『週刊女性』のインタビューを受ける錦鯉

『M−1グランプリ2020』(テレビ朝日系)で“史上最年長ファイナリスト”として4位になりブレイクした錦鯉。今年、決勝進出の9組にも選ばれた。まさに“鯉の滝登り”のような活躍ぶりの彼らが、11月17日に初の書籍『くすぶり中年の逆襲』(新潮社)を発売した。

「くすぶり中年」とは、言い得て妙。昨年のブレイク時、ボケの長谷川雅紀は49歳でツッコミの渡辺隆は42歳だった。遅咲きのコンビである。やはり、今まで経験してきた苦労は数知れず……?

月に25~30本以上のライブに出演

 錦鯉の結成は2012年。後に彼らをブレイクに導く『M-1』が開催を中断していた時期だ。賞レースの体裁をとる『THE MANZAI』(フジテレビ系)に出場はしたが、1~2回戦で落ちることがしばしば。2人が“売れる”兆しはなかなか見えなかった。

長谷川 本当だったら「一刻も早く売れて世に出なきゃ」って思わなきゃダメなんだけど、2人ともそういう焦りがなかったんですね。これ、もう麻痺してるだけなんです。周りにも40歳オーバーで売れてない芸人が山ほどいたし、そういう人たちとライブの打ち上げで酒飲んでバカ話してるのが楽しかった。

錦鯉、初の書籍となる『くすぶり中年の逆襲』(Amazonの書影をクリックで詳細ページへジャンプします)

渡辺 まあ、どこかに売れたいってのはありましたけど、どうやって売れるのかこっちが聞きたいくらいでしたし。何していいかわかんないので、とりあえずライブにはめちゃくちゃ出てました。

 仕事がなく、他にやることのなかった2人は、月25~30本以上のライブに出演していた。1日でライブを2~3本はしごすることもあった。コンビを組んだばかりなので持ちネタは少なく、ライブの合間に新ネタを考える日々。ネタを量産するため、2カ月に1回のペースで自主ライブを行うことを自らに課し、最低でも毎月5本は新ネタを生み出した。つまり、年間で60本ペースだ。

渡辺 でも、自分たちで苦労とは捉えてなかったです。まあ、「ネタ作るの面倒くせえな」と思うことはありましたけど(笑)。もう、ネタの台本を書いていたら間に合わないので、「ああやって、こうやって」と口伝えでアイデアを伝える形になっていきましたね。

保険証がなくて7000円支払うはめに

『くすぶり中年の~』を読むと、印象的な記述がある。

「ブレイクするまでの49年間、生きていてよかったと思ったことは一度もなかった。街中を歩いていても、いつも下を向いて、地面や床しか見ていなかった」と、長谷川が綴っているのだ。

長谷川 実際に生きててよかったと思ったことはなかったですよ。結婚もしてないし、子どももいないし、何もいいことがなかったです。でも、これを親が聞いたらたぶん泣くなと思って。なんか、ちょっと申し訳ないな。

ボケの長谷川雅紀

渡辺 いいじゃん、別に(笑)。だって、そうだったんだからしょうがないじゃん。

 特に長谷川を悩ませたのは、借金だ。『くすぶり中年の~』の中にも、彼のお金にまつわるエピソードは多数出てくる。「『M−1グランプリ2020』に出るまでお母さんにお金を無心していた」「携帯代が未納だったので、弟のデスクトップパソコンを勝手に質に入れた」「当時の相方と一緒にしていた口座から勝手に40万円を引き出し、スロットで全部スッた」など……。

渡辺 犯罪ですからね。

長谷川 いや、でもちゃんと返したから! お金も返したし、パソコンも返したし!

 お金の問題は長谷川を長く悩ませた。返済するため、また別の人からお金を借りる自転車操業の日々。返済日が近付くと、さすがに精神的に病んだ。

長谷川 でも、ライブの舞台に立ったらバカなギャグを言って現実逃避できたんです。だから、よかったですよ。精神を保てたというか。そのときはイヤなことを忘れられるんですね。

渡辺 お客さんにしたらたまったもんじゃないですよね。ふざけんなって話で(笑)。

 でも、懲りない。長谷川にはギャンブル癖があったのだ。

長谷川 夜10時から朝8時まで牛丼屋のバイトに行って、そのまま家に帰んないでパチンコ屋行って、ごはん食べずにずーっと丸1日打ってて。で、また夜になってバイト行って……っていう生活を繰り返してたんです。そしたら、ご飯にお玉でお肉を盛る途中で寝て、お客さんに注意されたり。

渡辺 それ、お客さんはなんて注意するの?

