行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、離婚で2人の子どもの親権を放棄した妻のケースを紹介します。

※写真はイメージです

 夫婦が離婚する場合、子どもの親権をどちらが持つことが多いでしょうか? 2019年の司法統計によると離婚時に定める親権者は夫が1,727件、妻が17,358件なので、夫1:妻9。1割の母親は子どもを手放すということがわかります。

 父親が親権を持った例を挙げると、元プロ野球選手・佐々木主浩さんのケース。佐々木さんが元妻と離婚したのは2005年。2人の子どもの親権を元妻ではなく、佐々木さんが持つと報じられ、大きな注目を集めました。翌年、榎本加奈子さんと再婚し、2人の間には2人の子どもが産まれたようです。父親もしくは母親の違う子ども同士が同じ家庭で育つことをステップファミリーといいますが、佐々木さん・榎本さん夫妻は現在も婚姻関係は続いており、「父の連れ子」も今は成人しているようです。

 ところで筆者が開業した17年前、親権を放棄する母親のケースは「夫のモラハラ等に耐えられず、子どもを置いて家を出て、そのまま離婚する」というワンパターンでした。しかし、今は違います。現在は、親権とその他(仕事や趣味、遊びや友達など)を天秤にかけ、その他を取った場合、親権を手放す女性が増えています。もちろん、夫ときちんと話し合えば、もしくは家庭裁判所へ離婚調停を申し立てれば、親権獲得においては母親のほうが圧倒的に有利な状況です。

 筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、特に多いのは、妻が子どもより新しい彼を取るシチュエーション。いわゆる「母性」より「女性」が勝っている場合ですが、今回はそんな相談事例を紹介しましょう。

<登場人物(相談時点。名前は仮)>
夫:博之(38歳・会社員・年収350万円)
妻:佳純(36歳・会社員・年収350万円)☆今回の相談者
長男:大地(9歳・小学生)博之と佳純との間の子ども
長女:真由佳(6歳・小学生)博之と佳純との間の子ども

娘のリモート授業に付き添うのは夫

「どうせ離婚しなくちゃいけないなら、イチから再出発したいと思ったんです!」

 そう振り返るのは今回の相談者・佳純さん。佳純さんは9歳の息子さん、6歳の娘さんの親権を断念したのですが、なぜ、このような決断をしたのでしょうか? 佳純さんが筆者の事務所を訪れたのは夫に「ある秘密」を知られたのがきっかけでした。まず結婚生活が破綻する経緯を見ていきましょう。

「娘のリモート授業があって、なかなか相談に行けずにすみませんでした」

 筆者の事務所を訪れたとき、佳純さんはまずそう謝罪しました。佳純さんと直接会ったのは9月上旬。佳純さんが住む埼玉県も、筆者の事務所がある神奈川県も緊急事態宣言下でしたが、佳純さんが「どうしても」と懇願するので、筆者は十分に感染対策をすることを条件に佳純さんの訪問を受け入れたのです。

 2人のお子さんが通うさいたま市の小学校では、2学期から対面とリモートのどちらかを選択することが可能でした。息子さんは元気に登校したのですが、娘さんはリモートを希望したそう。しかし、娘さんの年齢ではまだリモート用の端末をひとりで操作することは難しく、保護者が代わりに行わなければなりませんでした。本来は最初の操作だけでいいのですが、結局、娘さんの様子が気になり、一緒に授業を聞くようになったそうです。

 しかし、リモート授業に付き添うのは佳純さんではなく夫。佳純さんは夫がリモート授業を手伝っているとき、夫の目を盗んで、筆者の事務所に来るのが難しかったと言います。なぜ、娘さんのリモートの補助を佳純さんではなく夫がやることになったのでしょうか?

 話は結婚3年目に遡ります。夫の博之さんは精神的なバランスを崩し、休職の末に退職。一時的に職を失っていたとき、佳純さんが家族を養う代わりに育児や家事の大半は夫が担当していました。そして2020年2月、新型コロナウイルスが蔓延。リモートワークが推奨される中、佳純さんの勤務先も例に漏れず。出社は毎月1回程度で、それ以外は在宅勤務を余儀なくされたのですが、育児、家事の担当は夫のまま変わりませんでした。

SNSで出会った男性と恋仲に発展

 このように夫婦の役割が逆転した生活に佳純さんは息苦しさを感じていたと言います。そんな佳純さんが気を紛らわすために書き込んだのはmixiの掲示板。「誰でもいいから話を聞いてほしい」と救いを求めると、ある男性が即答してきました。その彼とLINEのIDを交換し、やり取りをし、そして直接会うことに。そして恋仲に発展したのです。筆者は「旦那さんに怪しまれなかったのですか?」と指摘すると佳純さんは「怪しまれました」と答えます。

 佳純さんが意中の彼と会っていたのは木曜日の2時間だけ。「毎週毎週、一体どこの誰と会っているんだ?」と夫は疑いの目を向けてきたそう。佳純さんは「仕事の付き合い」と誤魔化したものの、夫は「どこの店で会ったんだ!」と追及の手を緩めません。佳純さんは仕方なく店名を教えたのですが、「これが失敗だったんです」と悔やみます。店名というたった1つのヒントから、夫は彼の素性を特定したのです。デートで毎回、同じ店を使っていたことが仇に。

