自宅療養者のために「フードレスキュー」活動をする七尾旅人さん

 新型コロナウイルスの「第5波」が猛威を振るい病床はひっ迫、今月1日のピーク時に比べ半減したとはいえ、今なお6万人を超える感染者が自宅療養を余儀なくされている。

 そんな中、1人のミュージシャンが始めた「フードレスキュー」が大きな反響を呼んでいる。

《自宅療養して食料も届かず、ひもじい思いをしてる人へ。何か買って持って行こうか? 家の外に置き配ならできそう。》

 そう呼びかけたのはシンガーソングライターの七尾旅人さん。8月22日にツイッターへ投稿したところ、たちまち拡散された。さらには「私も置き配します」「都内なら行けそう」「買い物代行ならできます」などと自ら立ち上がる人々が各地で続出。訪問診療を手がける『ファストドクター』をはじめ、自宅療養者へ無償で食糧支援を行う団体も現れ始めた。

 七尾さんは、こうした動きに驚きを隠さない。

「“自分もやってみたい”という声がとても多くてびっくりしました。支援に名乗りを上げた100名以上の方々の情報を、僕の『note』に載せて紹介しています。よく誤解されるんですが、フードレスキューという団体があるわけじゃなくて、僕のツイッターを見て共鳴した人たちが個々人で立ち上がり、自宅療養者を支援する動きが広がっている。思ってもみなかった現象が自然発生的に生まれて、独り歩きしている状態ですね」

きっかけは自宅療養で失われた「2つの命」

「何か買って持って行こうか?」ツイッターで呼びかけている(七尾旅人さんのツイッターより)

 自腹で、ひとりで、赤の他人が知らない誰かに食料を届けるフードレスキュー。七尾さんがこの取り組みを始めたきっかけは、報道を通じて知った「2人の死」と、怒りにあった。

「8月17日に、一家でコロナに感染し、夫や子どもと共に自宅療養中だった40代の女性が亡くなってしまったんです。つまり幼い子どもが母親の死を間近に見たということで、これがすごいショックで。自宅療養と言えば聞こえはいいけど、実質は単なる自宅放置であり、ネグレクトですよね。ちょうど同じ日に、医療逼迫が原因で救急車の搬送先が見つからず、死産してしまった妊婦もいました。本当だったら生き延びていたであろう母親と、無事に生まれてきたはずの子どもの死。この2つの命が自分にのしかかってきたんです。

 コロナ禍での政治の動きにも納得がいかなかった。国民の命や生活に真摯に向き合っているようには思えなくて、ずっと腹が立っていました。一応は先進国といわれてきたはずの日本で、必要な医療を受けられずに亡くなる事例が当たり前になってしまった。言いようのない怒りを覚えて、いても立ってもいられない気持ちになりましたね」

 七尾さん自身、ミュージシャンとしてコロナ禍の影響を受け続けてきた立場でもある。昨年4月以来、ライブは軒並み中止。スケジュールは白紙に追い込まれた。

「今年に入ってからますます音楽シーンは追い込まれていますね。お客さんを呼ぶにはリスクが大きすぎると思い、僕自身もワンマンライブを断念しました。それで時間ができたのもあり、置き配に行くということをやってみようかと思い立ったんです」

 8月22日にフードレスキューを開始して以来、2週間あまりで15~16件に食料を送った。食糧の調達から発送まで七尾さん自身で行い、費用もすべて負担している。

「最初は自宅のある横須賀市内に限定していたんですが、申し込みが来なくて、2日目ぐらいから対象を全国に切り替えました。最近は置き配をしてくれるオンラインストアも多いので。それ以来、ポツポツと応募が来始めるようになりましたね。

 支援をするにあたって、自腹で、1人でやるというスタイルは崩さないようにしています。僕も仕事があるし、がん闘病中の犬も抱えている身。でも、メールをくれた人に食糧や物資を送るぐらいなら1人でもできる。自分にやれることは何かを考えて、とにかくまず動いてみようと思って始めたんです」

保健所と連絡を取れない自宅療養者

 フードレスキューへの申し込みは、七尾さんのホームページにあるメールフォームから行う。名前や住所といった必要事項のほか、どういった状況に置かれているのか応募者自身の情報についても記入してもらう仕組み。募集対象を全国に拡大して以来、北海道、関東、関西など、日本中から支援を求める声が寄せられるようになった。

「いちばん最初に連絡をくださったのは、関西の大学院生。頼れる家族や友達が近所にいなくて、ひとりぼっちで自宅療養している女性でした。高熱のほかに味覚や嗅覚の障害もあるのに、保健所とまったく連絡が取れない。仕方なく自力で買い出しに出て食糧を調達していたところ、血の混じった痰が出始め“外出したらまずいんじゃないか”と思うようになったそうで。経済的にも困窮しているというので、おかゆやゼリー、経口補水液などを見繕って送りました

 家庭内感染をした人たちからもSOSが舞い込んでいる。

「ショックだったのが、シングルマザーで難病を抱えている女性からの申し込み。大阪で2人の息子と高齢の母親の4人で暮らしていたところ、最初は次男が感染して、やっぱり保健所と連絡が取れないまま放置されるうちに、長男と母親にも感染してしまいました。命にかかわる状態です。これ以上の家庭内感染をなんとか回避してもらうためにサージカルマスクやビニール手袋などの物資を追加で送りましたが、ここ3日ぐらい連絡が取れないので心配しています」

