ダウンタウンの松本人志。TBSとフジテレビの狙いとは?

 9月8日、松本人志さんが58歳の誕生日を迎え、「今日はワタシのバースデー 時を経て58歳になりました 経たな~。経た。経た。これからも経るのだろうなー。皆さんも良い経て方をして下さい」とツイートしました。

 一見、加齢に対する弱気な言葉に見えますが、この「経て」というフレーズは、かつて「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系)のコントで松本さんが演じたキャラクターが連呼していたフレーズ。長きにわたってファンを「経て」きた人々を大いに喜ばせる、さすがのツイートでした。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 松本さんは5日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、「僕はもういいんですよ。もう数年でやめるんで。本当に、本当に。数年で辞めるよ。辞めます、辞めます」と語るシーンがありました。これはどこまで本気なのか真意はわからずファンを動揺させていますが、一方で「大型特番への出演ラッシュが過去最大級になっている」という事実があります。

 誕生日の8日、松本さんにかかわるもう1つのニュースが報じられました。その内容は、「10月2日に『お笑いの日2021』(TBS系)が8時間にわたって生放送され、総合MCをダウンタウンが務める」というもの。さらに、その中のメインコンテンツである「キングオブコント2021」の「審査員は松本さん以外交代する」ことが反響を呼んでいます。これは言わば、「番組の顔である松本さんだけは変えられない」という制作サイドの方針でしょう。

この1年で新たな特番が次々に誕生

 松本さんは8月28日・29日に放送された9時間生特番「FNSラフ&ミュージック ~歌と笑いの祭典~」(フジテレビ系)にも出演したばかり。総合司会はフジテレビの新人女性アナウンサー3人であり、松本さんは「キャプテン」という肩書ながら、事実上のMCとしてコメントの中心を担っていました。

 その他もTBSとフジテレビは、この1年間で松本さんをメインに据えた特番を連発。まずTBSは6月に「キングオブコントの会」、1月と4月に「審査員長・松本人志」、5月に「クレイジージャーニー2時間SP」、1月に「ドリーム東西ネタ合戦」を放送しました。また、昨年4月に放送された「史上空前!!笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ」の放送も待望されています。

 一方のフジテレビは、昨年10月と今年6月に「まっちゃんねる」、昨年11月に「まつもtoなかい~マッチングな夜~」、昨年6月、12月と今年5月に「IPPONグランプリ」、今年1月に「人志松本のすべらない話」、今年4月に「HEY!HEY!NEO!MUSIC CHAMP」を放送しました。

 レギュラー番組でも、TBSは「水曜日のダウンタウン」、フジテレビは「人志松本の酒のツマミになる話」「ワイドナショー」を放送していますし、出演番組のほとんどを両局が占めています。

 松本さんは「ワイドナショー」で「FNSラフ&ミュージック」について、「(フジテレビは)ズルイですよ。僕はホント『端っこで端っこでたまに何かちょっと言うくらいで』ってずっと言ってたのに、本番が近づいてくると外堀を埋めてきよる。気がついたら俺の負担がものすごかった」とボヤいていましたが、このコメントこそ頼られていることの証しでしょう。

 明石家さんまさん、内村光良さん、爆笑問題ら大物MC、さらに、有吉弘行さん、くりぃむしちゅー、バナナマン、サンドウィッチマン、千鳥ら実力者たちがいる中、なぜTBSとフジテレビはここにきて松本さんの出演特番ばかり増やし、何を求めているのでしょうか。

表現の幅がせまくなっていく危機感

 前述した松本さんの「もう数年で辞めるんで」という発言は、「BPO(放送倫理・番組向上機構)青少年委員会が“痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティ”について審議入りすることを決めた」というニュースに対してのものでした。松本さんは最後に「この後、出てくる人たちのことを考えると、やっぱり選択肢は広いほうがいいのかな」と語っていましたが、このコメントに現在のバラエティが置かれている難しさがにじんでいます。

 BPOのホームページには、「放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応する、第三者の機関です。主に、視聴者などから問題があると指摘された番組・放送を検証して、放送界全体、あるいは特定の局に意見や見解を伝え、一般にも公表し、放送界の自律と放送の質の向上を促します」と書かれていますが、現実として撮影現場は表現の幅が狭くなっていく一方。