長谷川 「寝てるよ」って。深夜じゃなく朝でも寝たりしてたんです。だから、バイトの先輩に「お前、ナルコレプシー(時と場所に関係なく、突然強い眠気に襲われる病気)だな。病院行け!」って言われて。病院へ行って事情を話したら「それ、ナルコレプシーじゃないね。単純に寝てないからだ」って。別に薬をもらうわけでもなく、「ちゃんとした生活をして、寝てください」って言われただけ。で、当時保険証を持ってなかったから、10分ぐらい「寝られない」って話をしただけで7000円取られましたよ!

渡辺 それ、持ってないのが悪いから(笑)。

先に売れた年下芸人たちとの関係も……

 芸歴こそ長い彼らだが、テレビに出始めてからはまだ日が浅い。つまり、若手ばかりの中に、飛び抜けて年齢の高い遅咲き芸人2人が席に着くひな壇が出来上がったりするのだ。

長谷川 パーパーのあいなぷぅのご両親が僕と同い年で、四千頭身・後藤(拓実)くんのお母さんが僕より年下です。だから、自分の娘、息子がテレビで活躍してる感覚というか。

 ひな壇の中だけの話ならまだいい。場を仕切るMCより長谷川のほうが年齢も芸歴も上という状況がざらなのだ。

長谷川 サンドウィッチマンや千鳥やオードリーって、僕より後輩なんですよ。でも、テレビに出てるのは向こうのほうが先。彼らは僕の方が先輩で年齢も上ってわかってるから“さん付け”と敬語で接してくれるんですけど、それがややこしくて。「なんだよ、長谷川!」って呼び捨てにしてくれたほうが、僕としてはやりやすいんです。

『週刊女性』のインタビューを受ける錦鯉

 それ以上に、長谷川からMCに話しかけるときが難しいらしい。

長谷川 サンドの2人は「いえいえ、先輩ですから」って言ってくれるんですけど、だからって「伊達、お前さあ」なんて行けなくないですか? どうしたらいいのかなと思って。ザキヤマ(山崎弘也)さんには「“くん付け”で行けばいいんじゃない?」ってアドバイスされました。ジャニーズみたいな感じで「大悟くん!」「ノブくん!」みたいな。

 また、良くも悪くも錦鯉の個性になっているのは、歳を重ねたぶん、それなりにわきまえた大人の考え方も持っているところだ。

長谷川 今、レギュラー番組がないので、レギュラーを持ちたいと思ってるんです。トークからコントから身体を張った笑いから。冠番組を持って、とんねるずさん、ダウンタウンさん、ナインティナインさんがやってきたようなバラエティーをやってみたいなと思います。

渡辺 僕はレギュラーはさすがにおこがましいと思うんですよ。こんな、おじさんがね(苦笑)。でも、テレビの仕事はすごく面白いんで続けていきたいなあと。それも、やっぱりお笑いの番組に出続けたいですね。

ツッコミの渡辺隆

長谷川 僕、役者もやりたいです。

渡辺 僕は全然、役者やりたいと思わないですよ(苦笑)。

 2人に共通する目標は漫才のトップになるべく『M-1』に挑戦し続け、優勝を果たすこと。大会の規約に則れば、長谷川は56歳になるまで『M-1』への出場が可能である。

長谷川 こないだ、新庄(剛志)さんが日ハムの監督になりましたけど、その前にもトライアウトを受けたじゃないですか。僕、同学年なんです。新庄さんも僕も同年代の方に夢を与えるじゃないですけど……

渡辺 新庄さんとアンタ、全然違うから! 何を同列で並べてんだよ(笑)。

『M-1グランプリ』を立ち上げた島田紳助は、大会の趣旨を「芸人にお笑いを諦めさせるため」と説明していた。そんな『M-1グランプリ』で“中年の星”になる錦鯉の輝き方は異端。これもまた、ひとつの美学である。


【長谷川雅紀プロフィール】
はせがわ・まさのり 1971年、北海道生まれ。吉本興業札幌事務所1期。94年「まさまさきのり」でデビュー。解散後、「マッサジル」への改名を経て、2012年「錦鯉」結成。『M-1グランプリ2020』で第4位に輝き、ブレイクする。

【渡辺隆プロフィール】
わたなべ・たかし 1978年、東京都生まれ。東京NSC5期生。2001年「ガスマスク」でデビュー。解散後、「桜前線」を経て長谷川雅紀と2012年「錦鯉」結成。『M-1グランプリ2020』で第4位に輝き、ブレイクする。

取材・文/寺西ジャジューカ 撮影/北村史成