない。なので、結果的に女性や子どもが狙われる」

 小田急線の事件も時間が早ければ通学中の女児が狙われていたかもしれないのだ。

 もう1つは女性に向けられる激しい憎悪だ。

「加害者は強い被害者意識を持っているんです」(前出・北原さん、以下同)

 きれいに着飾ってお金がある女性。楽しく暮らしている女性。認められている女性──。そう一方的に思い込み見ず知らずの女性と自分を比べ、自らが被害者になる。すると憎しみや妬みなどの感情がわき上がり、悪意が女性に向けられるという。

 その背景には歪んだ思い込みがあるのだ。

「男性のほうが優位であり、重きを置かれなければいけない、という刷り込みです」

 小田急線刺傷事件の対馬容疑者は「大学のサークルや出会い系で出会った女性にバカにされて生きてきた」とも述べている。だが、ナンパを繰り返していた過去も報道された。

イタリア美女と記念写真(容疑者のフェイスブックより、編集部で一部加工)

「容疑者は本来、女好きなのでは、という意見もありますが彼は女性を同じ人間として見ておらず、従わせる対象として見下していた。そこには“俺は男だ”という強烈なプライドがあったのではないでしょうか」

 そんな意識を持つ男性にとって、女性はバカにし、蔑み、自分よりも劣った存在。そんな呪縛にとらわれている。

「それがフェミサイドにつながります。そしてなんらかのきっかけで事件を起こした」

 対馬容疑者は事件を起こす前、万引きで捕まっていた。そのとき、通報した店員は女性だったのだ──。

「小田急線の事件は無差別で女性を狙ったわけではないと論じる人もいますがフェミサイドです。女性に向けられる殺意や暴力があることを社会が認めないのは女性の命が軽く見られていることの表れでもあると思います。殺人や性犯罪だけでなく、すれ違いざまにわざと体当たりしてくるぶつかり男もそうです。彼らは屈強な男を狙うことはない。相手を選んでいるのです」

男性たちにもっと女性の声を聞いてほしい

 こんな事件がいつ起こるのか、女性の立場で考えれば外出にも恐怖を覚える。

「女性を狙わせない空気をつくる必要があります。そのためにも男性たちには自分たちの中にある女性嫌悪の感情と向き合ってほしい」

2019年に神奈川・登戸で起きた私立カリタス小学校のスクールバスが狙われ、女児ら2人が死亡、18人が負傷した事件もフェミサイドだったとみられる。事件を起こした男はその場で自死

 前出の佐々木さんは述べる。

「性犯罪も同様だと思います。女性を性のはけ口としか見ていない。それは他者を理解する、共感するという気持ちが圧倒的に少ないということ。性犯罪だけでなく、無差別犯罪者にはその傾向が強い」

 対馬容疑者は自分の中にある女性差別の感情と向き合い、更生できるのだろうか。

「殺人未遂で起訴されると思いますが、実刑になっても無期懲役にはなりません。そのまま出てくれば同じことを繰り返すと思います。自分の中で事件は正当だと思っているんです。これが歪んでいるところ」(佐々木さん)

 だが、女性を攻撃するのは男性だけではないと前出の北原さんは指摘する。

「女性でも女性を嫌悪し攻撃する人がいます。男性社会の中で抑圧されて、叩かれるなら男性に従い、従わないほかの女性を攻撃。そんな女性同士が対立するような構造がつくり出されてきた。この傾向は依然として残っています」

 今の社会は女性にとって生きづらいのだ。

「事件をフェミサイドとして認定し、再び起こさないためにも社会で共有しないとまた同じことは起きるでしょう。女性たちは声を上げなければならない。女性を狙った犯罪をなかったことにしないでほしい。男性たちにもっと女性の声を聞いてほしいです」(北原さん)

 女性に向けられる憎しみの芽。それを潰すために一歩を踏み出す努力がこの社会には求められている。