金森さんの家のキッチン。浴室、トイレの前もものであふれかえっていた

 ゴミ屋敷化する住まい――。それはなにも特別なことではない。実はあなたの隣家もゴミ屋敷化している可能性は十分に考えられるのだ。

 首都圏で暮らす金森早希さん(24歳・仮名)もゴミ屋敷住人の一人。

 彼女は、JRの駅から徒歩15分ほどの閑静な住宅街にある単身向けのアパートに暮らしている。外から見る分には何の変哲もない、いたって普通のアパートだ。6年前、大学入学と同時にここに引っ越してきた。

将来への不安で「1人酒」の日々

 記者がたずねると、金森さんは笑顔で迎えてくれた。ばっちりメイクに、こざっぱりとした服装。とてもゴミ屋敷に暮らしているとは思えなかったが、部屋にあがって驚いた。

 室内は洋服や布団、雑貨などが散乱し、足の踏み場がない。ほかにも酒の空き缶、空き瓶、ペットボトル……。家具類はほとんどなく、ロフト付き1kの室内は、物であふれかえっていた。

片づけ前の金森さんの部屋。食べ物類のゴミや空き缶や空き瓶、ペットボトル類は交際相手が処分してくれたという

 冷蔵庫の中のものはすべて腐っている。金森さんの愛猫のトイレには、処理されていないままの排せつ物が山盛りに残されていた。

「掃除はずっとしようと思っていたんです。でもなかなか作業が進まなくて……」

 これまでは彼氏や友人たちに片づけを手伝ってもらいながら日々を送っていた。しかし、昨年から事態は悪化する。

 緊急事態宣言で大学が閉鎖。バイト先の飲食店も休業、誰にも会えずに一人自宅にこもるようになった。

「単位をとらないといけない授業があるし、卒論もやらなきゃいけない。留年して大学4年生なのに、就職先が決まっていない。友達は先に卒業してしまった。将来のことも不安だし、友達にも会えない……。毎日毎日一人でお酒を飲んで過ごしていました」

 アルコール依存症のような状態になり、空き缶や弁当の容器が入ったゴミ袋が家じゅうに溜まっていった。

「部屋にゴミが溜まっていっても、動く気力がありませんでした」

 だが、昨年7月に現在交際している彼とのつきあいが始まったことで気持ちが前向きに変化。オンライン授業をなんとかこなし、卒論を提出。やがて就職先が決まり、卒業も出来た。お酒を飲む頻度は減ってきたものの、ゴミはかなり溜まっていた。今年の4月から社会人になったのだが……。

ゴミ屋敷に認定される基準

 そして今年4月、社会人になると、就職先が「超絶ブラック企業だった」と金森さんは嘆く。

 募集時とは異なる待遇、新入社員にはこなせない仕事量、パワハラ体質……1か月もせずに退職してしまった。再び自宅にこもり、ゴミの中で暮らす生活に戻る。

ロフトの上には洋服や布団など大量の荷物が……

 そんな彼女を見かね、交際中の彼が金森さんの部屋をたびたび掃除をしてくれたのだ。たしかに取材日も強烈な臭いはしなかった。聞けば、交際相手が弁当の容器や生ゴミ類を処分してくれたという。

「彼と同棲を始めるので、ここから引っ越すことになったんです。今はすでに別の部屋で暮らしており、ここを引き払うため業者に室内の掃除をお願いしました」

 費用は約9万円。決して安くはないが、自分では片づけられずに切羽詰まった状況で、背に腹は代えられない、と金森さんはプロに清掃を依頼したのだった。必要最低限の物以外は、全て処分することを決意する。

 掃除を担当した『ゴミ屋敷バスター七福神』の担当者はこう話す。

「猫の排泄物も含めて相当汚れています。典型的な汚部屋ですね。ただしゴミが乾燥しているので臭いは少ないほうです」

 担当者はテーブルの上に残った飲み残しの缶を指さし、「ゴミ屋敷には必ずと言っていいほど、飲み残しの缶やペットボトルが3つ以上放置されています。自分の家でもそれがあったら黄色信号です」と指摘する。

 実は金森さんは、子どものころから片づけることが苦手だったという。

「母親も掃除が苦手だったので、室内はいつも散らかっていました。家がきれいな状態、というのがよくわかりません。“汚部屋”状態になっているのが普通なんです」

 金森さんはシングルマザー家庭で育った。母親は仕事で帰りが遅く、小さいころから親子のコミュニケーションはほとんどなかった。

 そんな家での母親との関係はどこか居心地が悪く、大学入学時に実家を出た。以来、母親とは疎遠なままだったという。

ゴミでトイレに入れない

「一人暮らしをするようになって、自分の部屋も散らかりましたが、私は友達も彼氏も普通に家に呼べます。汚すぎて皆に引かれますが(笑)。でも、片づけを手伝ってくれることもあるんですよ」とあっけらかんと笑う。

 しかし、その言葉とは裏腹に、友人関係には「かなり気を遣っている」と明かした。

「友達の前ではニコニコしていなくちゃ、と気を張っています。弱音もはけないし……だから学校や遊び、バイトから帰ってくると疲れて動けなくなってしまう部分もありますね」

