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 医療が進歩するなか、いまだに特効薬がないのが認知症だ。その一方で、認知症にならないための予防法は研究が進んでいる。認知症予備群である「MCI」と呼ばれる段階であれば、認知症を予防できる可能性があることがわかってきたのだ。

認知症予備群なら脳の若返りは可能

 MCIとは「軽度認知障害」とも呼ばれ、簡単にいえば認知症になる一歩手前の状態のこと。認知症になると生活介助が必要になってくるのに対し、MCIは認知機能が低下しはじめているが、日常生活を送る分には大きな支障はない。

 MCIに詳しい認知症専門医の朝田隆先生は「MCIの段階で気づき、そこで対策できるかが認知症を予防できるかどうかの分かれ目」だという。

MCI(軽度認知障害)の段階で気づけば認知症は防げる可能性がある

「MCIの段階なら、26%の人が認知機能を改善できたというデータがあります。適切な予防策を行えばさらに改善率が高まることも、国内外の研究で明らかになっています」(朝田先生、以下同)

 つまり、薬による治療に限界がある現在、MCIを見逃さず、早期発見・対策を心がけることが、最も効果的な認知症予防法といえるのだ。

「行動の変化」をセルフチェック

 認知症予防の第1のポイントは、MCIをいかに早期に発見するかだ。そもそも、年相応のもの忘れとMCI、および認知症は、具体的にどう違うのだろうか。

「例えば、約束を忘れたことを指摘されて思い出すのは年相応のもの忘れですが、認知症になると指摘されても思い出せません。MCIは、思い出せないことがときどき起こるイメージです」

 ただし、なまじ生活が自立できていると周囲もMCIかどうか気づきにくい。そこで目安にしたいのが次のチェックリスト。他人が見てわかる、MCIにありがちな行動変化を朝田先生監修のもと作成したものだ。

 チェックの数が3つ以上なら、MCIの疑いあり。すぐに対策、または専門医の受診をおすすめする。

MCI早期発見チェックリスト

<1>□ものの名前が出づらく、「あれ」や「これ」を以前より多用するようになった
<2>□曜日や日にちがわからないことがある
<3>□薬をのみ忘れたり、医者からの指導内容を覚えていなかったりする
<4>□検査室へたどりつけないなど、病院内で迷うことがある
<5>□以前より喜怒哀楽が激しくなった
<6>□同じことを繰り返し何度も言う
<7>□時間を必要以上に気にして、予定時間の前に行動しようとする
<8>□日課や散歩コースなど、決まった行動をとりたがる

※このチェックリストはあくまでも目安であり、医学的な診断をするものではありません。
出典:日本老年精神医学会によるチェックリストを一部改変。監修:朝田隆

MCIを早期発見するためのチェックリスト。3つ以上当てはまったら疑いアリ(イラスト/上田英津子)

「私のクリニックに来院される患者さんも“自分は問題ないと思うが、家族が診てもらえと言うから来た”という人が多いです。ご本人は、もの忘れや失敗が増えて不安を感じてはいても、それを認めたくない気持ちが強い。周囲が気づいてあげることが早期発見には必要です」

 とはいえ、高齢の親と別居している場合、またコロナなどで実家と行き来しづらい状況では気づくのが難しいこともある。

「その場合は親のかかりつけ医に思いあたる変化がないか、聞いてみてもいいでしょう。実際に、同じようなリストを医師に配布して、病院での早期発見を促す活動も行われています」

メモリークリニックお茶の水理事長の朝田隆先生

「脳の予備能力」が働いてMCI改善

 ではなぜ、MCIの段階なら認知機能の改善は可能なのか。認知症にはいくつかのタイプがあるが、3分の2を占めるアルツハイマー型認知症は、アミロイドβなどの老廃物が脳に蓄積することが原因。

 血管性認知症は脳梗塞や脳出血によって、レビー小体型認知症は、αシヌクレインという物質が神経に蓄積して発症する。

 タイプによって主要な原因は異なるが、共通しているのは脳の神経細胞が死んでしまうために、認知機能の低下が見られることだ。

「残念ながら、一度失われてしまった脳の神経細胞を復活させることは、現在の医療では不可能です。でも残った神経細胞が、頑張って失われた機能を補ったり、新しい神経細胞を作る仕組みが脳には備わっています。

