日本でも想定されるワクチン接種を提示するアプリ(写真はイメージ)

 現段階で厚生労働省HPでは、コロナワクチンは「摂取は強制ではなく、あくまで本人の意思に基づき摂取を受けていただくものです」と提示している。しかし、緊急事態宣言が続く中、10月末には国民の7割が新型コロナワクチン接種を終える見込みとされ、政府は年内にもオンラインで「ワクチンパスポート」を発行する方針だ。

 世界各国でも「ワクチンパスポート」の活用が進み、その対象施設、年齢なども徐々に広がりをみせている。フランスでは抗議デモが起こり、イギリスでは国民の反発により摂取証明制度導入は見送りになったというが(9月14日現在)、その導入がスムーズに行われているとされるシンガポール在住の邦人に、その運用の実態を聞いた。

ワクチンは感染を広げにくい、重症化しにくい、という実証を重視

 世界で最もスマートな国とも称されるシンガポールでは、国民の8割以上がワクチン接種を終えている。しかし、現在デルタ株感染が拡大し、再び規制の手が強められようとしている。

「シンガポールでは9月18日には1日1000件の陽性者報道がありました。感染者の約98%が軽症もしくは無症状とのことですが、9月27日から再び飲食店や学校などで厳しい行動規制がかかることになりました。デルタ株の感染拡大までは、自分の身近に感染者もいなかったのですが、さすがに今は学校やスポーツジムなどでもケースが出始めました」とは、シンガポール在住7年目、1級ファイナンシャル・プランナーの花輪陽子さん。

 しかし、重症者も少ないことから、国民にさほどの動揺はみられていないという。

 国の全人口が東京都の半分以下の約570万人、多民族多文化国家であるシンガポールの動きは常に迅速だ。

「シンガポール空港は国際線をつなぐハブ空港なので、日本や他国のように鎖国状態にはできません。ですから、空港でのワクチン接種済トラベルレーンも一部の国との間では運用はされています」

 制度を利用する際、ワクチン接種済みであることはもちろん、PCR検査は出発前、到着時、滞在中3日目と7日目に2回と、複数回の検査を受けるなど厳重管理だ。

観光地としての華やかな姿をはやく取り戻したいシンガポール

 街中では、独立記念日である8月9日の後である10日から経済の立て直しを図るためにワクチン接種者と未接種者の区別をしながらの規制緩和が本格的に始まったものの、今再び厳しい行動規制に踏み切ることとなった。

「外食は5人まで許可されていましたが、2人と人数規制が入りました。利用する際はアプリに接種済みの表示が出ているので、レストランで提示する必要があります。テイクアウトは未接種の方もできますが、私のワクチン未接種の友人がレストランにテイクアウトに行った際、体に“ワクチンネイキッド(接種済み)”といった緑のシールとピンクのシール(未接種)を貼られるなど区別されたと笑っていました。映画館も接種状況によって回を完全に分けられています」(花輪さん・以下同)

 これらを差別、と考えるとそこに軋轢が生まれそうな状況だ。

「現状のワクチン未接種者は、私の周りでは自らのポリシーによってワクチンを打っていない人も多いようです。ワクチン接種の代わりに、陰性証明を表示することでも利用可能といった逃げ道も作ってはいますが、やはり“打った方がいい”との風潮が強いのと、不便なので時間稼ぎをしていた人も接種に流れている傾向があります。今回の規制で、さらに接種者も増えるのではないでしょうか」

 ワクチンは感染を広げにくくし、かかっても重症化しにくいといった実証データが出ている限り“打つべきである”との見解だ。

「12歳以上の未成年者も高い接種率となっています。経済を立て直しながら12歳未満のワクチン接種ができない子どもたちを感染からどう救うかといった議論に入っている今、接種できる資格がある大人が打たないままでいるというのは、あまり支持されるものではないということでしょうね」

ワクチンパスポートは、ワクチンを打つインセンティブ

 ただ、ワクチンは感染そのものを予防できるものではないというのもまた事実。

「シンガポールでは感染を広げないための対策もしっかりとされています。各家庭にコロナの検査キットが配布されたり、感染者が出た場合には、本人はもちろん濃厚接触者の検疫命令はかなり厳格です。現在は条件を満たせば自宅で10日間の隔離等でOKな場合もあるものの、隔離違反には厳しい罰則があります。かなり厳しい規制で、感染よりも隔離が怖いといった声があるほどです」

シンガポールで各家庭への配布が開始されたコロナ検査キット

 アメリカでは9月15日には「接種証明」提示を前提にNYでのブロードウェイ劇場が再開し、日常を取り戻しつつあることをアピール。LAでは10月7日から1万人以上の大規模野外イベントやテーマパークの客・従業員に接種証明表示を義務付ける方針が示された(接種が受けられない人には陰性証明の表示を求める)。さらに公立学校では12歳以上の生徒について、来年1月10日までのワクチン接種を義務付けるとした。

 これもすべて、日常を取り戻すため、対面授業を再開させるための安心材料として、頭打ちになりつつあるワクチン接種者の数を増やすためだ。

「賛否両論はありますが、ワクチンを打っていなければ職場に出社しにくい、職を失うリスクが伴うといった環境が作られつつありますよね。その傾向はシンガポールでもいえることで、職場での検査の頻度も上がっています。今回は国主導で大きな行動規制が再び入りましたがこれからは個々の接種状況や検査の管理は国から企業努力へと移行していくとも考えられます」

 しかし、各国の報道を見るとマスクをつけていない人々の姿も。ワクチンが感染を防ぐものではない限り“ワクチンパスポートを持っている”といったことが気のゆるみにつながり、感染予防を怠る原因になるのではと、不安はつきない。

「実際にシンガポールでは、8月10日の規制緩和以降に新規感染者数が増えており、ブレイクスルー感染も報告され、再び規制が強まりました。ただ、重症者の割合が少ないという点と、検査や検疫体制がしっかりなされているといった観点から、今後はさらなるワクチン接種、ブースター接種を促しながら、経済再生とのバランスを考える政策に後々なってくるのではないでしょうか」

 ワクチン接種済みの提示とともに、10月24日までの行動規制、マスク未着用に関する罰則制度などが続いているシンガポール。気のゆるみを増大させるのではなく、引き続きの予防策と両輪で進めていくことが、今後経済を立て直しつつ、「withコロナ時代」を生き抜いていくポイントになってくる。