行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、内縁の妻に遺産を残すために遺言書を作成した男性のケースを紹介します。

※写真はイメージです

男性が超年下の“内縁の妻”を持つ事情

 突然ですが「内縁」という二文字が何を意味するのか、知っていますか? 「内」の「縁」と聞いてもわかりにくいですよね。

 これは普通の夫婦(法律婚)と比べるとわかりやすいです。法律婚は婚姻届を提出し、同一戸籍に入っている男女のことです。一方、内縁とは「何らかの事情」で婚姻届を提出することができず、苗字は別々だけれど、一つ屋根の下で衣食住をともにする男女です。外から見れば普通の夫婦と変わりません。

 では、入籍できない事情とは何でしょうか? 筆者は行政書士・ファイナンシャルプランナーとして男女の悩み相談にのっていますが、大半の場合、「離婚できないから」です。 特に男性の側に戸籍上の配偶者(本妻)がいるパターンです。配偶者が承諾してくれず、まだ離婚していないのに、新しい女性と付き合い始めるケース。日本では重婚は認められていませんから、新しい彼女と結婚するには配偶者と離婚しなければなりませんが、例えば、「お前より若い子と一緒になりたいから」という理由で、妻は簡単に離婚に応じるでしょうか。離婚交渉を途中で断念した場合、内縁という奇妙な関係が発生するのです。

 内縁の妻は夫より20歳以上も若い……そんな「超」年の差も珍しくありません。なぜでしょうか? 老夫が若妻を金銭的に養うことで成立するからです。具体的には非正規で生活を安定させたい30~40代女性と、前妻を失った寂しさを埋めたい60~70代男性が惹かれ合うのですが、持ちつ持たれつという感じ。

 今回の相談者・亮一さん(仮名・72歳)、美穂さん(仮名・48歳)もそんな組み合わせです。筆者の事務所へ二人そろって相談しに来たとき、亮一さんの寿命は尽きようとしていました。亮一さんが把握している限り、現金化できる財産は4,000~5,000万円程度ですが、何が問題なのでしょうか?

<登場人物(相談時点、すべて仮名)>
夫:亮一(72歳・年金生活)
内縁の妻:美穂(48歳・家事手伝い)☆今回の相談者
戸籍上の妻:鈴美(70歳・年金生活)
長女:音美(34歳・専業主婦)亮一と鈴美との間の長女
長女の夫:玲央(36歳・会社員)
長女の子:大河(1歳)玲央と音美の間に生まれた長男

「彼がまだ動けるうちにやっておきたいんです。でも何から始めれば……」

 美穂さんは不安そうな表情を浮かべますが、事務所の玄関で筆者は唖然としました。亮一さんの両足は1.5倍に腫れ上がり、靴が履けない状態だったのです。素足にサンダル履きという姿が余命の短さを象徴していると後でわかったのですが、亮一さんが侵されたのは末期の食道がん。4年間にわたる闘病の末、もう効く抗がん剤はなく、病院に見放されたのは先月のこと。亮一さんは残りの時間を自宅で過ごすことを希望しました。そして歩行困難になる前に筆者のところを訪れたのです。

 しかし、事情を知らない筆者が美穂さんに「奥さんですか?」と尋ねると二人とも難しい顔をします。美穂さんは10年間、亮一さんのことを心身ともに支えてきました。亮一さんは「今はとても幸せです」と言います。亮一さんはもともと妻、そして長女と生活していたのですが、亮一さんが61歳のとき、自宅を出て、美穂さんと一緒になったのです。

妻の癇癪に耐えられず家を出た夫

 亮一さんが家を出たのには理由がありました。彼いわく、件の妻は癇癪持ち。長年、激しい気性に悩まれてきましたが、特にひどくなったのは亮一さんが42年間、勤めた会社を定年退職してから。夫婦が同じ空気を吸う時間が長くなった影響で妻はますます神経質に。例えば、亮一さんの財布やスマホ、クレジットカードの明細までチェックするように。少しでも無駄使いを発見すると大変です。「馬鹿!」「ボケ!」「死ね!」と暴言を浴びせてくるのです。そのため、次第に亮一さんは昼間外出し、妻を避けるような行動を取り始めたのです。

 亮一さんが家に戻るのはシャワーを浴びるときだけ。寝室に入らず、リビングのソファーで寝る日々を続けていたところ、妻に見つかってしまい……。亮一さんが「ちゃんと家で休めるようにしてほしい」と頼むと、妻は「いつになったら出て行くんだ。早く死んでくれ!」と一蹴。亮一さんは完全に居場所を失い、自宅を追われ、行方をくらますしかなかったそうです。