 松本さんが「“バラエティ”って言うくらいですから、幕の内弁当みたいなもんじゃない? その中のその要素(痛みを伴う笑い)は、割とメインディッシュのときがあったりするから『けっこうボリューム感はなくなっちゃうかな』と思いますね」「前OKやったものが、今度やっぱそれもダメみたいな……これどこまでいくのかなとか思います」と語っていたことからも難しい状況がうかがえます。

 ただ、表現の幅がせまくなってしまう理由は、BPOからの意見や見解だけではありません。「これはイジメや差別とみなされないか」「それもハラスメントにあたるのではないか」「スポンサーに迷惑をかけてはいけない」「BPOの審議入りだけは避けたい」などの観点から自主規制が進んでいることも原因の1つです。

松本だから表現の幅を広げられる

 そんな「表現の幅がせまくなっていく」という流れにあらがうように制作されたのが、前述したTBSとフジテレビの特番。実験的な企画で新たな笑いを模索する「まっちゃんねる」「審査員長・松本人志」、編集ができない長時間生放送の「お笑いの日」「FNSラフ&ミュージック」、予想のつかない組み合わせのトーク番組「まつもtoなかい~マッチングな夜~」、過激な映像を含む「クレイジージャーニー2時間SP」と表現の幅を再び広げるようなオリジナリティあふれる内容が目立ちます。

「松本さんがメインの特番なら、これくらいの内容でも“笑い”として受け入れてもらえるのでは」「松本さんの特番なら、これくらい攻めた企画でも通りやすい」というのが作り手たちの本音。たとえば「FNSラフ&ミュージック」で松本さんは、「ふだん共演の少ない笑福亭鶴瓶さん、内村光良さん、爆笑問題、ナインティナインらと生放送でトークする」という攻めた企画に応じる懐の深さを見せました。近年のバラエティにはなかったシーンであり、かつてのような臨場感や自由があったから、あれほどツイッター上が盛り上がったのでしょう。

 TBSとフジテレビには、松本さんと同じ時代にバラエティを作り上げてきた局員が多く、これまで彼らへの取材の際、現状を憂う声を何度となく聞いてきました。また、若手・中堅にも「そういうバラエティを見て育ち、自分も作りたくて入社した」という局員が多く、現状にジレンマを抱えていたようです。

 若年層を中心に「テレビはつまらなくなった」とみなす人々がYouTubeや動画配信サービスに流れ、視聴率が下がると、さらに表現の幅が狭まって似たような番組が増えていく……。加えて昨年あたりから芸人たちがYouTubeやインスタグラムなどで伸び伸びと笑いを取るようになったことで、テレビバラエティの存在意義に危機感を抱き、「何とかしたい」と思っているようなのです。

 松本さん関連の特番が増えている理由として、もう1つ忘れてはいけないのは、昨春の視聴率調査リニューアルによって、民放各局が主に10~40代に向けた番組制作を進めていること。とりわけ若年層に受けのいい、お笑い系番組のニーズが高まり、その象徴としてお笑い界のトップである松本さんの力が必要になっているのです。

YouTubeには報酬で勝てない

 松本さんと仕事をしているテレビマンたちが、820万を超えるツイッターのフォロワー数を認識していないはずがありません。さらに「もし松本さんがYouTubeをはじめたら、報酬の面でテレビは勝てないだろう」ということも意識しているでしょう。

 また、松本さんはこれまでAmazonプライム・ビデオで「ドキュメンタル」シリーズや「FREEZE」を手がけてきたことから、地上波の放送だけにこだわっているわけではない様子がうかがえます。もちろん地上波への愛着はあるでしょうが、これ以上表現の幅が狭くなってしまったら「この内容なら配信かな」「あれはYouTube向きかも」などと考えるケースが増えてもおかしくありません。

 だからこそ各局のテレビマンたちは、これまで以上に松本さんを面白がらせ、前のめりにさせる企画を提案し続ける必要があるのです。その先頭にいるのがTBSとフジテレビであり、積極性の表れが松本さん関連の特番ラッシュにつながっているのではないでしょうか。

 これまで松本さんは漫才や大喜利を筆頭に、言葉選びの面白さで人々を笑わせてきましたが、年を追うごとに「考えさせ、気づきをうながす」「優しく包み込む」というコメントも増えてきました。それが年齢や立場によるものなのか、それとも時代に寄り添う姿勢なのかはわかりません。しかし、作り手側にとっては企画の幅が広がり、さらなる新たな特番のオファーにもつながっていくでしょう。


木村 隆志(きむら たかし)Takashi Kimura
コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。