“龍角散裁判”に関する記者会見の様子

 '19年6月“ゴホンといえば”でおなじみの製薬会社・龍角散に不当解雇されたとして、福田由紀さん(仮名・50代)が会社を提訴してから2年以上が経った。非公開で続けられていた裁判だったが9月16日、初めて傍聴人を入れての証人尋問が行われた。

 民事裁判では異例の傍聴券交付となり、わずか9席をめぐって朝から40人近くが列を作ったが……。

「並んだ人の半分ぐらいは龍角散関係者でした。傍聴席を会社関係者で埋めようとしたのでしょう。原告、被告それぞれに傍聴券があらかじめ5席分確保されるので、龍角散側からは5名と抽選に当たったらしい4名の9名近くが傍聴していました。一方で福田さんは傍聴券交付の制度を知らなかったのか原告側の関係者は来ていませんでした」(司法記者)

「軽くハグはした」

 ことの発端は、'18年12月6日に行われた忘年会の席上でのこと。藤井隆太社長(61)が業務委託(当時)の相田幸子さん(仮名・40代)に抱きつくなどの行為があった。これを問題視した当時、法務部長の福田由紀さんが社内調査を始めたところ、自宅待機を命じられたのち、解雇されたのだ。龍角散側の言い分は「セクハラを捏造した」というもの。

 審議の大半はセクハラがあったかどうかに割かれ、藤井社長の苦しい言い訳が続く。例えばこうだ。

ーー(相田さんに)首筋が色っぽいとは言った?
「言った、かもしれないですね。首筋が出ている服装は好ましくないから“襟のある服を着ないといけないよ”という注意を込めて“首筋が色っぽいね”と言いました」

ーー相田さんに抱きついた?
「抱きついたと申しますか、ハグというか、まぁ頑張っているねという激励の意味を込めてですね、えーこのようにしてですね(手を前に出してポーズをとる)」

ーーそれは抱きつくという行為では?
「えー、まぁそうですね。軽くハグはしました、1回だけ」

 しかしその後の尋問でハグの回数は少なくとも2回以上はしていたことが明らかに。

ーー(相田さんは)嫌がっていたのでは?
「嫌がっていたら(席を)離れると思います」

 このようなやりとりが続く一方で、今回の裁判で明らかになったことがあった。

「中国進出をめぐって福田由紀さんの姉で開発部長の亜紀子さん(仮名・50代)と社長の意見が対立していたというものです」(前出の司法記者)

 開発部長の他にも7つの役職を兼任していた亜紀子さんは'19年1月に全ての役職が解かれ、千葉の工場勤務となる。現在は自宅待機で社内の人間と連絡をとることも禁じられている。この処分を原告側弁護人に問われた藤井社長は、

『龍角散』の藤井隆太社長

「姉妹が社内で権力を持ちすぎて社員はみんな怯えている」

 と、いうのだ。これはどういうことなのか。原告側弁護人が藤井社長を問い詰める。

ーー龍角散の株の77%を藤井家が保有していますね?
「ええ、オーナーカンパニーですから」

ーーあなたは、メディアの取材でも自分のことを独裁者だと言っていますよね
「それはメディア用に強く言っているだけで。トップダウンと申しますかね、トップドゥーイングというものでね」

 姉妹が権力を持っていると言いながら、藤井社長が権力を独占しているということが明らかになるばかりだった。

中国進出の意図とは?

 セクハラの次に今回の審議で時間を費やされた《中国進出》というキーワード。裁判で提出された証拠を見てみると、藤井社長が'17年11月には中国ビジネスについて否定的だったのに、'18年5月には中国ビジネスにのめり込んでいる姿が明らかに。さらにそのことで福田姉妹と対立していく様子も見えてきた。

 証拠と証言から経緯をまとめると、

'16年4月
中国の『東方新報』の取材を受けた社長は《中国本土で販売するつもりはありません。龍角散ブランドの信頼性を損なう可能性があります》と発言

'17年11月
藤井社長は'17年の11月に香港の代理店宛に《中国では直接販売しない。香港が中国化することが予想されるため、香港市場からの撤退を検討する》とメール

