京アニに何度か小説を応募。「内容を盗まれた」と一方的に恨みを募らせたとされる青葉被告

 京都アニメーション制作のアニメ作品『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が、
日本テレビ系の映画放送枠『金曜ロードショー』で10月29日、11月5日の2週にわたり、放送される。

『金曜ロードショー』は特に視聴者が多いとされる時間帯「ゴールデン・プライムタイム」に放送される番組とあって、'85年の放送開始よりラインナップとしては主にファミリー層向けの映画作品が選ばれてきた。

「京アニ」作品放送のウラで事件に進展

 ところが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は他局で、しかも深夜の時間帯に放送されたアニメ作品であることから、異例の抜擢だと言える。

「『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は女性作家・暁佳奈(あかつき かな)のデビュー小説を原作としたアニメーション作品。この原作小説は、京都アニメーションが主催する『京都アニメーション大賞』の小説部門において大賞を授賞し、華々しくアニメ化への一途を辿りました。

 ちなみに過去の開催回のうち、大賞を受賞したのはこの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のみ。唯一の賞を冠した作品だけあって、その出来栄えは“京アニの全力”と評されています」(アニメ誌ライター)

 主人公は元軍人の少女・ヴァイオレット。かつての大戦で幼い頃より「武器」として扱われた過去を持ち、感情を知らず、上官からの命令だけが人生のすべて。人間らしさをいっさい持たない彼女は、戦地で大切な人から告げられた言葉「愛してる」の意味を探すため、手紙の代筆業である『自動手記人形』の仕事に就く。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式HPより

“人が人に想いを伝える”という様々な愛の場面に立ち会うたびに、彼女は心に感情を灯してゆく、というストーリーだ。

「切なくも美しい物語と、繊細な感情表現と作画が評判となり、'18年に放送されたTVシリーズに続き、'19年には『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形―』が劇場公開されました。今回は、地上波放送の特別編集版と、この外伝が2週連続で放送されます」(同・前)

 そんな話題作が放送される中、この作品と因果の深い事件がまたひとつ、わずかながらも進展を見せている。

 京都アニメーション放火殺人事件、通称「京アニ放火事件」である。

'19年7月18日、京都府伏見区のアニメ制作会社・京都アニメーションの第1スタジオに当時41歳の男が侵入し、ガソリンを撒いて放火したことで社員36名が死亡、男を含む35名が重軽傷を負った。これは国内において史上最悪の殺人事件であり、2年が経過した今でも犠牲者を悼む声が多く聞こえてくる。

初公判の見通し立たず

「実は、今回の金曜ロードショーで放送される『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝』は、この事件が発生した前日に完成した作品なんです。
 
 事件の犠牲となった才能あるクリエイター達の“遺作”である同作品のエンドロールには、犠牲者を含め、作品に携わったすべてのスタッフの名が刻まれています。通常、経験1年未満のスタッフ名の掲載は行わない慣例のある京アニにおいては、特別の計らいとなりました」
(アニメ制作会社関係者)

 事件を起こした青葉真司(あおば しんじ)被告は、自身も生死の境をさまよう重症を負い、回復を待ったのち、殺人・殺人未遂・建造物侵入・現建造物等放火・銃刀法違反の5つの罪で京都府警察により逮捕された。事件発生から実に10か月以上が経過した後、青葉被告は被害者の数を知ったという。

 今後、青葉被告はどのように裁かれるのか。

燃え跡が残る事件直後のスタジオ

10月に入ってから新たな進展として、京都地方裁判所により青葉被告への2度目の精神鑑定が行われることが明らかになりました。すでに鑑定は始まっているそうです。精神鑑定とは、精神科医による精神状態の診断をもとに、裁判所が訴訟当事者の責任能力の有無を判断すること。

 京都地検は1度目の精神鑑定を踏まえて“刑事責任能力を問える”と判断し、殺人罪を含めた5つの罪で被告を起訴したが、ここへきて弁護側が精神鑑定の結果を不服とし、再度の精神鑑定が行われる運びとなったのです」(全国誌社会部記者)

 事件から2年以上が経過するも、初公判の時期は見通しが立たない状況だという。

「今回は国民の関心の高い事件として、一般市民が裁判に参加し有罪無罪の判断や量刑を行う『裁判員裁判』が行われます。一方で、裁判に向けて争点を絞り込んだり、被害者参加制度に基づき裁判に参加する遺族らとの調整を行う『公判前整理手続き』がまだ進んでおらず、初公判の時期の見通しは立っていません」(同・前)

 青葉被告は犯行の動機として京アニに「小説を盗まれた」と主張している。再度の精神鑑定により無罪となる可能性は低いだろうが、刑の量定には被告の生い立ちや境遇などの実情が関わってくるのかもしれない。

作中のセリフとの“リンク”

「青葉被告は’78年、現・さいたま市に3人きょうだいの次男として生まれ、幼い頃に両親が離婚し、父と兄と妹の4人暮らしとなりました。定時制高校卒業後には非正規の仕事を転々とするも’99年に父親が自殺し、一家は離散。仲がよかった父親の他界で歯車が狂い出したのか、それからはトラブル続きに。

‘06年には下着泥棒で逮捕されるも執行猶予がつきましたが、’12年にはコンビニ強盗により逮捕されて実刑判決を受けています。出所後もたびたび騒音や器物損壊の問題を起こしており、‘17年には精神障害と診断されました。まだ何とも言えませんが、精神鑑定の結果によっては、刑の量定に影響する可能性があります」(同・前)

「どうせ死刑になることは分かっている」

 最初の事情聴取で被告が口にした言葉だが、事件で負った傷がだいぶ回復してからは、懸命に治療を続けた医療スタッフに対し丁寧に敬語を用い、感謝の意を述べたという。

「他人の自分を全力で治そうとする人がいるとは思わなかった」

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』外伝の公式HPより

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の主人公・ヴァイオレットの美しい心の成長と同一視するわけではないが、過酷な境遇で心を閉ざし、人の道を外れてしまった被告もまた、人の愛に触れることで“心”を知ったのだろう。
 
 作中では「燃えている」「やけど」といったキーワードも多用されているのだが、中にはこんなセリフが登場する。

「境遇がどうであれ、経緯や理由が何であれ、してきたことは消せない。忘れることもできないだろう。燃えているのはあの子だけじゃない。俺や君だって、表面上は消えたように見えるやけどの痕もずっと残ってる」

 事件前に発表された作品であるが、このセリフは事件により残された人々に向けられているようにも、青葉被告に向けられているようにも聞こえてくる。

 行き着く先がたとえ極刑だとしても、青葉被告には真摯に被害者と遺族、医療スタッフや京アニファンの心に向き合い、一生をかけて罪を償って欲しい。


取材・文 久遠 凛