行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、第3子の中絶を決意した40代夫婦のケースを紹介します。

※写真はイメージです

40代夫婦が中絶を選んだ特別な事情

 男性の子どもを身籠った女性の立場になって考えてみてください。第一の選択肢はお腹の中での成長を待ち、病院で分娩し、子どもを育てていくことでしょう。しかし、一部には「ある事情」で出産することが難しく、泣く泣く子どもをあきらめ、堕ろさざるをえないケースもあります。中絶を選ぶのはどのようなカップルだと思いますか?

 例えば、まだ学校に通っている未成年同士でお互いの両親が反対している場合、できちゃった婚をするつもりだったけれど途中で喧嘩別れする場合、そして彼が既婚者で結婚することが望めない場合などです。これらは金銭的、精神的、そして戸籍の問題が発生している場合ですが、「産みたいのに産めないケースは若年層に多い」という先入観もあるように思えます。

 逆に年齢は40歳以上、関係性は夫婦、そして世帯の年収が合わせて750万円超ならどうでしょうか? 一見、問題はないように思われます。行政書士・ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっている筆者ですが、夫婦が子どもを授かった場合、「何も迷うことはないだろう。当然のように出産する方向で進むだろう」と決め付けていたところがありました。しかし、蓋を開けたら愕然。40~44歳の中絶件数は約15,000件(2016年、厚生労働省調べ)に達しているのです。こんなにたくさんの命がこの世に生を受けることなく亡くなっているなんて……。

 今回の相談者・早川好江さん(42歳)もそんな1人です。好江さん夫婦はすでに2人の子どもがいる中、第3子を妊娠したのですが、悩み悩んだ結果、出産しないことを決めたのです。なぜ、このような決断に至ったのでしょうか? 不惑超えの夫婦には若年層とは違う、特別な事情があるようなのです。好江さんが筆者の事務所を訪れたのは妊娠2か月目のこと。

<登場人物(相談時点。名前は仮)>
夫:隆康(48歳・会社員・年収750万円)
妻:好江(42歳・会社員・専業主婦)☆今回の相談者
長女:美玖(10歳)隆康と好江との間の子ども
長男:玲矢(8歳)隆康と好江との間の子ども

「主人とは、もともと上手くいっているほうではありませんでした」

 好江さんは妊娠前の生活をそう振り返ります。例えば、長女が3歳のときのこと。好江さんは夫、娘さんと一緒に公園で遊ぶ微笑ましい光景……いわゆる公園デビューに憧れていました。もちろん、娘さんも楽しみにしており、好江さんは「公園に行こうよ!」と夫を誘ったのですが、夫は「勝手に行ってこいよ!」と拒否。好江さんが「なんで?」と尋ねると、夫は「公園の遊具にはバイ菌がいっぱいだろ? 特に砂場! 気色悪い虫が出てきたらどうするんだ!」と激怒。

 筆者が「それでどうしたんですか?」と尋ねると、好江さんは「私たちが子どものころは大丈夫だったでしょ?」と返したそう。しかし、夫の口は閉じたまま、目は血走り、顔は真っ赤に。そしてドアをバタン! と閉じると書斎にこもり、鍵をかけ、またスマホのゲームを再開したので、好江さんは夫抜きで公園へ出かけるしかなかったそう。子どもが汚れるのはいいけれど、自分が汚れるのは嫌だ。夫はそんな自己中心的な態度をとったのです。

避妊を頼む暇もなかった

 これはあくまで一例で、好江さんと夫との間には喧嘩が絶えませんでした。それでも好江さんが嫌な顔をせず、淡々と夫のパンツを洗い、酒のあてを作り、書斎を掃除し続けたのは「抱いてくれた」から。夫が身体を求めるのは自分に気持ちがある証だと好江さんは思っていましたし、結婚当初から最近まで絶えず性生活という愛情表現があったのです。筆者が「離婚を考えなかったんですか?」と質問すると、好江さんは「そのときは(考えなかった)」と答えます。そんな矢先に第3子を妊娠していることが発覚したのです。

「主人はとにかくお酒が好きで、365日のうち360日は飲む感じです!」と好江さんはため息をこぼしますが、2か月前の夜中1時。コロナ禍で外飲みできない夫は家族との食事が終わり、好江さんと子どもたちが就寝した後も家飲みを続け、ベロベロの状態に。そして夜中1時。寝室に入ると寝ぼけ眼の好江さんを押し倒し、服を脱がし、身体を触ると抱きしめてキスをしてきたのです。そしてもう我慢できないという感じで射精すると、そのまま果てたのですが、夫は上から乗ってきたので、避妊を頼む暇もなく、そのまま夫を受け入れたのです。この夜がきっかけで好江さんは妊娠に至ったようです。

 しかし、好江さんの「愛されている」という実感は幻想だったのです。最近、上機嫌で鼻歌を歌い、楽しそうな笑みを浮かべ、軽やかに歩く夫の姿に好江さんは「おかしい」と勘繰りはじめました。今までカラオケが好きではなかった夫が突然、練習を始めるなんて……。

妊娠中に明らかになった夫の不倫

 筆者が「旦那さんのどこを調べたんですか?」と聞くと、好江さんは「書斎です」と答えます。夫の目を盗んで侵入して机の引き出しを開けると、帝国ホテルやホテルオークラの領収書、カラオケボックスのポイントカードなど怪しげな品が次々と出てきたのです。夫を必死に問い詰めると、デリヘルで知り合った女性にぞっこんだと白状しました。その女性に好かれたい一心で歌を練習したり、気に入られるために銀座のすし店でごちそうしたり、楽しませるためにディズニーランドやシーへ連れて行ったり、満足させるために高級ホテルに招き入れたりしたことが次々と明らかになったのです。