 心の奥底では、交際相手や友人には『捨てられたくない』と必死だった。寂しさから誰かといたいと願う気持ちは、「手放す」ことを拒んだ。

電子レンジの上に人生ゲーム。部屋は物であふれかえっていた

 数回しか袖を通していない大量の洋服やカバン、メイク道具だけではなく、友達が置いていったという洋服類やゲームボードも次々に袋に詰められていった――。

 捨てられずに溜まっていた物は金森さんの寂しさを埋めていたのかもしれない。

『潜入・ゴミ屋敷』の著者でジャーナリストの笹井恵里子さんはゴミ屋敷の整理、清掃作業を行う作業員として、さまざまなゴミ屋敷の整理清掃業に携わってきた。ゴミ屋敷になるきっかけをこう説明する。

「家に物があふれて生活できなくなる『ためこみ症』という精神疾患があります。病気の原因はよくわかっていませんが、遺伝的なかかりやすさをもった人が、失業や離婚などショックな出来事によって発症リスクが高まるとされています。そのほか発達障害や認知症、統合失調症、うつ病でも物をためこむ状態は起こります」

 ゴミ屋敷というと「トイレ」が問題だ。扉の前が物であふれてば中に入れず、使用できなくなる。そのため住人は空のペットボトルの中に用を足すケースもあるという。ゴミ屋敷の現場では、そうしたペットボトルがいくつも見つかることは珍しくないとか。

 実は前出の金森さん宅もトイレの前には物が溢れていた。

「トイレに行きたいときは近くのコンビニに行っていました」(前出の金森さん)

 笹井さんによると、金森さんのような20代は自宅がゴミ屋敷化する初期段階だと言う。

「ゴミが身長ほどに溜められている状態になるまでには、およそ20~30年かかります。成人し、実家から独立した後で溜めこんでいくので、40代以降の住人が多いんです」(笹井さん、以下同)

 金森さんも放置したら20年後、とんでもないことになっていたのかもしれない。

ゴミ屋敷から大量の薬が

「片づけられないと思ったら早めに第三者に頼ったほうがいい」

 金森さんのように知り合いや業者に頼むのも一案。また医療機関で「認知行動療法」を受けるのも、重度なゴミ屋敷を防ぐポイントだ。ゴミ屋敷に陥るのは、『孤独』と『独居』というキーワードがある。

「介護が必要な高齢者や生活保護世帯などには、意外と行政やヘルパーが介入しやすい。一方で、給与や年金で収入があり、自力で生活していける人ほど、内面は孤立している。それは現場で気付いたことですね。

 実は、教師や公務員、医療関係者といった社会的地位のある人や、大手企業に勤める人でも、自宅がゴミ屋敷という人がいるのです。周囲に人がいて社会生活を送れていても、内面は孤独を抱えているということですね

荷物がなくなった室内を見て、金森さんはホッとした表情を見せた

 笑顔で明るく振舞っていた金森さんも、内面には寂しさや孤独を抱えていた。

 孤独から脱却しようと婚活をしたとしても、「自宅がゴミ屋敷」という事実はなかなか明かせない。自分のコアな部分をさらけだせないまま、仮に交際に至ったとしても、苦しさが増していくだろう。金森さんのようなケースは稀なのだ。

 笹井さんは「今後のゴミ屋敷の増加」を危惧する。

「単身世帯が増えており、オンライン化も進んでいます。人とのつながりが希薄になり、ただでさえ人と壁をつくりやすいゴミ屋敷の住人は、周囲から一層サポートを得られにくくなるでしょう」

 溜まったゴミの中で生活することは不衛生で、細菌に感染する恐れがある。ゴミの山から転落して亡くなるケースもある。ゴミ屋敷は命をも脅かすのだ。

 そして荒れた部屋は住民の精神も蝕んでいく。

「ゴミ屋敷の住人は自暴自棄になっていると感じました。ゴミの中から、大量の薬が見つかることがよくあります。例えば糖尿病やぜんそくなどを患っていて通院していても、服薬していないんですね。どこか“自分なんてどうでもいい”と社会から距離を置いてしまっていると思います」

 冒頭の金森さんの自宅は、作業員5人が5時間以上をかけて、部屋の中が空っぽに。そのかわり2トントラックの荷台は一杯になった。

 すっからかんになった部屋に入り、金森さんは、「新しい生活では散らからないように注意したい」と決意を新たにした。その表情はどこか晴れ晴れとしたものだった。

 新しい生活が物ではない『モノ』で満たされることを願わずにはいられない。


取材協力/ゴミ屋敷バスター七福神 http://777fukujin.com

ジャーナリストの笹井恵里子さん

 

お話しを聞いたのはジャーナリスト・笹井恵里子さん
『サンデー毎日』記者を経て、2018年よりフリーランス。医療や健康を中心にさまざなまジャンルでの取材、執筆活動を行っている。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版)、『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書)などがある。

笹井恵里子さんの著書『潜入・ゴミ屋敷』(中公新書)
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