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 先日、愛知県弥富市の中学校で、3年生の男子生徒が同級生に刃物で刺し殺される事件が発生した。もし自分の子どもが、兄弟が、同じような事件を起こしたら、その「加害者家族」にはどんな運命が待ち受けているのかーー。凶悪事件も含め、2000件以上の殺人事件の家族を支援してきたNPO法人『World Open Heart』理事長・阿部恭子さんによる解説。

真相究明には時間を要する

 愛知県弥富市で、中学生が同級生を刃物で刺し、被害者が亡くなるという痛ましい事件が起きてしまった。事件に関し、連日さまざまな報道が行われているが、現時点での情報は断片的で、必ずしも正しいとは限らず、事件の背景が明らかになるには時間を要する。結論を急ぐことなく、捜査の進捗を冷静に見守っていく姿勢が求められる。

 事件は、想像以上に多くの人を巻き込み、子どもたちの心に深い傷を与えている。ここでは、兄が同級生を殺害してしまい、“加害者家族”となった妹の体験をもとに、事件が与える子どもたちへの影響について考えてみたい。

 当時、中学生だった宏美(仮名・現在40代)は、その日、部活動に励んでいた。突然、担任から呼び出しを受け職員室に行くと、隣のクラスの由紀もいた。宏美の兄と由紀の兄は友達で、同じ高校に通っていた。

「大変なことになったの。ふたりともすぐ着替えて。宏美さん、すぐ〇〇病院に行きなさい、由紀さんは先生が送っていくから」

 担任はいつになく余裕のない表情で、宏美を病院に行くように急かした。

 宏美は慌てて病院へと向かい、受付で案内された方に向かうと、怒鳴り声と同時にすすり泣くような声が聞こえてきた。土下座する両親の向こうには、泣き叫ぶ由紀とその両親の姿があった。

 宏美の兄は、由紀の兄に暴力を振るい、死亡させてしまったのだ。

家にも学校にも居場所はなかった

 当時、宏美の両親は自営業を営んでいたが、事件の影響で次々に契約はキャンセルされていった。これまで両親が喧嘩をしたところなど見たことがなかったが、事件が起きてからは日々大声で怒鳴り合うようになり、家の中は殺伐としていた。

「両親は兄のことしか考える余裕はなく、私はいてもいなくてもいいんじゃないかと思うようになりました」

 学校では、嫌がらせをされるようなことはなかったが、誰ひとり、宏美に優しい言葉をかけてくれる人はいなかった。

「もう仲よくできない」

 そう言って去っていく友達もいた。

 宏美が無視される一方で、遺族となってしまった由紀の周りにはたくさんの生徒が集まり、教員たちも気にかけている様子が目に入るとつらい気持ちになった。

「私が罪を犯したわけでもないのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか、周りの人が全員、信用できなくなりました」

 学校でひとりぼっちになってしまった宏美は勉強をするしかなかった。元々成績はよかったが、皮肉にも事件後、周囲に差をつけてトップになった。

高校進学さえ許されなかった

 両親は、損害賠償の支払いで経済的余裕がないことは十分承知していたが、高校には行かせてもらえるはずだと思っていた。ところが、世間体が悪いということで進学に反対したのだ。

「この地域で、あれから由紀さんのお母さんの体調がよくないことはみんな知っているでしょ。そんな状況で、加害者側の人間がのうのうと勉強しているわけにはいかないじゃない」

 宏美は不条理に感じた。それでも、自分ひとりの力ではどうにもならなかった。結局、宏美はアルバイトをしながら専門学校に通い美容師になった。

「私と同じ年位の学生さんの接客をするときがつらかったです。事件さえなければ、今ごろ私も……と、何度も誰もいない場所で泣いていました」

 宏美は、家族と縁を切るつもりで家を出てひとりで生活するようになった。その後、職場で知り合った男性と結婚したが、夫の家族には両親は亡くなったと話しており、兄の存在も隠してきた。

 理解ある夫と幸せな家庭を築いてきたが、それでも加害者家族としての後ろめたさが消えることはないという。

「家族は? きょうだいは? という、当たり前の質問を受ける度に、傷ついて生きてきました。嘘をつかなければならないことにも罪悪感があります」

 その兄は少年院を出院後、普通に仕事をし、家庭を持ったと母から聞いていた。兄は友人が多かったことから、社会復帰にあたっては両親だけでなく多くの人が支援してくれたという。ところが、宏美を支援してくれる人は誰もいなかったのだ。

 加害者家族の子どもは第二の被害者と呼んでも過言ではない。

 被害者・加害者及び双方の家族、友人、目撃者など、事件によって傷を負った人々すべての包括的なケアこそが、事件現場に求められている。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。