 好江さんは「無神経で浅はかな行動に腹が立ちました!」と言いますが、実のところ、夫に愛されていたわけではなく、単なる性欲のはけ口であり、相手は誰でもよかったのです。しかも、好江さんが抱かれたのは自宅の寝室。カラオケでデュエットしたり、ごちそうを食べたりしたわけではありませんでした。むしろ不倫相手より下に見られていたのだから、余計に怒り心頭です。

 好江さんはついに堪忍袋の緒が切れ、「私が妊娠していること、気づいてた?」と切り出すと、夫は逆ギレ。「そんなことは知らねぇよ。2人で十分だろ?」と──。その言葉で、かろうじてつないでいた夫への気持ちがプツンと切れてしまったようです。「本当にいいの?」と確認すると夫は「勝手にしろ!」と言うのです。好江さんが筆者に助けを求めてきたのは、このタイミングでした。

「はじめは何があっても産もう。そう決めていました。でも、好きじゃない相手の子どもがお腹の中にいることが、そのせいでつわりで苦しむことが、こんなに苦痛なんて思いませんでした」

 好江さんはそう回顧しますが、お腹の重みを感じるたびに脳裏をちらつくのは夫が不倫相手と一緒にいる姿。好江さんを抱いた手が、今は別の女を抱いていると思うと、胸が痛く、息が苦しく、そのまま倒れてしまいそうな衝動にかられたそうです。

「このままじゃ、この子が不幸になるんじゃないかって。産んだはいいけれど、本当にかわいがることができるのかって。上の2人と同じように……」

 好江さんは不安な気持ちを吐露しますが、夫への怒りが第3子へ向かってしまうことを恐れたのです。何より今の夫は父親としてふさわしくありません。第3子は多かれ少なかれ、父親失格である夫の影響を受けるでしょう。また離婚しないだけで愛情がない両親のもとで育つのが、果たしてお腹の子のためなのか。そんな自問自答を繰り返した末、筆者に相談に来ました。夫婦のこれまでや夫との関係を整理して語る中で、好江さんは次第に育てる自信を失い、産まないほうがいいという結論に達したのです。

夫は中絶費用の支払いを拒否

 翌日、夫は手術の同意書に署名。そして1週間後に好江さんは産婦人科を訪ね、人工中絶手術を受け、お腹の子どもは跡形もなく消えてしまったのです。

 そして以下は好江さんが病院で支払った費用の合計、内訳ですが、後で夫が負担してくれると思っていたそうです。しかし、実際には夫は「それどころじゃない」と支払いを拒否。前述の遊興費は小遣いの範囲を超えており、カードローンに手をつけた模様。ローンの返済で手が回らないと言うのです。

<病院に支払った費用の内訳>
中絶前の受診費用 8,100円
手術費 111,240円
処理費 10,800円
術前検診 9,720円
術後検診 3,240円
産科受診 4,500円
計 147,600円

 とはいえ好江さんは長女、長男の母親であることは変わりませんし、専業主婦の好江さんにとって2人を育てていくのに夫の収入は必須です。そのため、離婚したいのはやまやまですが、そのことを悟られないよう、仮面夫婦を続けるつもりだそう。

 筆者は「旦那さんは(妻子への)愛情を完全に失っていますよ。むしろ離婚したいのは旦那さんのほうでは?」と聞くと、「そうやすやすと離婚してあげないのが主人への復讐です」と好江さんは返します。

 術前だけでなく術後も検診等で何度も病院に足を運ぶのも、お腹を痛めるのも、そしてお腹の胎児の命を絶つという喪失感に苛まれるのも、子の母親である好江さんだけです。一方、夫はどうでしょうか? 一度も病院に足を向けず、もちろん、自らのお腹を痛めることもなく、お腹の胎児がいなくなるという喪失感を抱くこともありません。だから「勝手にしろ」と軽口を叩くことができるのでしょう。

 もし、夫が他の女にうつつをぬかさなければ、一流ホテルや高級な食事、そして人気のテーマパークに「夫婦のお金」を使い込まなければ、何よりもう少し、好江さんのことを大事にしていれば、無事に産まれてきた命です。そう考えると不憫で仕方ありません。

「中絶は子どもを殺すことです。罪深いってわかっています。私は60歳になっても70歳になっても罪悪感に苛まれるでしょう。胎児の動いている様子を見て、それでも中絶を選んだのだから」

 最後に好江さんはかろうじて言葉にできた思いを、か細い声で語り、事務所を後にしましたが、うっすらと涙ぐんでいるように見えました。後日、心療内科で「心的外傷後ストレス障害」と診断されたとの報告がありました。そのことは好江さんが被った精神的苦痛やストレス、嫌悪感や不信感がそれだけ大きかったことの現れでしょう。

 夫婦同士の性生活で避妊すべきか否かは極めてナイーブな問題です。恋人同士の場合と違い、避妊するのがマナーだと言いきれません。しかし、好江さんのようにまだ40代の場合、妊娠する可能性があります。厚生労働省によると2020年、中絶したケースのうち、避妊ありは全体の35・4%、なしは47・1%。緊急避妊ありは全体の2・7%、なしは88・0%という結果でした。妊娠を望んでいないのなら、もしもの場合に備え、避妊することも検討したほうがよいでしょう。夫婦の間にやってきてくれた子どもを堕ろすという悲劇に見舞われないように。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/