 七尾さんによれば、フードレスキューに申し込んできた人の9割以上が保健所と連絡が取れない状況だったという。コロナ感染が疑われる場合の対応は、地域の公衆衛生を担う保健所が窓口となっている。しかし、感染爆発が起きている地域では保健所の業務がひっ迫、患者への連絡に時間がかかり、自宅療養者への支援が滞りがちになっているのが現状だ。

「保健所につながらなければPCR検査はもちろん、医師の診察も受けられない。いかなるサポートにもアクセスできないんです。そのため行政が把握できていない感染者も数多くいるように思います。保健所のみなさんは昨年からめちゃくちゃ頑張ってくださっているけれど、もうずっとパンク状態が続いていて、増員をかけるにしても限界がありますよね。保健所だけを窓口にした現行制度の怖さはあると思います」

「塩対応」とは逆の人間的な支援を

 コロナ禍は深まる一方だ。仕事を失った。生活が苦しい。誰にも頼れない――。そうした苦境にあえぐ人たちにも、七尾さんは支援を惜しまない。

「フードレスキューは基本的に自宅療養者が対象だけど、そうでないからといって断ったことは1度もありません。失業して困窮していたり、孤立していたり、本当に困っている人しか連絡して来ないんですよ。応募の際に“今、必要なもの”を書いてもらうんですが、その文面でいたずらじゃないってわかるんです。自宅療養者だったら、おかゆとか、(経口補水液の)『OS1』とか。生活が困窮している人の場合、お米やレトルト食品といった固形の食べ物をリクエストされることが多いですね。

 結構、手厚くやっているんです。1件につき1万円以上の食料を送ったりするんで。お米を頼んできた人に、ふりかけもつけたりする。レトルト食品もカレーばかりじゃ飽きるだろうって、つい中華丼も足しちゃう。“職場でパワハラに遭って、失業して……”などとメッセージをくれる人もいるので、少しでも前向きになれるかもしれないな、と思ってサービスしています。出費は増えちゃうんですけど、世の中に少しぐらい塩対応の逆っていうか、人間的な対応があってもいいんじゃないかと思って」

 食べ物以外のリクエストにこたえることも多い。頼まれた品物を探し選ぶところから、七尾さんは楽しんでやっていると話す。

「自宅療養中のシングルマザーの女性に“子どもが外出できず退屈しているから”と、クロスワードパズルの雑誌を頼まれたこともありました。ほかにもコロナ以外の深刻な疾患で苦しんでいた方には、特に頼まれたわけではないですが、こちらからよさそうな本を見繕って、食料と一緒に送ったりもしました。大変という感覚はないです。もともと相手のことをあれこれ考えながら歌を作ったりするのが好きだったので、その延長ですね」

“困っている誰か”を助けたい気持ち

七尾旅人さんの本業はミュージシャン

 七尾さんをきっかけに広がった、他人同士が寄り添い支え合う「共助」の動き。その一方で透けて見えるのは、国や政府による「公助」の貧弱さだ。自宅療養者を取り巻く困難はもちろん、生活困窮者や自殺の増加などコロナ禍で人々の暮らしが追いつめられる中、「国民の命と健康を守っていく」役割を十分に果たしているとは言い難い。

僕がやっている支援は、本来であれば『公助』の仕事で、国に求めていかなければいけないこと。でも、それが機能不全を引き起こしている現実がある。『共助』があるから『公助』はおろそかにしてもかまわないと、今の構造が強化されてしまうような事態は絶対に避けたいですね。

 ただ、今この瞬間にも誰かが危機に瀕しているときに、手をこまねいていられませんし、地縁や血縁を頼れない人が増えた社会だからこそ、個人が互いにケアし合う道も探っていかなければいけない。コロナ禍になってからというもの、感染不安が広がる中で疑心暗鬼になって、世の中全体がギスギスしていたと思うんです。政治が余計な分断を生んだりして、人間同士の信頼が常に揺さぶられていた。そうしたなか、フードレスキューのような動きが自発的に広がっていくことで、世の中、捨てたものじゃないなって、殺伐としたムードも変えられるんじゃないかと期待しています

 フードレスキューを続けるうちに、周囲の目を気にして苦しみを押し隠す人が多いこともわかってきた。

「ひところ“コロナ差別”が問題になっていましたが、感染を周囲や同僚に知られたくない人、近所に気付かれたくないという人がいまだに多いみたいです。でも、僕のフードレスキューだったら何のしがらみもないし、メールを送るだけでいい。赤の他人だからできることなんです。

 ネット上での未知の個人同士のやり取りには不確実性がつきまとうので、支援する側にはきちんとした判断力やリテラシーが必須ですが、トライしていく価値はあると思っています。もっと応募が来てほしいし、困っている人は遠慮しないでほしい。社会で置き去りにされた、見過ごされやすい人にこそ届けられたらと願っています


フードレスキューへの申し込みは七尾旅人さんのホームページから
http://www.tavito.net/cgi/mail/index.html
フードレスキューについて各地の情報は七尾さんの『note』にも掲載
https://note.com/tavito/