 どうして特定できたのでしょうか? 実は調子にのった不倫相手の彼が「思い出を作ろうぜ」と言うので、佳純さんと彼はスマホでInstagramのアプリを開き、位置情報を追加できる「チェックイン」ボタンを押すという「デートの記念」を毎回、残していたそうです。夫はその店にチェックインした人の一覧を確認。そして木曜日のたびに佳純さんと同じ時間に入店したアカウントを執念で探し出したのです。「これは誰なんだ!」と指摘してきたそう。佳純さんは「いいじゃないの。私たちはとっくに終わっているんだから!」と逆ギレ。

 筆者は「なぜ、こんなことをしたんですか?」と尋ねると、佳純さんは「私だけ『家族』じゃないような気がして……」とこぼします。子どもは1日の大部分を夫と接しているので佳純さんより夫に懐いており、佳純さんは相手にされず、母でありながら子どもとの間に距離を感じていました。そのうち、週末は佳純さんが留守番をし、夫と子どもが遊びに行くように。不貞腐れた佳純さんは転職の際、土日出勤の会社を選んだので、ますます家庭内で孤立していったのです。そんなとき、寂しさを紛らわすために参加したのがmixiの掲示板。優しくしてくれた男に気を許したというのが不倫の経緯です。

これ以上、この家にいても仕方がない

 佳純さんが夫に「あんたたちが勝手にして、私をのけものにしてきたじゃない!」と訴えかけても、「一緒に出かけても、いつも不機嫌じゃないか」と返され、また佳純さんが「あんたが無視するから、私は居場所がなかったの!」と吐露しても、「居場所がないのは佳純のせいだろ?」と相手にされず。これ以上、この家にいても仕方がないと覚悟を決めたそうです。

 佳純さんは「これから、どうなるんでしょうか?」と不満を口にするので、筆者は「お子さんもまだ小さいですし、旦那さんは離婚を望んでいないのでは? きちんと謝り、心を入れ替え、二度と同じことをしないと誓えば、結婚生活を続けられるかもしれませんよ」と助言しました。

 さらに離婚した場合を想定し、「不倫をした妻が親権を持つ場合もありますが、どうしますか?」を投げかけたところ、佳純さんは厳しい表情に変わりました。佳純さんは「息子が私のiPadを見てしまって……」と振り返ります。実のところ、早い段階から離婚を視野に入れていた佳純さんは、離婚本の電子書籍をダウンロードしていたそう。iPadで読んでいたのですが、たまたまロックしていない状態で息子さんが操作。4冊の離婚本が表示されたのを見た息子さんが、「ママは離婚するの?」と尋ねてきたそう。

 驚いた佳純さんは、反射的にこう尋ねてしまったそう。「もしそうなったらママとパパ、どっちについて行く?」と。筆者はこのような質問をされた子どもは大半の場合、母親を選ぶことを知っていたので、「奥さんを選んだんですよね?」と言うと、佳純さんは首を縦ではなく横に振ります。息子さんは「パパがいい」と答えたのです。ついに佳純さんは息子さんが自分より夫との絆が強いことを確信したのです。佳純さんは「こんなに精神的に追い詰められたのは夫や子どもたちのせいですよ。今の家族とやり直すより、ゼロから新しく人生をやり直したいというのが本音です」と断言。

 そのことを踏まえ、佳純さんは再度、夫と話し合いの場を持つことに。今度は自分から別れを切り出したそうです。これで離婚は避けられない状況に。

親権を夫に譲る際に条件を付けた

 とはいえタダで親権を放棄することは本来、許されません。なぜなら、佳純さんが非親権者となった場合、親権者の夫へ養育費を払わなければならないからです。もし、養育費の支払いが発生するのなら、佳純さんの言う「新しい人生」に重くのしかかります。

 佳純さんは子どもたちを育てる意志はなく、親権を譲る気でいましたが、それを知らない夫は「親権を奪われるのではないか」と恐れているはずでした。そこで「タダで親権を譲るのではなく、養育費の支払いを免除してもらうことを条件として提示すること」が効果的だと思われました。夫は親権を獲得すれば満足し、「養育費なし」の条件を受け入れてくれるかもしれません。なぜなら夫にしてみれば、親権の獲得と養育費の回収という二兎を追った結果、佳純さんが「やはり私が親権を持つ」と翻意するのは困るからです。

 佳純さんがこのことを踏まえ、「親権は譲るので養育費は諦めてくれないか」と夫に提案したところ、「子どもたちといられるのなら」と二つ返事で了承。こうして佳純さんは経済的にも独身時代に戻ることができたのです。

 家族を失っても新しい人生を手に入れたい。それが佳純さんの選択でした。例の彼には妻、そして9歳の息子さんがいるそうですが、お互いに配偶者の愚痴や不満、悪口を言い合ううちに意気投合。「離婚したら一緒になろう」と約束を交わしたそうです。

 芸能界で親権を手放した母親として思い出されるのは女優の中山美穂さんでしょう。2014年に離婚する際、父親である作家の辻仁成さんが息子さんの親権を持ったと言われており、今も子育て中のようです。Twitterには子育ての様子を定期的に公開しており、最近も《ぼくは息子と父子旅に出ました》(7月25日)、《息子にいきなり、犬を飼わない? と言われた。いつか、子供はいなくなるよ、と、、、ぎく》(7月26日)《シャキッと出来ない父ちゃんですが、明日は頑張ることにします》(7月29日)などと投稿しています。

 辻さんの子煩悩ぶりを見ると、人には向き、不向きがあるのだと実感します。そして母親と別れ、父親に引き取られたからといって、子どもが必ずしも不幸というわけではないでしょう。そう考えると一般人においても、一概に親権を手放した母親の選択を責めるわけにはいきません。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/