'18年3月 
亜紀子さんガンに罹患。休職する/TBSテレビ「林先生の初耳学」で亜紀子さんが「林先生が会いたい女性」の1位となり紹介された
(藤井社長は「君ばかり目立ちやがって、藤井家への冒涜だ」と激怒)

5月 
ガンで闘病していた亜紀子さんが職場復帰。このころから藤井社長から亜紀子さんへの態度が硬化する/中国の『三九製薬』とコンタクトすると社長が発言。

7月
中国の『三九製薬』を社長と中国人女性Kさんが訪問

9月
『三九製薬』と直接取引きをすると社長が発言。このとき亜紀子さんと由紀さんは中国ビジネスへの懸念点を進言。「中国企業と秘密保持契約も諦結せずに交渉するのは危険です」(由紀さん)

12月6日 セクハラ疑惑の忘年会

12月14日~ 由紀さん、ハラスメントの第三者窓口を検討し聞き取りを始める

12月17日  由紀さん自宅待機を命じられる

'19年1月 亜紀子さん千葉工場勤務を命じられる

3月 由紀さんに解雇通知が届く

6月 由紀さん龍角散を提訴

8月 「龍角散」が『三九製薬』と提携したと発表

 中国進出を進めたい藤井社長に提言を繰り返してきた福田姉妹。福田姉妹がいなくなった途端に中国企業と提携しているところを見ると、その渦中に起きたセクハラ騒動は福田姉妹を追い出す格好の口実ではないかと邪推したくなる。

 しかし、なぜ藤井社長は否定していた中国ビジネスにのめり込んだのかーー。

「この中国人女性のKさんは元々中国の『東方新報』の記者で、'16年社長にインタビューをした人物。社長は'17年末頃からKさんと2人でいることが増え、中国にも2人で訪れています。Kさんは'17年に派遣社員として入社してから短期間で正社員となり、そのころから藤井社長は亜紀子さんへの態度を変えています。一連の騒動はこのKさんがキーマンとなっている気がします」(同)

 16日、件の中国人女性Kさんも傍聴にも訪れていて、記者らの顔やノートを覗き込んだり、時折笑うなど1人リラックスした様子を見せていた。

「セクハラはなかった」と認定

 証言台に立った由紀さんは、

私の目から見ると、藤井社長は中国進出を焦っているように見えました。'17年11月までは中国進出に関してかなり否定的・批判的見解を明確にしていたにもかかわらず、そこからわずか半年足らずで中国の製薬会社とコンタクトすると言い出して態度を急変させました。

『龍角散』のパッケージ

 すでに中国で(龍角散ダイレクトや龍角散のど飴などの)模倣品が販売されて法的な問題になったりしていたんです。そのため、このまま十分な対策をとらずに中国の製薬会社との話を進めてしまったら、龍角散の生命線ともいえるノウハウや知財、品質やブランドを守ることが困難になると予想されました。

 そこで、私は当時、中国の製薬会社との取引を先導していたKさんとIさんに対し、中国ビジネスの危険性を伝えると共に慎重に調査及び対応を検討すべきであることについて意見は述べただけです

 と結んだ。

 社長のセクハラ疑惑に端を発したこの裁判。しかし体を触るなどの行為は認めながらも「(由紀さんが)セクハラを捏造した」という主張は苦しい。福田姉妹の処分は他に理由があるのではないか。

 ことの真意を龍角散に尋ねると、広報部が文書で回答した。

ー亜紀子さんの処分理由は、中国進出を妨害したというのが理由なのか?
「本件訴訟の当事者ではないことから同氏に関するご質問につきましては回答を差し控えさせていただきます」

ー龍角散は触ったり、色っぽいなどと女性に言うことはセクハラに当たらないと考えているのですか? 
「社内忘年会での当社社長の言動について違法なセクシュアルハラスメントはなかったことが認定されております」

 ということは、龍角散ではこれらの行為はセクハラにはあたらないということなのだろう。次回はセクハラ問題の当事者、相田さん(仮名)の証人尋問が予定されている。あったことをすべて話して“喉元スッキリ”してはいかがだろうか。