 最初はひっきりなしに届いた妻や長女からの罵詈雑言も次第に減っていき、途中で完全に途絶えたのです。そして失踪から1年後。美穂さんと知り合い、お互いに惹かれ合い、夫婦同然の生活を送るように。二人は中途半端な関係だったものの、「日々の生活に特段、不自由していなかったので……」と亮一さんは弁明しますが、本妻との離婚はついつい後回しに。そしてきちんと「けじめ」をつけず、なぁなぁのまま、今に至ったそう。

 つまり、戸籍上の配偶者は今だに本妻。そして美穂さんは内縁の妻という位置づけなのですが、問題は相続権。今にも亮一さんの寿命が尽き、相続が発生しそうな状況ですが、法律上、「何もしなければ」内縁の妻に法定相続権(法律で定められた相続権)はありません。このままでは亮一さんの遺産は闘病中、何もしていない本妻と長女が総取り。献身的に看病した美穂さんには何も残らないのはあまりにも不平等な結果です。

彼女に遺産を残すための遺言作成

 確かに二人の間柄は不倫、美穂さんの存在は不倫相手ですが、亮一さんにとって10年間、その存在を忘れていた戸籍上の妻と、10年間、連れ添った内縁の妻とどちらが大事でしょうか? 亮一さんは「美穂さんです」と断言します。亮一さんは残された美穂さんがお金に困らないよう、遺産を残すことを望んでいました。

 もちろん、亮一さんが本妻と離婚し、美穂さんと再婚することができれば、それが理想的な展開です。法定相続人は美穂さんと長女だけ。本妻に遺産を渡さずにすみます。本妻が美穂さんに「何様なの!」と文句を言う権利はありません。とはいえ亮一さんは余命わずかの状態。10年ぶりに本妻と連絡をとり、今さら「正式に別れてほしい」と頼み、亮一さんが亡くなるまでの間に離婚届に署名をもらう。それは全く現実的ではありませんでした。

 そこで筆者は「離婚せずに彼女に遺産を残すのなら遺言を作りましょう」と提案しました。なぜなら、遺言のなかで美穂さんに遺産を渡すと書けば、美穂さんにも相続する権利が発生するからです。

 ところで遺言は公正証書遺言自筆証書遺言の2つに分かれます。前者の場合、公正役場で公証人立ち会いのもと本人が署名捺印するのですが、いざ本人が亡くなり、遺言を発見し、相続を開始する前に、遺言の発見者が勝手に中身を書き換える可能性があります。そのため、遺言の原本は本人だけでなく、公正役場でも保管しておきます。もし、発見した遺言と公正役場の遺言に相違があった場合、改変の事実が明るみに出るので安心です。後者の自筆証書遺言の場合、遺言を無断で改変していないかなどを相続の手続を始める前に、裁判所で確認しなければなりません(=検認)。

 今回の場合、自筆で遺言を残すのは極めて危険です。本妻は「夫が出て行ったのは女(美穂さん)が裏で糸を引いているはず。夫はあの若い女に騙されたに違いない。金欲しさで近づき、媚を売り、遺言を書くように仕向けた守銭奴」と思うに違いありません。美穂さんという存在のせいで遺産の分け前が減るのですから、筆者は「本妻や長女が美穂さんを逆恨みするでしょう」と指摘しました。

 美穂さんが亮一さんと出会ったのは別居後ですが、「寝取ったわけではない」と弁明しても、怒り狂った本妻は聞く耳を持たないでしょう。自筆証書遺言の場合、もし本妻が検認前に遺言を奪い取り、焼き払い、灰と化した場合、遺言を「なかったこと」にすることも可能といえば可能です。

 現時点で本妻や長女が何をどこまで勘づいているのかはわかりませんが、少なくとも美穂さんのことは「悪女」に映るでしょうから、本妻や長女が何を仕出かしてもおかしくはありません。亮一さんは美穂さんのことを本妻、長女から守らなければなりません。このことを踏まえた上で亮一さんは遺言の形式として「公正証書」を選びました。

寿命が尽きる中で感じた“罪悪感”

 次に具体的な内容です。亮一さんが家出せざるをえなくなったのは妻の責任も大きいでしょう。妻がまともなら悠々自適な老後生活が待っていたはずと考えると、遺産は美穂さん10割でもよさそうですが、亮一さんは言葉を濁します。美穂さんと暮らし始めて10年ですが、一方で結婚から別居まで25年。遺産の一部は妻のおかげで築いた財産も含まれています。