 MCIでは、このような“脳の予備能力”が比較的多く残されているので、認知機能の改善が期待できるのです」

計算ドリルでは予防できない

 認知症予防の第2のポイントは、MCI改善のためには、どんな対策がよいかということ。朝田先生は「実は脳トレのしかたを間違えている人が多い」と話す。

「さまざまな脳トレが出まわっていますが、計算ドリルや、知識を問うクイズのようなものは、いくら点数を上げようと頑張っても、認知機能の改善には結びつきません」

運動は認知症の予防効果が認められている ※画像はイメージです

 WHO(世界保健機関)の認知症予防ガイドラインでも認知トレーニングによる認知症予防効果は、エビデンスが明らかではないとされているそうだ。

「予防効果が広く認められているのは運動。身体を動かすと神経の成長を促す物質の分泌が増えることもわかっています」

 また、一方通行ではない、双方向のコミュニケーションも大事だと朝田先生は強調する。例えば、会話などの双方向のやりとりでは、テレビを見るだけ、話を聞くだけといった受け身の行動に比べて広範囲に脳を使う。

「脳トレも、認知症先進国の米国ではネットやアプリを活用した双方向が主流。つまり、記憶や知識ではなく、社会生活のために必要な脳、いわば“社会脳”を保つことが重要なのです」

脳トレよりもぬり絵

 さらに今、認知症予防効果で注目されているのが「マインドフルネス」だ。無心になり、副交感神経を優位にしてリラックスすることが、記憶を定着させるなど脳によい影響を与えると考えられているのだ。朝田先生のクリニックでも取り入れられている。

「マインドフルネスは、瞑想や腹式呼吸を行わなくても、軽作業を続けるだけでも得られます。手軽でおすすめなのは、ぬり絵。草むしりでもいいです」

 朝田先生の患者さんで、ある会社の重役は、MCIと診断されてから仕事の合間に重役室でぬり絵をしているそうだ。

「MCIや認知症になると、感情のコントロールが苦手になることがあります。脳トレの点数を気にするより、リラックスしたほうが脳の健康にはいいはずです」

ぬり絵はマインドフルネスに効果的(イラスト/上田英津子)

 もちろん、生活習慣に気をつけ、認知症の最大の危険因子である糖尿病や高血圧を改善することは基本だ。そのうえで、生活のなかで脳を上手に働かせることがポイントなのだ。

「運動も脳トレも、続けるコツは仲間をつくること。友人や家族を誘ってもいいでしょう。会話を楽しみながら、一石二鳥の認知症予防策になりますよ」

MCIかも、と思ったら

<相談1>
 何科を受診すればいい?

<回答1>
「もの忘れ外来」「脳神経科」「精神科」「メモリークリニック」などの名称で、認知症専門医のいる医療機関での受診がおすすめ。

※認知症専門医は、「日本認知症学会」のホームページで紹介されている。

<相談2>
 病院が探せないなど困ったことがあったら?

<回答2>
 かかりつけ医や、各地域にある地域包括支援センター、認知症疾患医療センターに相談を。市区町村の健康管理担当課でも情報を得られる。

すぐできる認知症予防策

「MCIかも?」と思ったら、脳の予備能力をアップする認知症予防策を!

<1>身体を動かす

 有酸素運動、筋トレ、体操、どんな運動でもよいが、無理なく継続できることが大切。

体を動かして認知症を予防(イラスト/上田英津子)

〇体操
〇散歩

<2>双方向のコミュニケーションを

 相手の話や表情に反応し合う会話は、社会性の維持にも有効。電話でもよく、表情が伝わるテレビ電話なら、なお効果的。

双方向のコミュニケーションがMCIを改善(イラスト/上田英津子)

〇友人や家族と外出
〇電話やテレビ電話で会話

<3>軽作業でマインドフルネス

 無心になれる単純作業には、リラックス効果あり。学習したことを脳に定着させたり、不安をやわらげる作用もあるとされる。

単純作業がマインドフルネスを高める(イラスト/上田英津子)

〇ぬり絵
〇草むしり・ガーデニング

「脳によい生活習慣も1人では続けにくいもの。また、MCIになるとやる気も失いがちです。家族が上手に促したり一緒に楽しむようにするといいでしょう」(朝田先生)

お話をうかがった人●朝田隆(あさだ・たかし)先生●メモリークリニックお茶の水理事長。日本老年精神医学会理事。認知症の早期診断法や治療、予防の第一人者として、テレビや雑誌などメディアでも活躍。『認知症かな?と思ったらすぐ読む本』など著書多数。

<取材・文/志賀桂子>