送検される服部恭太容疑者(左)=2日午前11時57分、警視庁調布署(共同通信)

 先日、京王線の特急電車内で起きた刺傷事件。殺人未遂容疑で逮捕された服部恭太容疑者はこう供述した。「人を殺して死刑になりたかったーー」。そんな身勝手な理由から、人の命を奪おうとする凶悪犯罪者たち。加害者家族をサポートするNPO法人『World Open Heart』の理事長・阿部恭子さんの元にも、「死刑になりたい」と言う子どもに怯える家族からの相談が寄せられている。いったい何がそうさせるのか。そして、阿部さんにとある青年が語った本心とはーー。

明日は我が身という恐怖

 10月31日、コロナの感染状況も落ち着き、仮装してハロウィンを楽しむ若者の姿も見られる東京の夜、京王線の車内で派手なスーツに身を包んだ青年が突然、乗客を切りつけ、車内に火をつける事件が発生した。現場はパニックになり、逃げ惑う人々の映像は社会を震撼させた。

 多くの人が利用する電車を狙った無差別放火・刺傷事件は、自分も巻き込まれるかもしれないという大きな不安を社会に与えている。事件の影響で、電車を利用することができなくなり、日常生活に大きな支障をきたすケースも出てくる可能性があり、長期的な被害者のケアと社会復帰への支援が不可欠である。

「こういう事件が起きると、娘が巻き込まれたのではないかととても不安になります。無事だと判明した途端、今度は、息子が事件を起こすのではないかという不安に襲われるんです」
 
 久美(仮名・50代)は息子と娘、ふたりの子どもの母親である。息子・雅史(仮名・20代)は、大学受験の失敗がきっかけで自宅に引きこもるようになった。生活は昼夜逆転し、久美に暴言を吐き、家で暴れることもしばしばだった。

 久美は子どもたちがまだ幼いころ、夫を病気で失い、その後まもなく再婚していた。再婚相手は息子にだけ厳しく、成績が振るわないと叱責し、息子も年を重ねるごとに父親に激しく反抗するようになった。父子の間で板挟みになっていた久美は耐えられなくなり、数年前に離婚をし、夫は家を出ていった。

 雅史は、人生が思いどおりに行かなくなった原因は、母親が再婚したことだと久美を責め続けた。それだけでは収まらず、怒りの矛先は母親以上に妹にも向けられる。

 再婚相手の父親は妹には甘く、妹は比較的自由に育ってきた。学校でも活発で成績もよく、有名大学に合格していた。雅史は妹に激しく嫉妬し、父親が家を出てからは妹に暴言を吐くようになり、妹は実家を出てひとりで生活せざるを得なくなった。
 
 今年の8月、小田急線の車内で起きた刺傷事件の犯人は、「幸せそうな女性を見ると殺したい」「勝ち組の女性を標的にした」と供述していたと報道されたが、久美は妹を妬む雅史の姿と重なったという。

「自殺で失敗して身体が不自由になったら嫌だから、死刑がいい。俺が犯罪者になったらあいつ(妹)の人生も終わりだ。やるときは道連れにしてやる」

 雅史はそう言って、久美を脅した。

「人を殺したいならお母さんを殺してちょうだい……」

 息子の前に跪き、泣きながらそう叫んだこともあった。警察に相談してもカウンセラーに相談しても、事態は一向に収まらなかった。

 息子が人を殺める前に、この手で我が子を殺すしかない。そう思いながらもできないまま時間が流れていた。

殺意はどこから来るのか

 筆者は、久美から相談を受け雅史と直接会って話をする機会を得た。雅史は一見、穏やかで、礼儀正しい青年だった。家庭以外でトラブルを起こした過去はないという。しかし、

「誰でもいいから殺して、死刑になりたいと思うことがある」

 話の核心に入ると、突然険しい目つきになり、はっきりと殺意を口にした。“死刑”という発想はどこから来るのか。

 雅史が言うには、母親の再婚相手である義理の父が、夕食の時、犯罪報道を見るたび、

「こういう奴らは即刻、死刑にしろ!」

 と言っていた言葉が焼き付いているからだという。

 義理の父親はエリートで一流企業に勤めていた。父親は雅史に、地元で最も偏差値の高い高校に入学するようにプレッシャーをかけた。なんとか合格はしたものの、入学後は授業についていけず、劣等感から友達を作ることもできなくなり不登校気味になっていった。義理の父親に劣等感を抱くと同時に、実父を亡くした喪失感にも苦しんでいたのだ。

 雅史から見ると妹は要領がよく、新しい父親ともすぐに仲よくなっていた。雅史は、母や妹に裏切られた気がして不信感を募らせ、家族に攻撃的になっていたことがわかった。

 雅史と対話を重ねるうちに、不満は述べても「自殺」や「殺人」といった物騒な言葉を口にすることはなくなっていった。
 
 転機が訪れたのは、二浪の末、第一志望の大学から合格通知が届いてからである。その後は、順調な大学生活を送っており、人が変わったように明るくなり家族に暴言を吐くこともなくなった。

 それでもまだ、久美の親としての不安は払拭されてはいない。

「就職が上手くいけばいいのですが、また挫折するようなことがあったらと思うと……。事件が起こる度、被害者か加害者か、明日は我が身と考えてしまいます」

子どもに「人を殺したい」と言われたら

 真知子(仮名・50代)もまた、かつて「人を殺したい」と訴える息子(10代)に悩まされていた。息子は学校の成績もよく友達も多かったことから、まさか現実になるとは考えられなかった。ところが事件は起きてしまう。

 息子がひとり暮らしを始めて間もなくのころ、自宅に訪ねてきた知人を刺して死亡させてしまったのだ。犯行動機について、息子は「人を刺してみたかった」と供述し、猟奇的な事件として報道された。

「たとえ問題を起こしたとしても、まさか人を殺すなんて考えませんでした。あの時、もっとちゃんと子どもと向き合っていればと後悔しています」

 安全かつ確実な方法で死に至る死刑制度を求める殺人事件はこれまでにも起きており、殺人にまで発展しなかった事件においても、犯行動機として「死刑願望」が語られていたケースはいくつも存在している。

 このような現状に鑑みれば、死刑制度が犯罪の抑止として機能しているのか、非常に疑問である。

 では、もし自分の子どもが「人を殺したい」「死刑になりたい」などと口にしたらどのようにしたらいいのか。

 「人を殺したい」といった言葉は出口の見えない絶望感、底知れぬ孤独、制御不能となった異常性を示すSOSとなる。その欲求がどこから生じるのか、真摯に向き合ってくれる人がいることは犯行の抑止になり得ると言える。

 久美のように、家庭に問題を抱えながらも息子を支えるだけの経済力が残っているケースはそう多くはない。金銭的にも余裕がなく、誰にも相談できず、あらゆる繋がりが絶たれて孤独になってしまった人々。彼らの受け皿が、社会には必要である。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。