水浴びをする上野動物園のパンダ・シャンシャン。来年6月まで返還が延期された

 上野動物園のパンダ・シャンシャンの返還が延期されることになった。今年末で中国へ返される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で日中双方のスタッフが渡航できず、来年6月まで期限が延ばされたのだ。返還延期は、これで3度目。

「今しばらくはシャンシャン、上野にいますので。今と同じ東園のパンダ舎で暮らすと……」(小池百合子都知事)

 まだまだ愛らしい姿を見られるとわかってホッとしたファンも多いことだろう。しかしその一方で、人知れず動物園からいなくなってしまう人気者は少なくない。さまざまな事情によって、ゾウやゴリラ、コアラなどが次々と姿を消しつつある。

すでに九州でゴリラを見ることはできない

「インドゾウ、シロサイなど8種類が、10年後に園からいなくなる可能性があります」

 そんな見通しを今年9月、鹿児島市の平川動物公園が明らかにした。名前が挙がったのは、いずれも絶滅のおそれがある動物たち。そのため寿命を迎えたあと、海外から「跡取り」を新たに入手するのは難しい。

「なかでもホオジロテナガザルは国内に2頭しかおらず、高齢です。海外からの導入も困難なため、飼育が取りやめになる可能性は高い」(平川動物公園)

 すでに姿を消してしまった動物たちも少なくない。

《ゾウはいません》

 大阪府大阪市の天王寺動物園には、そう書かれた掲示がある。2018年にアジアゾウが死んで以来、新たなゾウを入手できていない。2019年にはコアラもいなくなった。飼育されていた唯一の1頭が繁殖のため、イギリスの動物園へ渡ったのだ。

 動物園という施設だけでなく、地域からいなくなった動物もいる。

 2016年に福岡市動物園で、オスのニシゴリラが寿命を迎えた。これにより九州でゴリラを見ることはできなくなってしまった。

アフリカゾウに比べて人に馴れやすいアジアゾウは日本の動物園でおなじみ。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されている
ジャイアントパンダは2016年にそれまで指定されていたレッドリストの絶滅危惧種から解除されたため、今ではゴリラの方がパンダよりも“貴重”な動物ということになる

「とりわけ深刻な状況にあるのは大型の動物です」

 そう指摘するのは、日本動物園水族館協会で専務理事を務める成島悦雄さんだ。

「例えばアフリカゾウ。協会が2011年に国内の動物園を調査した結果では、2010年時点で46頭いたものが2020年に21頭になり、2030年には7頭まで減ってしまうおそれがある。ゴリラも同様で、2010年には23頭いたニシゴリラは2030年に6頭にまで減ると予測しています」(成島さん、以下同)

 こうした状況は水族館も例外ではない。

 1994年には122頭いたラッコは、国内での飼育数がわずか4頭にまで減った。イルカも数を減らしているという。

「ペンギンの一種は、10年以内に国内からいなくなる可能性もあります」

追い込み漁で捕獲されたイルカの入手禁止により、水族館での飼育が困難に

 なぜ動物園から動物たちがいなくなってしまうのだろうか? その要因のひとつに、国際的な規制の存在がある。

国際規制に高齢化という高いハードル

「絶滅のおそれがある動物は希少動物保護を目的とするワシントン条約によって、売買が禁じられています。そのためゾウやゴリラ、コアラなどの動物を海外から輸入することはできません。絶滅危惧種をまとめた“レッドリスト”に掲載される動物は、年々増えているのが現実。こうした事態は乱獲や温暖化、つまり人間の行動によって引き起こされています

 海外から購入できる動物であっても、新興国からの需要増により動物の価格が高騰、入手のハードルを一層押し上げている。

 輸入できないとなれば、国内で繁殖を……と思ってしまうが、これも難しい。動物園にも高齢化の波が押し寄せ、天寿を全(まっと)うするケースが増えているからだ。

 前述したラッコも高齢ゆえ繁殖が絶望視され、主な輸入元であるアメリカでは絶滅のおそれがあるとして、捕獲を規制している。

「そもそも国内で繁殖させること自体、どんな動物にとっても簡単ではありません。繁殖には遺伝的な多様性を確保する必要があるのです。それには莫大な費用と適切な飼育環境が必要になってきます」

 前出・平川動物公園も繁殖の難しさについてこう話す。

「将来にわたって健全な繁殖を進めるには、複数の動物園同士で協力し合い、一定数以上の個体数を維持する必要があります。そのためにはある程度、動物の種類を絞り、維持コストを集中せざるをえない状況です」

「10年後にいなくなる可能性がある動物」を公表した鹿児島市の平川動物公園

動物園そのものが消えてしまうかも

 加えて、動物へ向ける人々の意識の変化も影響しているようだ。

「(ストレスや苦痛が少ない飼育環境を目指す)動物福祉に配慮した方法で飼育されるべきという考え方が広がってきています。

 そのため飼育施設や方法により高水準のものが求められ、それを満たせない施設は飼育を断念せざるをえなくなってきている。そうした状況も(動物確保の難しさに)影響しているように思います」(平川動物公園)

 このままではおなじみの動物たちがいなくなってしまうばかりか、動物園そのものが地域から消えてしまうかもしれない──。そう成島さんは懸念する。

日本にある動物園は、自治体が運営する公立施設が大半。財政状況が厳しくなれば真っ先に削られるのは動物園などの文化施設の管理運営に要する費用です。財政難に陥れば健全な運営は、さらに難しくなります。なかなか動物を確保できないし、お金もないし、少子化も進んでいるから、いっそ動物園を閉めてしまおうと考える自治体が出てきても不思議ではありません」(成島さん、以下同)

 実際、コロナ禍では自治体の財政悪化に伴い、懐事情が厳しくなった動物園も珍しくない。京都市動物園では企業や生産者から、野菜や剪定(せんてい)した枝などをエサとして募るニュースが報じられ、衝撃を与えた。

展示のあり方を考え直す機会

「そもそも日本の動物園は入園料が安すぎます。例えば、上野動物園は一般600円ですが、海外では2000~3000円が標準です。そうして集められた入園料や寄付金を投じて動物たちを繁殖し、もとの生息地に戻して、個体数を増やそうとする取り組みも行われています」

 さまざまな問題を抱え、岐路に立たされている動物園。ただ、園側も手をこまねいているわけではない。繁殖のために、動物園や水族館同士で動物を無償で貸し借りする「ブリーディングローン」制度は全国に広がっている。また、動物たちの生態に合った飼育環境を整え、魅力を伝える展示を行うなど独自に工夫を凝らす動物園も多い。

「動物園や水族館は、エンターテイメントとしての存在だけでなく、人間と動物が共存するにはどうすべきか? という方法を考える場でもあります。文化資源として、動物園や水族館はまだまだ社会に必要です」(成島さん)

「人気動物がいなくなったとしても、動物園本来の目的である“動物の生態や能力や魅力を伝える”という役割は変わりません。(動物確保の困難という現在の状況は)人気動物に頼った展示のあり方を考え直す機会になると考えています」(平川動物公園)

(取材・文/高橋もも子)

※初出:週刊女性2021年12月21日号/Web版は「fumufumu news」掲載