 そして亮一さんは別居から11年間、妻子に生活費を全く渡していません。さらに長女の結婚、孫の誕生、義母(妻の母)の逝去……いずれの場面も夫不在、父不在で迎えざるをえず、寂しい思いをさせたという自責の念もあります。亮一さんは自宅療養中、過去の人生が走馬燈のようによみがえったとき、家族を捨てた罪悪感が頭をよぎったそう。「彼女たち(本妻と長女)には悪いことをした」と。

 そのため、筆者の提案に対して亮一さんは本妻、長女にも遺産を残すことを望みました。そして本妻、長女、美穂さんは均等に3分の1ずつ分けることに決めたのです。そして本妻、長女に遺産分割の手続を任せた場合、美穂さんがどんな目に遭うかわかりません。そこで筆者は「遺言の執行人(相続人を代表して遺産分割の手続を行う人)を美穂さんにしましょう」と提案し、亮一さんと美穂さんは承諾しました。

 それから2週間。筆者は文面を作成し、美穂さんは印鑑証明、戸籍謄本等の書類を入手し、筆者は書類をもとに公正役場へ連絡し、公正証書化する準備を進めました。そして署名当日、車椅子で現れた亮一さんの姿に筆者は愕然としました。亮一さんは自らの足で歩くことが困難になっていたのですが、わずか2週間でこんなに悪化するなんて……。

 亮一さんが公正証書に署名する場所は公正役場ですが、エレベーターがない建物の2階。バリアフリー化された役場を選ばなかったことを悔やみました。結局、筆者と美穂さんが亮一さんを抱えて2階に運びました。そして亮一さんは公正証書遺言の手続きを無事、終わらせることができたのです。

早め早めに「終活」の準備を

 しかし、人生で最後の仕事を終えたことで残された力を使い果たしたのでしょうか? 亮一さんは5日後に突然倒れ、救急車で搬送され、そのまま帰らぬ人に。筆者が亮一さんに会ったのは2回だけですが、どんな事情でも依頼者が亡くなるのはショックです。同時に「間に合ってよかった」と安堵したのも確かです。

 こうして亮一さんは美穂さんへの感謝の気持ちを遺産という形で残すことができたのですが、亮一さんのように妻との縁切りを別居で済ませ、離婚まで行わないケースは決して珍しくありません。なぜなら、別々に暮らし、連絡をとらず、存在を感じない生活は別居でも離婚でも同じだからです。しかし、別居と離婚の違いは戸籍です。別居先で新しい彼女と結びついた場合、「まだ妻が戸籍に入っている」という理由でさまざまな問題が生じます。

 今回の相続はあくまで一例。新しい家庭を持つ場合は古い家庭にけじめをつけるのが第一ですが、どうしても難しい場合は遺言を含め、「終活」を行う必要があります。もちろん、亮一さんのように土壇場で慌てたりせず、早め早めに準備しておくのが肝要です。

<亮一さんが作成した公正証書遺言の文面>

遺言公正証書

本職は遺言者・**亮一の嘱託により、証人・***、***の立会の上、次の遺言の趣旨の口述を筆記しこの証書を作成する。

鈴美、音美へ

貴方たちがこれを読むとき、私はすでにこの世にいないでしょう。4年間、治療を続けた食道がんですが、今はステージ4、すでに余命8か月と言われたからです。長年にわたり、鈴美に苦しめられました。ここにすべての詳細を書き出すことはしませんが、事あるごとに思い出しては当時の苦しみがよみがえる日々を送ってきました。本当につらかった。

そんななか私を救ってくれたのが美穂さんです。私は何度も死のうと思いましたが、ここまで生きながらえたのは美穂さんのおかげです。ありがたいことに私の病気がわかってからも、私のことを捨てずに支えてくれました。美穂さんのことを考えると私だけ苦しめばいいわけではありません。貴方たちの存在は美穂さんに大きく影響します。この遺言で美穂さんにもお金を残したいと考えています。

ただ、世間から音美がどう思われているか。そのことをずっと負い目に感じてきました。そこで美穂さんには遺産の3分の1を受け取ってもらいますが、残りは貴方たちで分けてください。執行人は美穂さんに任せます。

最後にくれぐれも美穂さんに迷惑をかけないでください。美穂さんのところに乗り込んできて、自分たちの権利を主張し、美穂さんを困らせないでください。そのようなことは何としても防ぎたい。その一心で私は筆をとったのです。

本旨外要件

遺言者 無職 神奈川県川崎市********** **亮一

(以下、省略)


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/